仁と宗司
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高校課程を終えた十八の夏。
何になりたいか。具体的なものはなかった。人のために何か出来れば結構だなと、リストに挙げたのは二つ。
消防士か、警察官だ。
アメリカ地域に拠点を置く消防か、イギリス地域に拠点を置く警察か……黒須仁は自分のイメージと重ね、後者を選んだ。
そして十九の夏、その男と会った。
「やあ、今日から研修担当をする久野宗司だ。黒須仁くんだね? 仁って呼んでいい?」
「はあ」
初対面だというのに随分と親しげだな、というのが正直な感想である。
ここでは、就職する二十歳までの間に、それぞれが希望する専門の学びをすることになる。
ヤードの場合は、まず英語の筆記を学ぶ。話し言葉は通じても、書く文字が違っては仕事が出来ないからだ。
そして、それを終えてから専門の研修に入る。久野宗司はそのときの担当だった。
「よし、許可も出たし……改めて、よろしくな、仁」
差し出された手を、ついまじまじと見た。
物持ちがいいのか。新品なのか。清潔さがにじみ出るほど、真っ白な手袋だった。
「ん?」
「あ、いや」
視線を誤魔化しつつ、その手を握り返す。さすがに布が二枚もあれば、体温は伝わってこなかった。
「つーか……あんた、ゆかりの彼氏だよな?」
仁がそう問うと、宗司は握手したまま固まった。しばらくした後、ふと力が抜けたと思ったら、彼は離した手で自身の首を掻いた。
「……やっぱり、幼馴染みの君には知られてるかぁ」
仁とゆかりはいわゆる幼馴染みというやつだ。学年は一つ違うが、母親同士の仲が良く、昔はよく遊んでいた。それゆえに、情報はたびたび耳にしていたのである。
「知ってるな。秋に結婚することも、いま新しく建てている所があることも、ガキが生まれて落ち着いたら、そこで店をやることも」
「うわぁ、結構知られてるな……怖ぇし、恥ずかしいし、怖い」
「母親っつうのは怖えよ」
「うん。今よく思い知った」
宗司は柔らかい笑いを浮かべる。
ああ、ゆかりが言っていた通りの奴だな、と安心する。とんとん拍子で色々とやっているから、どんな奴かと実は怪しんでいたのだ。
「そういえば仁さ、ちょっと気になったんだけど」
「なんすか」
「おまえさん、ちょっとヤンチャしてた?」
「は? なんで……」
「ん、勘かな」
「はぁ?」
「あれだよ、あれ……黒い虎」
「黒い虎? 知らねえ、なんだそれ」
「虎みたいにギラギラした眼で獲物を豪快に食らう! みたいな?」
「……いや、俺は喧嘩とか吹っかけたことねえし」
「吹っかけられたことはあるんだな」
「……はぁ。まあ、売られた喧嘩は倍で買い取ったくれえだよ」
「来るもの拒まず、か。なーるほど、かっけえ」
「馬鹿にしてるだろ」
「はっはっは、いい威勢だよ。そのくらいでいけ」
なんだこいつ。やっぱり、そう思わずにはいられなかった。
そのときの仁はまだ、何も知らなかった。手の平の印についても、この世界についても。




