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第48話 農具試験は、畑より先に手のひらで決まる

 翌朝。


 俺は局長席で、農具試験便の報告を待っていた。


 待つ。


 これが本当に難しい。


 現場では今ごろ、南西農村の畑で新品農具と修理農具を比べているはずだ。


 リーベル商会の新品農具。


 配送局の修理農具。


 どちらが良いか。


 いや、正確には「どちらを、どこに使うべきか」。


 それを決める試験だ。


「局長、机を叩く回数が増えています」


 トマが帳簿から顔を上げずに言った。


「数えてるの?」


「気になりますので」


「落ち着かなくて」


「現場に行かない訓練です」


「つらい」


「局長業務です」


 最近この言葉で全部片づけられる。


 かなり強い。


   ◇


 昼前、最初の報告が来た。


 持ってきたのは商会の早馬係。


 木板には、エマの字でぎっしり書かれていた。


【農具試験一回目】


【畑作業:新品鍬、軽さで高評価】


【硬い土:修理鍬、重さと柄の太さで高評価】


【鎌:新品の切れ味良好。ただし柄が細く手が痛いとの声】


【斧:修理品、木柵補修で高評価】


【総評:用途別】


「用途別……」


 俺は思わず笑った。


「いい結論ですね」


 トマが頷く。


「一番揉めにくい結論です」


「新品が全部勝つでもなく、修理品が全部勝つでもない」


「現実的です」


 やっぱり、現場で使うと分かる。


 見た目は新品が強い。


 でも、作業によっては修理品の方が合う。


 特に、旧ハルク村や南区の人間が直した柄は、実際の手に合わせて削ってある。


 そこが評価されたらしい。


 木板の下に、エマの追記があった。


【農村女性より、新品鍬は軽くて使いやすいとの意見】


【高齢者より、軽い鎌を希望】


【木柵補修班より、修理斧の柄が太く安心との意見】


 いい。


 ちゃんと声が分かれている。


 これなら、ただの好き嫌いではなく配分にできる。


   ◇


 午後、エマたちが戻ってきた。


 馬車には泥のついた農具が積まれている。


 新品も修理品も、ちゃんと使われた跡があった。


 エマは少し疲れていたが、目は輝いていた。


「局長! 試験、できました!」


「おかえり。すごく良い報告だった」


「本当ですか?」


「うん。用途別って結論が最高」


 エマは嬉しそうに笑った。


 その横で、ダリオが修理鍬を持ち上げる。


「硬い土なら、こっちの方が入った」


 ロイが新品鍬を持って言う。


「でも軽作業なら王都品も悪くねぇ。女衆が使うには軽い方がいい」


 鍛冶親方が鼻を鳴らした。


「刃は王都品も悪くねぇな。ただ、柄は細ぇ」


「じゃあ?」


 俺が聞くと、親方はにやりと笑った。


「刃だけ買って、柄はこっちで作ればいい」


 その瞬間、金色の線が太くなった。


【農具供給案:王都製刃物+地域製柄】


【効果:品質確保・地域修理網維持・依存低下】


「それだ」


 俺は思わず声を出した。


「全部新品で買うんじゃなくて、刃や金具だけ王都から入れる。柄や修理はこっちでやる」


 ミレーユが目を細めた。


「良い落としどころです。リーベル商会にも利益があり、配送局側の修理網も残ります」


 トマが即座に書く。


【混合農具案】


・軽作業用:王都製新品を一部採用

・重作業用:地域修理品を継続

・刃物部品:王都商会から調達可

・柄、修理、調整:旧ハルク班・南区木工班・東鍛冶組合

・修理受付札で管理


「また項目が増えた……」


 トマが自分で書きながら呟いた。


「でも良い増え方ですよね?」


「はい。悔しいですが」


   ◇


 夕方、リーベル商会のカイルが再び現れた。


 早い。


 どうやら、農村側からも試験結果の話が回ったらしい。


「局長殿。試験結果を伺いに来ました」


 今日の彼は、昨日より少し興味深そうな顔をしていた。


 ミレーユが結果表を渡す。


「結論は用途別です。新品農具は軽作業や高齢者・女性向けに評価されました。一方で、重作業や補修作業では地域修理品の評価が高いです」


「なるほど」


「そこで提案です」


 ミレーユが微笑む。


