アイザックの提案
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一紀が事務所に帰ると、景は既に戻っていた。あまりにも涼しい顔をしてそこにいるため、思わず溜息が出そうになった。そうだった、景はそういう男だった。
「おかえり、手伝いはどうだった?」
「面白かったです。やりがいがありました」
「やってよかった?」
「あ、はい……?」
つい首を傾げてしまった。ただの笑顔ではなかったが、何か全く分からない。というか、ただの笑顔であったことがあったか? いや、考えるだけ無駄である。
「お。おかえり、一紀。……ん、アイザックじゃねえか」
紫音を背負ったまま、奥から仁が出てきた。アイザックの名前を聞いてか、紫音がひょっこりと顔を覗かせる。
「アイザック、ひさしぶり!」
「シオン、久しぶりー」
「いえーい」
元気なハイタッチだ。紫音は彼とも仲が良いらしい。無邪気さがうらやましいとさえ思う。
「いつきも!」
「えっ、うん」
伸ばされた手に向かって、一紀も手を伸ばす。
「ターッチ! えへへ」
「ありがとう」
「うん! わっ」
紫音は腰を落ち着かせる場所を失って、ずるりと落ちそうになった。腕で必死に、仁の身体にしがみついている。
「じーんー、おーちーるぅー」
「人の後ろで何楽しそうにしてンだよ。そろそろ降りろ、紫音」
「おりるからっ、安全におろしてぇー」
「はは、分かった分かった」
腰を下ろし、彼は紫音を降ろした。降りることができた彼女は、すばやく水を飲みに走っていく。
「そんで、アイザック。なんかあったか?」
「あー、まず傘を。遅くなって、すいません」
「おう、すっかり忘れてたな。わざわざよかったんだが」
「ちょーど、急な話があったので」
「急な話?」
仁が傘を受け取ると、景も動いた。飲み物を用意すると、「まあ、座れば?」と声を掛ける。
紫音が仁の膝にちゃっかり座っている中、アイザックの話は始まった。
「実は明日、イツキを中心街に連れて行きたくて。僕が案内するから、もう任せてもらえればいーんですけど」
「明日かよ、本当に急だな」
探偵二人が視線を合わせる。景が探りを入れた。
「そう思ったきっかけは何?」
「エマ先輩が、イツキに会いたいって」
「あぁ、なるほど」
「そういうことかよ。どうだ、一紀。おまえが決めろ」
彼らは二人とも納得したようで、一紀に話が流れてきた。どうしたものかと迷っていると、仁が補足に入る。
「そう難しく考えんな。アイザックは信用できる。要は、行ってみてぇか、行ってみたくねえか」
「行って、みたいです」
「なら、行ってこい」
「はい!」
一紀は元気よく返事をした。
なんと言っても、中心街だ。初めてこの世界に足を踏み入れたとき、初めて見たあの景色が改めて見られるのだ。
「よかった。じゃあ、明日の十時に……あ、そっか……」
何かを思い出し、アイザックは頭を抱える。それを見て、仁が「しょうがねえな」と漏らした。
「俺が送ってやる。十時にあの時計台の所って言いてえんだろ?」
「さすが、ジン先輩。じゃあ、おねがいします」
「あいよ」
ペコリと頭を下げると、アイザックはコップの中を空にして立ち上がった。
「ごちそーさまでした。今日は失礼します」
「はいはい、わざわざご苦労様」
「いつも通りっすね、ケイさん。でもちょっと……面倒がってるような」
「あれ、なんか察されちゃったかな。まあ、気にしなくていいよ」
「はい、まあ、ケイさんなので」
「言ってくれるね」
景がいたずらっぽい表情を浮かべると、アイザックは無の顔で事務所の出口へと向かった。
「そういえば」
あっと彼は振り返り、仁の方をじっと見る。
「シオンはもう帰る時間ですか?」
「そうだな」
「俺、送りますよ。ちょうど、ケーキ取りに行くんで」
「なら、任せる」
アイザックは頷き、優しく紫音の手を取る。
「では。イツキ、また明日」
「はい、よろしくおねがいします!」
手をひらひらと振って、アイザックはまた笑う。いや、安堵の表情にも思えた。




