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Flow Light フローライト ~扉の向こうの物騒な世界~  作者: 久河央理
第6話 How is it reflected in your eyes?
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同じ夢、違う景色

       **




 朝、ガバッと一紀は目を覚ました。

 吐きそうなほどに気持ち悪い感覚が、体の中を彷徨っている気がする。


「ふー……」

 胸を何度も撫でて、心を落ち着かせる。


 他におかしいところはない。視界は良好。色も見える。


「あれは……絶対そうだ」

 ベッドを出て、タンスから青いパーカーを取り出して羽織る。ドアノブを握って部屋から飛び出すと、目に入ってきたのはキッチンに立つ景の姿だった。


「おはよう。寝癖、ついてるよ」

 起きたばかりだから仕方ないだろう、と思いつつ、それどころではないと食い気味に一紀は尋ねる。

「仁さんは!?」

「んー。気分がよくないって、屋上に行ったよ」

「ありがとうございます!」

 景に礼を言い、靴を履いて屋上へと階段を駆け上がる。


 ──あれは……絶対そうだ。

 昨日、車の中で寝てしまってから、ずっと残っていた感覚。これがもしそうだとすれば……いや、逆だ。今日のこれがそうであれば、昨日のあれも同じだといえる。


「はぁ……はぁ……っ」

 息を切らして辿り着いた屋上では、仁が空を見上げながらたばこを吹かしていた。黒い無地の長袖Tシャツを着ている。寝起きのままのようだ。


「おう、一紀。おはよう」

「おはようございます。あの、仁さん」

「ん?」


 一紀は仁のそばに行くと、自分のパーカーを掴んで彼に問いかけた。

「これ、何色ですか?」

「あ……?」

 予想通り、彼は怪訝な顔をする。正直言って、雰囲気がとても物騒で怖い。だが、一紀は臆することなく、ただ答えを迫った。


「何色に見えていますか?」

「……灰色」

 吐き捨てるようにそう答えた仁は、たばこの火を消してその場に座り込んだ。一紀も恐る恐る隣に座り込む。今になって、ちょっと怖くなってきた。

「本当は何色なんだ? それ」

「あ、青です」

「青か。青……海の色だったな」

「空の色でもありますよ」

「あ、そうだな。今日の空は……ちょいと明るいか」

「はい……いい天気ですね」


 気まずい空気だ。どうすればいいんだろう。どうしろというんだろう。これ以上の話題を振れる気がしない。どうにか話を進めてくれ、仁さん……! と一紀はただ祈る。


「なんで分かった?」

「え、あ、今日見た夢です。あと、思い当たることもいくつかあって」

「たとえば?」

「服屋でのこととか、仁さんの衣類にあまり色がないとか」

「ほとんど服かよ」

「確かに」


 なんとなく距離がある。仁も踏み込むタイミングを計っているのだろうか。

 二人で空を見上げる。いま見えている景色が全く違うんだと、こんなにもハッキリと思う日が来るなんて夢にも思わなかった。


「夢には誰が出てきた?」

「景さんと……たぶん、久野宗司さんです」

「俺と違って、髪と同じように柔らけぇ顔する茶髪の奴か?」

「は、はい。フィルムがカタカタってカウントして、それで……」


 一紀が夢の内容を話そうとすると、目の前に仁が手を出して止めた。今日も手袋はしていない。


「それ以上言うな。言わなくていい。思い出さねえでいい」

「あ……ありがとうございます」

「まあ、あれはよくねえからな」

「『あれ』──やっぱり、仁さんも同じ夢を……」

「いや。どっちかというと、『おまえが俺と同じ夢を見た』んだろう」

「なんか、変ですね」

「ああ、おかしな話だ」


 現実的じゃない。そんなことを言うのは今更だが、やはり何かが引っかかる気がする。それに、夢の内容にもまだ気になることがあるような……。


「そうだねぇ、変な話だねえ」

「うわっ、景さん!」

 ふと考え事をしている隙に、景が気配なく隣に陣取っていた。こういうときは、本当に気づきにくいようだ。アイザックにもやられた覚えがある。

「景、どうした」

「どうしたっていうか、朝食できたから来てみただけだよ」

 彼は片手に焼いたパンを持っている。呼びに来たというよりは、話が気になったから聞きに来たという感じだろう。

「はぁ、そうかよ。一紀、とりあえず飯にするか。続きは食いながらでもできる。あと……今日、事務所は休みだ」

「そう。仁がいいならいいんじゃない」

「ああ。行くぞ、一紀」

「はい」


 三人で階段を下りる。ようやく、新たに踏み出せる気がした。


 部屋に戻ると、順番に手を洗い、一紀は左側のバーチェアに腰掛ける。カウンターの上には、サラダと果物入りのヨーグルトが置かれていた。

「君はなに飲む? 紅茶は入れたけど」

 景がカウンターの向こうから声をかけた。パンは食べ終わったようで、今度はデザートをつまんでいる。

 椅子が二つしかないため、彼はキッチンで立って食べるようだ。なぜ、今日はここで食べるのだろうかと不思議に思ったが、仁が「事務所を休む」と言っていたからそういうことなのだろう。

「じゃあ、紅茶もらいます。ストレートで」

「ん」


 景は軽く返事をすると、一紀に焼いた食パンの乗った皿を手渡した。続いて、紅茶のカップが置かれる。


「早く食べちゃえば? たぶん、冷めてるけど」

「い、いただきます」

 やりにくいなと思いつつ、食パンにかじりつく。ハム、マヨネーズ、そしてチーズの味が口の中に広がった。噛むたび、ブラックペッパーの香りも鼻に抜けていく。

「おいしい……冷めてますが、とても美味しいです!」

「うん。それはよかったよ」


 もう一つの席にパンを置き、景はヨーグルトを食べ始める。彼がそれを食べ終えるころ、仁がようやくリビングに姿を現した。妙に時間がかかっていると思ったら、顔と頭を洗っていたらしい。


「ハムチーズトーストか」

「ちゃんと、からしマヨネーズにしといたよ」

「悪いな」

「だから、コーヒーだったら自分で淹れてね?」

「ああ……あとでやる」

 仁もバーチェアに座り、食事を始める。


 キッチンの片付けを一通り終えた景は、自身の部屋に戻り、白シャツと紺色のチノパンに着替えて出てきた。

「今日、何かあんのか?」

「ゆかりちゃんの店で手伝いをね。夜に来なよ。一杯やろう?」

「絶対、一杯じゃ済まねえだろ……考えておく」

「そっか。それで、さっきの話の続きはしないの?」

「ああ、そうだな。おまえも座れよ。部屋に椅子あんだろ」

「そうだねえ……床じゃダメ?」

「……食い終わったらな」


 面倒なんだなと呟く仁だが、さすが分かっている男である。承認が早かった。

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