エメラルドの凜々しい女性
昼食を終えた後、店を出た二人は再び中心街の方へと歩こうとした。しかし、何故だか人が集まっていて壁ができている。その向こうはだいぶザワザワとしているが、何かあったのだろうか。
「騒がしいですね」
「うーん、なんだろ。ちょっと行ってみよう」
壁の内部を覗ける場所へ行き、アイザックが背伸びをして探りを入れる。彼はしばらく真顔で額に手を当てて覗いていたが、ふと何かを見つけたらしく、雰囲気を仕事モードに変えて戻ってきた。
「何かあったんですね」
「うん。どこかのグループとヤードが交戦中なんだけど、それがどこなのかまでは……」
語尾を消しながら、アイザックは視線の先に見つけた男性の元へと駆け寄っていった。しばらく言葉を交わした後、一紀を手招きして紹介する。
「イツキ、彼は新聞記者のジョニー。騒動とか事件とか取材が好きな怪しい人だけど、口はそこそこ堅いから信用できる人」
「ヒドい言われようだなぁ……そこまでではないと思うけど」
「だって、敵にする人はとことん潰すから」
「だって敵だし? 情けは無用っしょ」
「そういうとこ」
「こういうとこか」
「あ、あはは……?」
自分の入る隙を見つけられず、一紀は苦笑いを地面に落としまくる。いつ話に入るべきだろうかと首をかしげかけたとき、中から人を押しのけて男が五人ほど飛び出してきた。
「わぁ、なんか大事だよ、アイザック」
ジョニーがそう感想を述べたと同時に、走り去った彼らを追いかけて、スーツ姿のヤードらしき男たちも出てきた。
「逃がすな!」
その中に、一際目立つ姿があった。ストレートの金髪に、エメラルドのような緑の瞳を持つ女性。海外ドラマに出てくる女性刑事のように、スラリとパンツスーツを着こなし、パンプスを鳴らしながら優雅に歩いてくる。アイザックの言っていた通り、凜々しい雰囲気を纏った美人──エマ・レイランドだろう。黄緑のシャツが彼女の存在を際立たせる。
「エマ先輩!」
「あぁ、アイザック」
「僕も加わります」
「それは助かるが、いいのか?」
「はい」
「なら行くぞ。なんとしてでも捕まえる」
アイザックは完全に仕事モードになったらしく、エマとともに走って行ってしまう。突然繰り広げられた怒濤の展開に、当然ながら一紀は追いつけていなかった。ふと置いて行かれたことに気づき、どうしようと横にいたジョニーの顔を見る。
「あいつ、なーんにも説明しないで行っちゃったな。追いかけたい?」
「できれば……」
「じゃあ、行こうか。オレも行きたい」
ジョニーは手に持っていた手帳をポケットにしまうと、一紀の背中を押して走り出した。慌てて一紀も追いかける。
「え、あ、いいんですかーっ」
「えー? まあ、アンタのこと見といてくれると助かるって言ってただけだし? オレ、割と覗き見は得意だからなんとかなるっしょ」
「そういうことじゃないと思うんですけど……」
「あ、こっちかな。それで、たぶんこっち行って」
「聞いてないみたいだな?」
一紀は諦めた。仮にアイザックの友人であるとして、随分とマイペースなコンビである。いや、ジョニーはどちらかというと、景タイプの自由人だろう。
とにかくはぐれないようにと、必死になって追いかける。
しばらく進むと、彼は建物と建物の間で止まった。後ろから来た一紀に、その道を抜けた先を指し示す。
「あそこ。行き止まりになっている道にはエマ・レイランドがいて、左側に見える建物の屋上にアイザックがいるよ。影からは出ないでね。見つかったら面倒だから」
「はい、ありがとうございます」
たばこを吹かしはじめたジョニーはさておいて、一紀は示された方を見に行く。確かに彼らの姿はそこにあった。
行き場をなくした男三人の前にエマが剣を構えて立ち塞がっており、アイザックは上から男たちを弓矢で狙っていた。
