同じ夢、違う景色
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朝、ガバッと一紀は目を覚ました。
吐きそうなほどに気持ち悪い感覚が、体の中を彷徨っている気がする。
「ふー……」
胸を何度も撫でて、心を落ち着かせる。
他におかしいところはない。視界は良好。色も見える。
「あれは……絶対そうだ」
ベッドを出て、タンスから青いパーカーを取り出して羽織る。ドアノブを握って部屋から飛び出すと、目に入ってきたのはキッチンに立つ景の姿だった。
「おはよう。寝癖、ついてるよ」
起きたばかりだから仕方ないだろう、と思いつつ、それどころではないと食い気味に一紀は尋ねる。
「仁さんは!?」
「んー。気分がよくないって、屋上に行ったよ」
「ありがとうございます!」
景に礼を言い、靴を履いて屋上へと階段を駆け上がる。
──あれは……絶対そうだ。
昨日、車の中で寝てしまってから、ずっと残っていた感覚。これがもしそうだとすれば……いや、逆だ。今日のこれがそうであれば、昨日のあれも同じだといえる。
「はぁ……はぁ……っ」
息を切らして辿り着いた屋上では、仁が空を見上げながらたばこを吹かしていた。黒い無地の長袖Tシャツを着ている。寝起きのままのようだ。
「おう、一紀。おはよう」
「おはようございます。あの、仁さん」
「ん?」
一紀は仁のそばに行くと、自分のパーカーを掴んで彼に問いかけた。
「これ、何色ですか?」
「あ……?」
予想通り、彼は怪訝な顔をする。正直言って、雰囲気がとても物騒で怖い。だが、一紀は臆することなく、ただ答えを迫った。
「何色に見えていますか?」
「……灰色」
吐き捨てるようにそう答えた仁は、たばこの火を消してその場に座り込んだ。一紀も恐る恐る隣に座り込む。今になって、ちょっと怖くなってきた。
「本当は何色なんだ? それ」
「あ、青です」
「青か。青……海の色だったな」
「空の色でもありますよ」
「あ、そうだな。今日の空は……ちょいと明るいか」
「はい……いい天気ですね」
気まずい空気だ。どうすればいいんだろう。どうしろというんだろう。これ以上の話題を振れる気がしない。どうにか話を進めてくれ、仁さん……! と一紀はただ祈る。
「なんで分かった?」
「え、あ、今日見た夢です。あと、思い当たることもいくつかあって」
「たとえば?」
「服屋でのこととか、仁さんの衣類にあまり色がないとか」
「ほとんど服かよ」
「確かに」
なんとなく距離がある。仁も踏み込むタイミングを計っているのだろうか。
二人で空を見上げる。いま見えている景色が全く違うんだと、こんなにもハッキリと思う日が来るなんて夢にも思わなかった。
「夢には誰が出てきた?」
「景さんと……たぶん、久野宗司さんです」
「俺と違って、髪と同じように柔らけぇ顔する茶髪の奴か?」
「は、はい。フィルムがカタカタってカウントして、それで……」
一紀が夢の内容を話そうとすると、目の前に仁が手を出して止めた。今日も手袋はしていない。
「それ以上言うな。言わなくていい。思い出さねえでいい」
「あ……ありがとうございます」
「まあ、あれはよくねえからな」
「『あれ』──やっぱり、仁さんも同じ夢を……」
「いや。どっちかというと、『おまえが俺と同じ夢を見た』んだろう」
「なんか、変ですね」
「ああ、おかしな話だ」
現実的じゃない。そんなことを言うのは今更だが、やはり何かが引っかかる気がする。それに、夢の内容にもまだ気になることがあるような……。
「そうだねぇ、変な話だねえ」
「うわっ、景さん!」
ふと考え事をしている隙に、景が気配なく隣に陣取っていた。こういうときは、本当に気づきにくいようだ。アイザックにもやられた覚えがある。
「景、どうした」
「どうしたっていうか、朝食できたから来てみただけだよ」
彼は片手に焼いたパンを持っている。呼びに来たというよりは、話が気になったから聞きに来たという感じだろう。
「はぁ、そうかよ。一紀、とりあえず飯にするか。続きは食いながらでもできる。あと……今日、事務所は休みだ」
「そう。仁がいいならいいんじゃない」
「ああ。行くぞ、一紀」
「はい」
三人で階段を下りる。ようやく、新たに踏み出せる気がした。
部屋に戻ると、順番に手を洗い、一紀は左側のバーチェアに腰掛ける。カウンターの上には、サラダと果物入りのヨーグルトが置かれていた。
「君はなに飲む? 紅茶は入れたけど」
景がカウンターの向こうから声をかけた。パンは食べ終わったようで、今度はデザートをつまんでいる。
椅子が二つしかないため、彼はキッチンで立って食べるようだ。なぜ、今日はここで食べるのだろうかと不思議に思ったが、仁が「事務所を休む」と言っていたからそういうことなのだろう。
「じゃあ、紅茶もらいます。ストレートで」
「ん」
景は軽く返事をすると、一紀に焼いた食パンの乗った皿を手渡した。続いて、紅茶のカップが置かれる。
「早く食べちゃえば? たぶん、冷めてるけど」
「い、いただきます」
やりにくいなと思いつつ、食パンにかじりつく。ハム、マヨネーズ、そしてチーズの味が口の中に広がった。噛むたび、ブラックペッパーの香りも鼻に抜けていく。
「おいしい……冷めてますが、とても美味しいです!」
「うん。それはよかったよ」
もう一つの席にパンを置き、景はヨーグルトを食べ始める。彼がそれを食べ終えるころ、仁がようやくリビングに姿を現した。妙に時間がかかっていると思ったら、顔と頭を洗っていたらしい。
「ハムチーズトーストか」
「ちゃんと、からしマヨネーズにしといたよ」
「悪いな」
「だから、コーヒーだったら自分で淹れてね?」
「ああ……あとでやる」
仁もバーチェアに座り、食事を始める。
キッチンの片付けを一通り終えた景は、自身の部屋に戻り、白シャツと紺色のチノパンに着替えて出てきた。
「今日、何かあんのか?」
「ゆかりちゃんの店で手伝いをね。夜に来なよ。一杯やろう?」
「絶対、一杯じゃ済まねえだろ……考えておく」
「そっか。それで、さっきの話の続きはしないの?」
「ああ、そうだな。おまえも座れよ。部屋に椅子あんだろ」
「そうだねえ……床じゃダメ?」
「……食い終わったらな」
面倒なんだなと呟く仁だが、さすが分かっている男である。承認が早かった。




