第49話 農具第一便、配る順番で揉める
翌朝。
農具第一便の荷台は、いつもより妙に誇らしげに見えた。
塩袋や豆袋とは違う。
農具は、見ただけで「これから働くぞ」という顔をしている。
鍬。
鎌。
斧。
鋸。
荷車の金具。
リーベル商会から届いた新品の刃。
東鍛冶組合が研いだ修理刃。
旧ハルク班と南区木工班が削った柄。
一本一本に焼き印がある。
【刃:東鍛冶】
【柄:旧ハルク班】
【調整:南区木工】
【管理:配送局】
なんかもう、農具というより履歴書つきの道具だ。
「名前がある農具ですね」
エマが嬉しそうに言った。
「名前?」
「誰が直したか、どこで使うか、壊れたらどこへ戻すか。全部分かるので」
「確かに」
王都の新品農具には、きれいな商会刻印がある。
でも、配送局の修理農具には、関わった人の手の跡がある。
どちらが上という話ではない。
ただ、役割が違う。
新品は届く力。
修理品は残る力。
昨日の局長メモを思い出す。
トマが横で荷札を確認している。
「農具第一便、数量確認します」
「お願いします」
「修理鍬六、新品軽量鍬二、修理鎌四、新品鎌二、修理斧三、新品斧一、鋸二、荷車金具四組、修理受付札一式」
「多いなぁ」
「まだ少ないです」
「ですよね」
南西農村全体から見れば、これでも試験量だ。
全村の需要を満たすにはほど遠い。
だからこそ、配る順番が問題になる。
必要なものを、必要な場所へ、必要な順番で届ける。
看板に刻んだその言葉が、今日はかなり重かった。
◇
農具第一便には、俺も同行することにした。
現場に行かない勇気を覚えたばかりなのに、今回は行く。
理由は簡単だ。
農具の配布順は、揉める可能性が高い。
新品と修理品。
軽い鍬と重い鍬。
農村ごとの必要数。
若い働き手が多い村、老人が多い村。
畑の状態。
柵補修の有無。
種豆保存の準備。
いろんな条件が絡む。
ここで雑に配れば、豆の協定そのものが揺らぐ。
同行は、俺、エマ、ミレーユ、ダリオ、ロイ、護衛にマイラ。
そしてニコ。
「また飯係?」
「農具を配る先には昼飯があります」
「もう何も言わない」
ニコは鍋と豆粉を積んでいた。
農具便なのに鍋がある。
配送局では普通の光景になりつつある。
◇
西農道は、かなり安定してきた。
グレン牧場の柵も補修済み。
問題牛モリーは、今日は柵の向こうで草を食べている。
こちらを見る目が少しふてぶてしい。
「モリー、今日は出ないでね」
エマが手を振ると、牛はもっさり草を噛んだ。
たぶん何も分かっていない。
グレン爺さんは柵の横で腕を組んでいた。
「農具か」
「第一便です」
「うちの柵にも使えるのか」
「補修班用もあります」
「なら一本置いていけ」
「え?」
「冗談だ」
冗談に聞こえない。
ただ、グレン爺さんは少しだけ笑っていた。
この人も、配送局の道に少しずつ乗り始めている。
◇
南西農村の広場に着くと、すでに代表者たちが集まっていた。
マルタ。
若い村代表たち。
畑仕事帰りの女たち。
年配の農夫。
子どもまで遠巻きに見ている。
荷台の農具を見た瞬間、ざわめきが起きた。
「あれが王都品か」
「こっちは修理したやつだな」
「軽い鍬はどれだ?」
「斧はうちが先じゃないのか?」
予想通りだ。
全員が欲しい。
当然だ。
農具は飯の前段階だ。
畑を起こし、柵を直し、木を切り、荷車を動かす。
農具が足りなければ、冬支度も種豆保存も進まない。
マルタが俺を見る。
「局長、配り方を間違えると揉めるよ」
「分かってます」
「なら、どうする?」
俺は荷台の農具を見る。
金色の線が、村ごとに伸びている。
ただし、一本ではない。
畑。
柵。
保存庫。
老人。
若い働き手。
水路。