おかしい。さっきまで、なかった。まるでRPGのような剣や弓矢なんて、さっきまで誰も持っていなかった。いったい、どこから出てきたのだろう。
「…………」
とりあえず、ジョニーの姿を見てみる。
変わったところはなし。普通のことのようだが──。
「ん、どうかした?」
「い、いえ、大丈夫です」
「あ、もうケリ付きそうだね。アイザックは射撃が得意なんだよ」
そう言われると気になる。
「それと気配の遮断もアイツの得意分野。たぶん、あの男たちはアイザックが上から狙っていることに気づいていない」
「そう言われるとそんな気がしますね」
「キミ、騙されやすそう」
「え」
「冗談冗談」
ジョニーは笑いながら、見なくていいのかと指さす。視線を戻すと、ちょうどアイザックが矢を放ったところだった。
それは見事に、一人の男の膝に刺さった。矢継ぎ早にもう一人、もう一人と膝に矢を刺していく。そうして、バランスを崩したところでエマが彼らを取り押さえ、睨み合いは終了だ。足に矢が刺さった男たち……地味に痛そうである。
そしてまた、いつの間にか彼女は手錠を持っていて、いつの間にか剣は姿を消していたことが気になった。
「さて、アイザックも降りてきたから、オレ達も合流しようか」
「あ、はい」
他のヤードと合流し、捕まえた男らを車に乗せたところで、アイザックが一紀たちの姿を見つけた。エマに弓矢を渡し、二人の元に駆け寄ってくる。
「ありがと、ジョニー」
「いいってことよ。また情報よろしく頼むね? ザック」
「うん、おつかれ」
手を振ってジョニーを見送ると、アイザックは一紀にごめんと謝った。
「急に行っちゃって、イツキに言い忘れたなって思って」
「大丈夫ですよ、あの状況だったし」
「あ……」
一紀の表情を見て、アイザックはやってしまったのではと悟った。このまま触れないでおくべきか、でも、今の顔ではたとえ初対面だとしてもエマはきっと──。
アイザックが考えを巡らしているときに、彼女はやってきてしまった。
「ヤガミ・イツキといったな。大丈夫か? 気分でも優れないとか」
「あ、いえ、あの、エマさんですよね。さっきの、凄かったです。噂通り、騎士みたいでかっこよかったです」
「あぁ、ありがとう。しかし、とりあえず落ち着いた方が……」
「ああ、すみません。ちょっとまだ信じられなくて……物が出たり消えたり、この世界はそんなことまで──」
「ちょっと待ってくれ、『この世界』? 君はただの探偵事務所の新人ではないのか?」
「……あ……」
言ってしまったとこに気づいて、咄嗟に口を押さえるが──当然、遅すぎた。
やってしまった。
声に出して隠せと言われたわけではないが、言っていいことがないのは分かっていた。実際、仁が紹介するときに気を遣って、上手く隠してくれていたのを知っている。
「いや、今のは私が悪かった。君のことを責める気は全くないんだ。だから、その……」
「あの、エマ先輩……ヤードの本部行きません?」
どうしようもなくなった空気の中、なんとかアイザックが助け船を出す。彼も動揺している様子だが、推察していたことは当たっていたらしく、そこそこの落ち着きを保っていた。
「そうだな、そうしよう。えっと、イツキと呼んでいいだろうか? それとも、ヤガミ殿?」
「殿……!? 一紀でおねがいします……」
頭が全く働いていないが、まさかの「殿」訳。びっくり。
とりあえず、差し出された手を全力で握り返した。剣を握っていたはずの手袋だが、とてもそうとは思えないくらい綺麗だ。同じ白手袋でも仁とは大違いである。
清潔感があって、なおかつ凜々しく美しい。ついでにかわいいところもあるようで、なんというか幸運ではあるのだろうと感じる一紀だが、やはり状況は読み込めないままだった。




