繋ぐ抹茶ケーキ
「はっくしゅんっ!」
ランチタイムを乗り越えた店内に、ゆかりのくしゃみが響く。
びっくりしたまま、一紀は米をゴクンと飲み込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ、ごめんなさい。びっくりしたよね、一紀は大丈夫?」
「自分は大丈夫……いえ、お茶をもらえますか……」
「あらあら」
喉に少し引っかかり、急いで茶をもらった。ゴクゴクと飲み干すと、スッキリとして安堵の声が漏れた。
「ありがとうございました」
「いいのよ。私がびっくりさせちゃったんだもん」
「誰かが噂でもしていたのかもしれませんね」
「噂ねぇ……仁と紫音だったりして」
「内容が気になりますね」
「本当ね」
ふふふふと彼女は笑う。今なら、あのことを訊いてみてもいいだろうか。
「あの、ゆかりさん」
「何?」
「失礼かもしれないんですが、あの、紫音ちゃんのことで……」
「もしかしなくても、父親のこと?」
「はい。あ、いえ、嫌ならいいんです。あまり首を突っ込むことではないと思うし」
「そんなに下手に出なくても大丈夫よ。話していいなら、むしろ話させてちょうだいな」
「いいんですか! なら、ぜひ」
ゆかりが予想以上に優しく答えてくれたため、一紀も緊張がほぐれた。皿に残っていた卵焼きを口に放り込んでしまう。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言って立ち上がった彼女は、お茶のおかわりと共に一枚の写真を持ってきた。
「これが彼」
そこに移っているのは、ふわりと癖のある髪を揺らし、幼い娘に満面の笑みを向ける男の人だった。白黒のために色は分からないが、黒よりも明るい髪色だろう。
「久野宗司。三年前に、亡くなってしまったの」
「あ……」
訊いておいて、どうしていいか分からなくなった。そんな一紀を見て、ゆかりは慌ててフォローを入れる。
「あ、でもでも。悲しいことにするのは、とっくの昔にやめたの。私にとっては永遠に太陽で、永遠にそこにいてくれる人。とっても優しくて、明るくて、他人想いの人だから」
「そう、なんですか。素敵な人ですね」
「ええ」
ゆかりは幸せそうに笑う。それだけで、色々伝わってくる気がした。
にこにこと一紀がつい笑っていると、ゆかりは少し恥ずかしくなってか、顔を手で仰ぎながら席を立った。
カウンターのほうで落ち着かせて、再び戻ってくる。今度は手に、ケーキを持っていた。ランチタイムにもいくつか出た抹茶ケーキだ。
「はい、今日のお礼よ」
「わぁ、美味しそうですね」
「今度は苦すぎないと思うわ」
「いただきます」
フォークでスポンジを切り、真っ白い生クリームを上に乗せて、ぱくっと一口目を入れる。
「美味しいです!」
「よかった。じゃあ、ゆっくりしてっていいからね。私は仕事に戻るわ」
「はい、ありがとうございます」
「こちらこそ~」
ゆかりが去り、一紀は一人でケーキを食す。
二週間も経ち、慣れてきたことも増えた一方で、まだまだ知りたいという好奇心も増えた。この世界に染まりすぎてもいけないと分かってはいても、身を置いている以上仕方ないだろう。きっと次第に、4分の1の話とかも気にならなくなってくるに違いない。
「おいしい……」
食の面も気にならないし、あと何を気にする必要があろうか。
ああ……仁と景がいたか……いやいや、気にすることではない、か……。
むーっと頭を抱えていると、目の前に人影を感じた。
「ん?」
「やっほー」
「んん?」
深緑のサラサラな髪、緑と灰色の瞳、右目の下には泣きぼくろがあり、それから眠たそうな目元――。
「……アイザック!」
「あはは、びっくりしたー?」
「びっくりした……」
目の前に座っていたアイザックは、得意げにニコッと笑った。その手にはビニール傘が握られている。
「ああ、傘ですか」
「そー、遅くなっちゃったけど。ねえ、それ美味しそうだね?」
「美味しいですよ! 最後の一口ですけど、食べます?」
「んー、いいや。あとでのお楽しみって事で、買って帰る」
「じゃあ、食べちゃいますね」
フォークにケーキを刺し、残りのクリームを全てすくい取って、一紀はパクリと食べた。
「うま……」
「おいしそ……ユカリさーん」
アイザックは立って、カウンターにいるゆかりに声を掛けた。抹茶ケーキを二つ取っておいてください、とのことだ。
その間に、一紀は後片付けをしてしまう。サッと机まで拭いて、アイザックと合流した。
「お、お待たせしました」
「……やっぱ、態度が硬い」
「え、えーっと?」
「俺、イツキと友だちになりたい」
「え、でもやっぱり、年上の方なので……」
「友だち、嫌?」
「いや、そういうことじゃないんですけど……」
「じゃあ、オッケーってことだ。これからは、もっと気軽に話してね」
アイザックは満面の笑みを浮かべる。その笑顔に押される形で、一紀は無駄な遠慮など諦めた。
「ぜ、善処します。あ、事務所、事務所行きましょう」
「うん」
彼のとてつもなく嬉しそうな様子に、一紀の頬も緩む。しかし、自分にそこまでの価値があったのか、という疑問は頭の中に浮かんだままでいた。




