昔話のあと
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「ふー……っ」
屋上で仁はひとり、たばこを吹かす。見上げる空には星一つなかった。申し訳なさげに月が光を届けているだけの、完全な曇天模様である。あの時の空と同じだ。
一紀と話を終えた後、二人はゆかりの店へ向かった。
約束通りに景と飲んでいる最中、葉隠が空腹を押さえつつ転がり込んできたときは、つい笑ってしまった。まさか、一紀にこんな形で会わせるとは。
いま思い出しても、あの光景は笑える。さすがとしかいえない。
すると、コツコツと誰かが階段を登ってきているのが分かった。この軽い足音はおそらく景だろう。
「ここにいたんだね、黒須くん」
彼は随分と懐かしい呼び方をしてきた。普段なら怪訝な顔をするところだが、このシチュエーションで言われればさすがに分かる。
ふっと軽く笑った後、仁も乗ることにした。
「なあ、志木崎……おまえは俺を探偵として受け入れるか?」
「へぇ、どうして?」
「ヤードは危険だ。特に、印への執着がな。それに今日の事件──あれを明らかにする気がねえってのは確認済みだろ。そんな巣穴にいてたまるか。いつか、外部から暴いてやる。……こんな感じだったか?」
「はは、良く覚えてるね?」
「オメェからやりだしたんだろうが」
「まあね」
景は仁の隣に立つと、缶を一つ差し出した。向こうの世界で入手した缶チューハイだ。
「飲み直すのかよ」
「葉隠くんに全部持っていかれたし」
「ハハ、そうだな」
缶を受け取り、タブに指をかけて開ける。軽く乾杯をしてからグイッと一口目を飲むと、景はおもむろに言葉を紡いだ。
「どこまで話したの?」
「俺のことは、ほぼ全部だな」
「さっきの会話とか、初めて会った日とかも?」
「そうだな。あの、いかにも志木崎景らしい挨拶をかましてきたヤツだ」
「ああ、あれね。でも、それのおかげでいろいろ分かったんだよ?」
「だろうな、おまえなら」
「へぇ、何か気づいてるのかな」
「馬鹿にしてんのか。あんときとは違えよ」
「あはは、そうだね。その辺りは変わってくれて良かったよ」
「馬鹿にしてんだろ……」
仁が頭を抱えたくなったのに反して、景は上機嫌に笑った。
だが、その空気は時間とともに流れていく。
「…………」
妙に落ち着いた空気を纏った景が気になったものの、右側からでは前髪のせいで顔がよく見えない。しかし、きゅっと結んだ唇の端は、彼が考えていることの重さを語っていた。詳しい内容は未だによく分からないが。
「ん? なにかな、仁」
「なんでもねえよ」
「あ、そう」
……本当に、よく分からない男だ。
まだ仁にも言っていないことは多々あるのだろう。わざわざ聞き出そうとは思わないが、気にならないことはない。
──別に。人はいつか死ぬんだから。
言い聞かせるためか、割り切るためか。どちらにせよ、あの眼で見られたら背筋が凍る。
それくらいの何かを抱えているのだろう。一紀に言えるのはそれだけだったが、仁も少しは知っている。逆に言えば、少ししか知らない。
その瞳は一体どこまでを見通し、その心は一体どこまで他人を信用しているのだろうか。
今は限りなく愚問であるそれを掻き消すように、仁は空を見上げる。
いつの間にか月さえも姿を覆われて、辺りは真っ暗な夜だった。