「リーベル商会様には、完成品の大量納入ではなく、刃物部品と不足分の新品農具を供給していただきたい」


 カイルの目が動いた。


「完成品ではなく部品、ですか」


「はい。柄と修理は現地で行います」


「それでは、当商会の継続利益が減りますね」


 正直だ。


 王都商人、腹の中を全部隠すわけではないらしい。


 俺は口を開いた。


「でも、農村側は買いやすくなります。全部新品より安い。壊れても現地で直せる。リーベル商会は刃物部品を継続的に売れる」


 カイルは少し考える。


「部品供給契約……」


「農具全部を握るより、長く続きませんか?」


 カイルは俺を見た。


 値踏みする目ではある。


 でも、少しだけ違う。


「局長殿は、商人ではないのに商売の急所を突く」


「いや、俺はだいたいミレーユさんとトマさんに教わってるだけです」


「それを隠さないところが、また厄介です」


 厄介、再び。


 でも、たぶん悪い意味だけではない。


 カイルは契約書を見た。


「よろしい。試験契約として、刃物部品の供給を検討しましょう。ただし、当商会の刻印は入れさせていただく」


 鍛冶親方が腕を組んだ。


「刃に入れるなら構わねぇ。柄にはこっちの焼き印を入れる」


「共同刻印ですか」


 カイルは笑った。


「面白い」


   ◇


 こうして、農具契約は新しい形になった。


【農具供給・試験契約】


 一、リーベル商会は刃物部品と軽作業用新品農具を供給する。

 二、配送局側は柄の作成、調整、修理受付を担う。

 三、東鍛冶組合が刃の点検と研ぎ直しを行う。

 四、旧ハルク班と南区木工班が柄と木部修理を担当する。

 五、農村側は使用感と破損情報を修理受付札で報告する。

 六、三十日後に本契約判断。


 新品農具に完全敗北することもなく、王都商会を完全に敵に回すこともない。


 部品は王都。


 手に合わせるのは現地。


 修理は近場。


 記録は配送局。


 なかなか良い形に見えた。


【農具十日期限:達成見込み】


【地域修理網:維持】


【リーベル商会との衝突:一時緩和】


 よし。


 かなりいい。


   ◇


 カイルが帰った後、ダリオが修理鍬を見つめていた。


「俺たちの仕事、残ったんだな」


「残ったどころか、増えましたね」


 俺が言うと、彼は少し笑った。


「盗賊だった俺たちが、農具を直す側か」


「道を直して、柵を直して、今度は農具」


「妙な話だ」


「でも、悪くないでしょ?」


 ダリオは少し黙り、頷いた。


「悪くない」


 ロイが横から言う。


「サボったら修理札に書くからな」


「お前もな」


 二人はまた言い合っている。


 でも、もう険悪ではない。


 同じ道具を直す相手になっている。


 それだけで十分だった。


   ◇


 夜。


 局長席で今日の記録を書く。


【農具試験結果:用途別評価】


【リーベル商会と刃物部品供給の試験契約へ】


【地域修理網を維持】


【旧ハルク班・南区木工班・東鍛冶組合の役割確定】


 最後に、局長メモ。


【新品は届く。修理品は残る。両方あれば道具は止まりにくい】


 トマが覗き込む。


「これは月次報告向きです」


「本当?」


「表現は整えますが」


「やっぱり」


 でも、少し嬉しかった。


 月次報告に入る局長メモ。


 王都向けに硬くされるとしても、現場の実感が記録に残る。


 それは悪くない。


 外では、鍛冶親方が刃を並べ、ダリオたちが柄を削り、ロイが修理受付札を確認している。


 エマは新しい「修理札」の説明板を作っている。


 ミレーユはカイルとの試験契約書を清書している。


 バルロは鍛冶場と木工班に夜食を配っている。


 配送局は、今日もまた少し広がった。


 塩の次は農具。


 豆の道を守るために始まった仕事が、いつの間にか人の役割まで直している。


 たぶん、それでいい。


 明日は農具第一便を正式に南西農村へ届ける。


 締切まで、まだ余裕はある。


 いや、配送局的には「余裕がある」と思った瞬間が一番危ない。


 俺は羽ペンを置き、深く息を吐いた。


 明日も、ちゃんと届けよう。

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