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アイザックの提案

       **



 一紀が事務所に帰ると、景は既に戻っていた。あまりにも涼しい顔をしてそこにいるため、思わず溜息が出そうになった。そうだった、景はそういう男だった。

「おかえり、手伝いはどうだった?」

「面白かったです。やりがいがありました」

「やってよかった?」

「あ、はい……?」

 つい首を傾げてしまった。ただの笑顔ではなかったが、何か全く分からない。というか、ただの笑顔であったことがあったか? いや、考えるだけ無駄である。


「お。おかえり、一紀。……ん、アイザックじゃねえか」


 紫音を背負ったまま、奥から仁が出てきた。アイザックの名前を聞いてか、紫音がひょっこりと顔を覗かせる。

「アイザック、ひさしぶり!」

「シオン、久しぶりー」

「いえーい」


 元気なハイタッチだ。紫音は彼とも仲が良いらしい。無邪気さがうらやましいとさえ思う。


「いつきも!」

「えっ、うん」

 伸ばされた手に向かって、一紀も手を伸ばす。

「ターッチ! えへへ」

「ありがとう」

「うん! わっ」

 紫音は腰を落ち着かせる場所を失って、ずるりと落ちそうになった。腕で必死に、仁の身体にしがみついている。

「じーんー、おーちーるぅー」

「人の後ろで何楽しそうにしてンだよ。そろそろ降りろ、紫音」

「おりるからっ、安全におろしてぇー」

「はは、分かった分かった」

 腰を下ろし、彼は紫音を降ろした。降りることができた彼女は、すばやく水を飲みに走っていく。


「そんで、アイザック。なんかあったか?」

「あー、まず傘を。遅くなって、すいません」

「おう、すっかり忘れてたな。わざわざよかったんだが」

「ちょーど、急な話があったので」

「急な話?」


 仁が傘を受け取ると、景も動いた。飲み物を用意すると、「まあ、座れば?」と声を掛ける。


 紫音が仁の膝にちゃっかり座っている中、アイザックの話は始まった。

「実は明日、イツキを中心街に連れて行きたくて。僕が案内するから、もう任せてもらえればいーんですけど」

「明日かよ、本当に急だな」


 探偵二人が視線を合わせる。景が探りを入れた。


「そう思ったきっかけは何?」

「エマ先輩が、イツキに会いたいって」

「あぁ、なるほど」

「そういうことかよ。どうだ、一紀。おまえが決めろ」


 彼らは二人とも納得したようで、一紀に話が流れてきた。どうしたものかと迷っていると、仁が補足に入る。


「そう難しく考えんな。アイザックは信用できる。要は、行ってみてぇか、行ってみたくねえか」

「行って、みたいです」

「なら、行ってこい」

「はい!」

 一紀は元気よく返事をした。

 なんと言っても、中心街だ。初めてこの世界に足を踏み入れたとき、初めて見たあの景色が改めて見られるのだ。


「よかった。じゃあ、明日の十時に……あ、そっか……」

 何かを思い出し、アイザックは頭を抱える。それを見て、仁が「しょうがねえな」と漏らした。

「俺が送ってやる。十時にあの時計台の所って言いてえんだろ?」

「さすが、ジン先輩。じゃあ、おねがいします」

「あいよ」

 ペコリと頭を下げると、アイザックはコップの中を空にして立ち上がった。

「ごちそーさまでした。今日は失礼します」

「はいはい、わざわざご苦労様」

「いつも通りっすね、ケイさん。でもちょっと……面倒がってるような」

「あれ、なんか察されちゃったかな。まあ、気にしなくていいよ」

「はい、まあ、ケイさんなので」

「言ってくれるね」

 景がいたずらっぽい表情を浮かべると、アイザックは無の顔で事務所の出口へと向かった。


「そういえば」

 あっと彼は振り返り、仁の方をじっと見る。

「シオンはもう帰る時間ですか?」

「そうだな」

「俺、送りますよ。ちょうど、ケーキ取りに行くんで」

「なら、任せる」

 アイザックは頷き、優しく紫音の手を取る。

「では。イツキ、また明日」

「はい、よろしくおねがいします!」

 手をひらひらと振って、アイザックはまた笑う。いや、安堵の表情にも思えた。


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