種豆。
全部に線が分かれる。
単純に村の大きさ順では駄目だ。
声の大きい順でも駄目。
今すぐ必要な作業順だ。
「まず、用途で分けます」
俺は広場に木札を並べた。
【畑起こし】
【収穫準備】
【柵・道補修】
【保存庫整備】
【軽作業用】
エマがそれぞれに絵を描く。
畑。
麦束。
柵。
倉庫。
小さな手。
文字が苦手な人にも分かる。
「農具を村ごとに一括で配るのではなく、作業ごとに割り当てます」
若い代表の一人が眉をひそめる。
「つまり、うちの村に何本って決めないのか?」
「決めます。でも先に、何に使うかを確認します」
「面倒だな」
その声に、トマがいれば「面倒でないと揉めます」と言っただろう。
俺は代わりに言った。
「面倒にしないと、後で揉めます」
完全にトマ化している。
自分で少し笑いそうになった。
◇
配布前の聞き取りが始まった。
エマが札を持ち、ミレーユが記録する。
マルタが代表者たちをまとめる。
ダリオとロイは農具を手に取り、使い方の説明をする。
「硬い土ならこっちの修理鍬がいい。重いが入る」
「軽い鍬は長時間作業には向くけど、石混じりの畑で無理すると刃が痛む」
「この鎌は軽い。年寄りや女衆に回した方がいい」
「斧は柵補修班優先だ。木を切るなら柄の太いやつを使え」
ダリオが説明している。
盗賊だった男が、今は農具の使い方を農村に教えている。
妙な光景だ。
でも、かなり自然だった。
ロイも横で補足する。
「壊れたら修理札をつけろ。黙って使い潰すな。刃が欠けたまま使うと、もっと悪くなる」
南区の若者が、農村に道具管理を教えている。
これも少し前ならあり得なかった。
配送局は、物だけでなく立場まで運んでいるのかもしれない。
◇
だが、やはり揉めた。
「うちの畑が一番広い。新品鍬はこっちに回すべきだ」
若い代表が言った。
別の年配農夫が反論する。
「広さじゃない。うちは男手が少ない。軽い鍬がなきゃ婆さんたちが倒れる」
「そんなこと言ったら、どこも欲しいだろ」
「だから順番を決めるんだよ」
空気が刺々しくなる。
俺の視界に赤線。
【農具配布摩擦】
【論点:面積 vs 労働力不足】
どちらも正しい。
畑が広い村には道具が必要。
でも、働き手が少ない村には軽い道具が必要。
ここで多数決にすると、人数の多い村が勝つ。
それでは弱い村が詰む。
俺は手を上げた。
「新品軽量鍬は、畑の広さではなく、労働力不足の村へ優先します」
若い代表の顔が険しくなる。
「なぜだ」
「広い畑には修理鍬と重作業班を回せます。でも、働き手が少ない村の高齢者や女性には、軽い鍬がないと作業そのものが止まる」
マルタが頷く。
「理屈は通ってる」
「ただし、広い畑の村には、修理鍬を一本多く回します。あと、補修班を半日だけ手伝いに出す」
若い代表が少し黙った。
「人手もつくのか」
「はい。道具だけではなく、人手も一緒に」
ダリオが頷く。
「半日なら出せる。畑起こしの初動だけ手伝う」
ロイも言う。
「ただし、飯は出せよ」
バルロがいないのに、食事条件が自然に出る。
若い代表はしばらく考え、ようやく頷いた。
「それなら……まあ」
赤線が薄くなる。
【配布摩擦:低下】
道具だけで解決しようとすると揉める。
人手とセットで配ると、道ができる。
また一つ学んだ。
◇
配布は昼過ぎまでかかった。
結論はこうなった。
【農具第一便配分】
・軽量新品鍬二:労働力不足の二村へ
・修理鍬六:広い畑を持つ三村へ二本ずつ
・新品鎌二:高齢者作業班へ
・修理鎌四:収穫準備の早い村へ
・修理斧三:柵補修班、保存庫補修班へ
・新品斧一:硬木作業用として共同管理
・鋸二:補修班共同管理
・荷車金具:南西街道豆運搬用の荷車へ
