お節介と企み
昼の時間になり、外出していた景が戻ってきた。紫音の姿を見ると、笑顔で彼女の頭を撫でた。
「久しぶりに仁と遊んでるんだね」
「うん!」
「よかったねぇ」
紫音と話した後、なぜか彼は身を翻す。また出かけようとする背中に、一紀は思わず声を掛けた。
「えっと、景さん?」
「なに?」
「いえ、今帰ってきたばかりなので」
「あー、そうだね。ちょっと休憩?」
疑問形だった。何を考えているのだろうか。
「景、昼飯は?」
キッチンでスープを作りながら、仁が尋ねた。先ほどから鰹の香りが漂っている。
「んー、あとで」
彼の返事は、いつも以上に適当だった。仁が呆れ顔で「絶対、食わねえな」と呟く。
なんだかんだ、しっかり食べるときは景もしっかり返事をする。仁がその辺り、お節介なのを知り尽くしているからだろう。
「おい、一紀」
「はい?」
「握り飯買ってこい。景も連れてな。絶対に買わせろよ」
「了解です!」
「二人して、ホントお節介だね……」
景は小さく溜息を吐いた。諦めと呆れがよく伝わってくる。一紀は思わず、苦笑を浮かべた。
そんな彼だが、階段を降りるときはもう普段の様子に戻っていた。あまりに普通すぎて、さっきまで何もなかったかと、つい首を傾げたくなる。
一階に着いて店のドアを開けると、ゆかりが困り顔で迎えてくれた。
「ごめんね、紫音がそっちに行ったでしょ?」
「ええ、はい」
「いいんじゃないって言ったら、飛んで行っちゃってね」
「あはは、なるほど」
「景も連れて、今日の一紀は大変ね」
「たぶん、仁さんの方が大変です」
「それもそうね」
カウンターに肘を置きながら、ゆかりの視線は景の方に向いた。ショーケースの中を見ていた景が、それに気づいてか顔を上げる。
「なんで俺の方見たの?」
「分かってるくせに~」
「はぁ……注文とって」
「あー、その前に頼みがあるんだけど……」
ゆかりが今度は、申し訳なさそうな表情を浮かべた。そして、ふっと笑う。
「悪いんだけど、ランチタイムだけ手伝ってくれない? 今日の担当に、休みが出ちゃってさ」
景への頼みだな、と察する。だが、彼は出かけようとしていたはず……。
それを心配して景に目を向けると、彼はそんな一紀に柔らかな表情を浮かべた。
「やってみたら?」
「……へ?」
突然に背中を押され、一紀は目を丸くする。
「やってみなよ」
「じ、自分ですか?」
「君以外いないでしょ。いい経験だと思うけど? ねえ、ゆかりちゃん」
「ええ、もちろん。一紀がよければ、是非お願いしたいわ」
「ほら、彼女もそう言ってるし。大丈夫、おにぎりは俺が持って行くから」
景はまた、あの気持ちのいい笑顔を出した。空気に流され、一紀はゆかりに連れられて奥に行く。
彼が何か企んでいるんじゃないか、という発想はこの時の一紀にはなかった。ただ、棚にある黒手袋に不思議なモヤモヤを覚えて、少しだけ首を傾げた。




