言葉
中心街へと近づくにつれて、空気がどんよりとしてきた。さすが、霧の都と呼ばれるだけあって、視界はあまりよろしくはない。だが、アイザックの見た新聞の予報によると、これよりひどくなることはないらしく、割といい天気なのだという。
一通り町を探索し、昼食にパイの店を選んだ。また紅茶を飲みつつ、メインの料理を待つ。
「馬車まであるとは!」
「本当に楽しそうだったね」
「うん。あ」
「ん?」
「あー、ありがとうございます」
「うん……?」
自然と気が緩んでいたことに気づく。おっと……と思ってごまかしたが、アイザックは何のことかまるで分かっていなかった。何を考えているのかよく分からない瞳で、じーっと見つめてくる。
「イツキ、何か心配事?」
「えーっと……あ、じゃあ、聞きたいことを」
「聞きたいこと? なになに」
「仁さんのことなんですけど」
「ジン先輩?」
「はい。元ヤードだったりします?」
「そうだよ。聞いてない?」
「何も……」
「え、じゃあ、よく分かったね」
「さっきもですけど、アイザックが『先輩』と付けているので」
「『先輩』?……あ、そっか」
アイザックは少し考えたあと、気が抜けたように笑った。一紀は首をかしげながら、彼の言葉の続きを待つ。
「あのね。たぶんそれ、イツキが日本人だからだよ。英語に、そういう言い方はないから。俺も別に、ジン先輩もケイさんも区別して呼んでる意識ないし」
「ああ、なるほど」
どういうわけか、使っている言葉は違っても、通じる世界にいるらしい。つまり、アイザックが話している言葉をどこかで訳され、それを一紀は聞き取っている。いくつか生じている不自然なものは、訳す上でのバグのようなものだろうか。
アイザックに多く生じているが、面白いからそれ以上は言わないでおこう。
ん? ということは……アイザックの言った「態度が硬い」の意味は、敬語を使わないといけないと意識していることなのか……?
「三年くらい前にね、急にやめちゃったんだよ」
「急に?」
「そ。ジン先輩と親しかったある人が殺された事件があって、そのあとすぐにやめちゃった。それからは、今みたいな感じ。元から探偵やってたケイさんと組んで、事務所やってる」
「何があったんだろう……」
「その辺は、ジン先輩が自分から話したいと思うよ」
「そうですよね」
話の間に、ミートパイが二つ運ばれてきた。美味しそうなにおいがする。イギリスの料理は美味しくないと聞いたことがあるが、さてどうなのだろう。ゴクリと、覚悟を決める。
「あははは」
「な、何ですか、アイザック」
「大丈夫。ここはイギリスのようで、イギリスじゃないから」
「ってことは、普通に美味しい……いただきます!」
一口、パクリと食べる。
「おいしい!」
美味しかった。
「最初はね、イギリスみたいに味がなかったようだけど、周りの地域に日本もイタリアもフランスもあるから、それじゃあ色々と不都合でね」
「へぇ」
「学んじゃうと、やめられないよね」
「あはは、確かに」
「俺も食べよ。終わったら、ヤードね」
「いよいよですね」
「いよいよだよ。だけど、ゆっくり食べてね」
「すいません、急ぎすぎました」
アイザックが食べる前に、一紀のパイは半分の大きさになっていた。あぶないあぶない。