すべてに受領札。
すべてに修理受付札。
すべてに管理者名。
面倒だ。
だが、配り終わった後の不満は思ったより少なかった。
理由はたぶん、配布理由を見えるようにしたからだ。
誰が贔屓されたかではなく、何の作業に必要だから配られたか。
それが分かれば、納得しやすい。
◇
ニコが昼に豆汁を出した。
今回は、サナ婆さんの漬物も少し添えた。
農村の人たちは、農具を眺めながら食べている。
妙な光景だった。
道具を受け取り、飯を食い、次の作業の話をする。
そこにマルタが来た。
「局長、悪くなかった」
「配布、ですか?」
「揉めたけど、割れなかった。上出来だよ」
「ありがとうございます」
「ただ、次はもっと数がいる」
「ですよね」
「それと、共同管理の農具は揉めやすい。誰が保管するか、いつ貸すか決めないと」
はい。
新しい問題。
共同管理。
俺の視界に赤線が出る。
【共同農具:保管・貸出ルール未整備】
【放置時、紛失・独占・破損責任問題】
「貸出札が必要ですね」
俺が呟くと、エマが反応した。
「貸出札、作ります」
「やっぱり増えるか」
「増えます」
トマが聞いたら胃を押さえそうだ。
でも必要だ。
共同農具は、誰かが独占したら揉める。
壊れた時も、誰の責任か分からなくなる。
貸出札。
返却札。
修理札。
もう農具一つで札が三ついる。
配送局、札局になりつつある。
◇
夕方、エルドベルクへ戻ると、トマが報告を待っていた。
「どうでした?」
「配布完了。ただし、貸出札が必要になりました」
トマは目を閉じた。
「来ると思っていました」
「予想済み?」
「共同管理物は必ず揉めます」
「先生、経験あります?」
「帳簿の世界では常識です」
帳簿の世界、奥が深い。
エマが配布記録を渡す。
トマは目を通し、うなずいた。
「良いです。配布理由が書かれているのが特に良い」
「局長が、理由を見えるようにって」
「正しいです」
褒められた。
ちょっと嬉しい。
◇
夜、局長席で記録を書く。
【農具第一便、南西農村へ配布完了】
【用途別配分により摩擦を低減】
【共同農具の貸出・返却・修理札が必要】
【農具十日期限、実質達成】
最後に、局長メモ。
【配る順番を説明できない配送は、あとで揉める】
トマが覗き込み、すぐに頷いた。
「これは月次報告に入れましょう」
「おお、即採用」
「かなり実務的です」
「嬉しいような、地味なような」
「配送局は地味です」
「そうでした」
外では、ダリオたちが次の農具の柄を削っている。
ロイが貸出札の箱を作っている。
エマは共同農具の絵札を描いている。
ミレーユはリーベル商会との部品供給契約を整理している。
ニコは農村で好評だった漬物つき豆汁の配分表をバルロに報告している。
塩。
豆。
農具。
札。
記録。
また道が増えた。
でも今日は、ひとつ大きな配達が終わった。
農具十日。
期限より早く、第一便配布完了。
これで南西農村との約束は、かなり守れた。
俺は椅子にもたれ、息を吐いた。
その時、局舎の入口で小さな騒ぎが起きた。
白札を持った商会員が駆け込んでくる。
「局長! ラウゼン宿場から白札の返答です!」
「ダンさん?」
「はい。妹さんの無事を知って、返礼と……追加依頼が」
「追加依頼?」
商会員は少し困った顔で白札を差し出した。
そこには、震えた字でこう書かれていた。
【他にも、エルドベルクに家族を持つ者がいる】
【安否確認を頼みたい者が十七名】
十七名。
白札が、一気に増えた。
俺は天井を見上げた。
「情報配送、来たか……」
トマが遠くで胃を押さえた。
配送局の仕事は、今日も終わらない。
農具が届いたと思ったら、次は人の無事を届ける番だった。




