手袋の理由
ある日──これは確か、その年の終わり頃だった。
「仁、手袋のこと気になるのか?」
「何のことだ」
「分かってんだぜ。研修初日から、たびたび俺の手袋見てたろ? 俺の彼女が丁寧に洗ってくれた愛情一杯の手袋だ。あ、もう彼女じゃなかった」
「…………」
宗司の惚気話など、仁には心底どうでも良かった。なんだよ、洗っただけで愛情一杯の手袋って。意味分かんねえ。と、これらの感情を詰め込んだ視線を送る。
「何かヒドい……コホン、話を戻す。それで、なんでそんなに見てたんだ?」
「変なこたぁねえだろ。ちょっと気になっただけだ」
「どうして気になった?」
「別に……」
「おまえは、人が手袋をする理由に思い当たることがある。違うか?」
「まあ」
「そんで、それについて何か気になる点があるんだな」
「そう、だな」
「印、もしくは紋章……痣……」
反応を堪えるように、仁は目を逸らした。いま思えば、それは十分な反応だった。
「やっぱり、そうなのか」
仁の反応を見て、宗司は困った顔をした。今まで納得できなかったことを、やっと理解できたときのような様子だ。
「あんたらしくねえな」
「……なんのことが?」
「話の展開の仕方だ。あんな感じに誘導しねえだろ」
逆に相手を突いてみると、さらに困った顔をしながら首を掻いた。
「なんでそういうところは気づくんだい……そうだよ。これは、他人の推理だからな」
「そいつと、俺は会ったことがあるか?」
「いいや? 俺の知る限りではないね。学年はゆかりと一緒だから一個上だし、学校も違うはずだ」
なんて奴だと思った。会ったことがあるならまだしも、会ってもいないのにそこまでのことを思いつくなんて。
「で、おまえさんの手袋の下は?」
「なんだろうな。俺にはよく分かんねえものが手の平にあんだよ。痣……にしては、形を成しててな」
「その色は?」
「灰色っぽい」
「ちょっと、見せてくれるか?」
右の手袋を取って見せてみる。すると、宗司は興味深そうな声を上げた。
「へぇ……先代が存命のうちの次代はこうなのか……」
「何の話だ」
「爪は? えっと……」
一人でどんどん話を進めていく。手をひっくり返しては、ピンポイントに観察を始めた。
「お、黒だ。こっちは普通なのか。なあ、何か超能力的なの使える?」
「な、何をサラリと言ってんだよ」
「その言い方は使えるな。ってことは……なるほどなるほど」
仁の手を掴んだまま、ぶつぶつと何やら考察を続ける宗司に対して、仁はだんだん苛だちを募らせた。無理矢理に右手を引っこ抜いて、真正面からそれをぶつける。
「オイ、さっきから一人でなんなんだよ。分かんねえッ、説明しやがれ!」
「ごめんごめん。ほら、お詫びするから……」
「詫びはいらねえよッ!」
「っ、分かった分かった。でも、これはまだ、その、ゆっくりじゃないと話せなくて……だから、また機会を作って、必ず、改めて説明する」
「あ?」
「怖いなぁ……でも、ほんと頼む。春になれば、おまえも本格的な所属になるし、こっちの準備も進むから」
「こっち……? 何言ってんだ」
「あれだよ。新しく建てているところの……」
宗司の必死な様子を見ていて、仁はだんだん頭が冷えてきた。じゃあ何で今その話を振ったんだ、とか諸々は諦める。
「ハァ……。分かった。だが、破ンなよ」
「もちろん。破らないよ。けど、もう一つお願いがある。他の奴に、むやみやたらと素手を見せるな」
「……そりゃ分かってるが」
実際にはすでに、ある一人に見せていた。
エマ・レイランド。同期であり、似たようなものを持っていた女。
時間がなかったから話こそ聞けていないが、まあ、それくらいなら大丈夫だろう。
そう思っていたが、それどころではなかった。
今現在においては、彼女がそのことを知っているのは好都合となっているが、この当時は真逆の状況を生み出すきっかけだった。




