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26/42

アンティークな220

       5



 翌日、例の時計台の前に、約束の十時よりも五分以上も早く着いた。アイザックの姿はまだ見えない。


「やっぱ、少し早かったな」

「まあ、大丈夫ですよ。人通りも少なくはないし、あと五分くらいなら……」

「やめとけ。事務所のあるとこは、日本地域と呼ばれている場所だ。おまえにとっても、そこならホームだろ。だが、ここ中心街はイギリス地域だ。一人で外国を出歩かねえだろ」

「そ、そう言われると、そうですねとしか……ていうか、そんな呼び方あるんですね」

「言ってなかったか」

「はい」

「まあ、いいだろ。とにかく、ずっとこうしちゃいられねえから、とりあえずアイザックの家でも行け」

「えぇ~……。それが、とりあえずなんですか?」

「ああ。アイツのことだから、ゆったり準備してんだろ。迷惑とか思う奴でもねえから、遠慮なく頼っとけ。この道を真っ直ぐ行って、四つ目の階段を上ったとこにある。部屋番は、220だ」

「分かりました」

「じゃ、行ってこい。帰りは送ってくれるだろうから」

「はい。送ってくれて、ありがとうございます」

 人差し指と中指を立てて「あいよ」と無言の返事をすると、仁は車を走らせていった。


「…………」

 一紀は不安な気持ちをなんとか押さえ、言われた通りにアイザックの部屋を目指す。

 数段の階段を上ってみると、確かに220の札が付いた部屋があった。インターホン――はないらしい。だが、ドアに何か金具が付いている。これは確か、ノッカーといったような。


「ふー……よし!」

 金具の取っ手を打ち付けて、音を鳴らしてみる。少し待つと、中から伸びやかな声が聞こえてきた。


「はーい」


 そして、ドアが開かれる。そこには、寝癖の直りきっていないアイザックの姿があった。前髪がいつも以上に跳ね上がっており、右目の下に泣きぼくろを発見する。

「あれ、イツキ? おはよう」

「おはよう、ございます」

 一紀は苦笑を浮かべる。待ち合わせまであと五分だというのに、まるで準備ができていない様子だった。とりあえず寝間着からシャツに着替え、朝食を終えた後だろう。


「早いね?」

「少し早く着いてしまって……仁さんが訪ねろって」

 あと五分ですけど、という言葉は飲み込んでおく。仁が予想した「ゆったり準備してんだろ」は当たっていたようだ。なんともアイザックらしい。


「あー、なるほど。じゃあ、少しゆっくりして行こ。紅茶飲む?」

「あ、はい。いただきます!」

「どーぞ」


 家の中に入ろうとして、心の内であっと気づく。そうだ、ここはイギリス……当然、玄関で靴を脱ぐ文化はない。

 どこか落ち着かない感覚を抱えつつ、家の中に足を踏み入れる。

「おじゃまします」

「うん。こっち」

 扉を閉めると、アイザックは左側の部屋に入っていった。カチャッと食器の音が聞こえる。


 彼の後を追っていくと、ダイニングルームらしき部屋に迎えられた。奥の方がキッチンであるようで、アイザックはテキパキと紅茶を用意してくれている。

「ねえ、砂糖とミルクはどうする?」

「うーん、アイザックのオススメの量でお願いします」

「わかった。そこ、座ってて」

「はい」


 漂い始める紅茶の香りを感じつつ、部屋の中心にあるテーブルの椅子に座る。室内を見回してみると、アンティークな棚が目に留まった。そこには、これまたアンティークなアイテムが多く置いてある。時計、燭台、大きい本、砂時計、ガレオン船の模型――とても、夢を感じる気がした。


 想像したことのあるイギリスの雰囲気が、こうして目の前にあるのだ。


「ハイ、紅茶」

 湯気の立つティーカップがテーブルに置かれた。一紀の前で、茶葉の香りがふわりと舞っている。

「ミルクティーですね! ありがとうございます。いただきます」

「めしあがれ。俺、準備してくるね」

 笑顔を浮かべたアイザックだが、部屋を出て行く背中はとても眠そうだ。動きもゆったりとしていて、どこか微笑ましかった。


「ん、あっつ……ふーっ」

 顔に湯気と香りがむわっとかかる。少し行儀が悪いが、待ちきれなくて啜ってみた。

「おいしい」

 まろやかさが先に通り、ほんのりと甘みが続いてくる。もう少し冷まして、今度はしっかりと口に含んだ。まろやかさも甘みも温かさも、口全体に広がって染みていく。気づけば、ぐいぐいと飲み干していた。

 朝から紅茶を飲み、アンティークな家具を眺めていると、本当にイギリスで過ごしているような気持ちになってくる。


 まだ本番前なのに、気分がどんどん高揚してきた。

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