第47話 新品農具は強いが、修理農具には名前がある
翌朝。
局舎の中庭には、農具が並んでいた。
鍬。
鎌。
斧。
鋸。
荷車の金具。
見た目は、まだ少し不揃いだ。
新品ではない。
刃には研ぎ直した跡がある。
柄には新しい木と古い鉄の継ぎ目がある。
でも、昨日のガラクタ山とは違う。
ちゃんと道具になり始めている。
「思ったより、いけますね」
俺が言うと、ダリオが柄を削りながら頷いた。
「木が悪くない。南区の廃材にも使えるものがあった」
ロイが横から言う。
「廃材って言うな。南区の歴戦の木材だ」
「それは廃材だろ」
「言い方の問題だ」
仲良くなってるのか、喧嘩してるのか分からない。
でも、同じ農具を直している時点で、少し前よりずっと前進している。
鍛冶親方は、研ぎ上がった刃を見て腕を組んでいた。
「刃は使える。新品ほどじゃねぇが、畑なら十分だ」
「新品ほどじゃない、か」
俺が呟くと、ミレーユが静かに言った。
「そこを突かれるでしょうね」
「リーベル商会?」
「はい」
嫌な予感は当たる。
昼前、リーベル商会の馬車がまた来た。
今回は金貨箱ではない。
荷台に積まれていたのは――新品の農具だった。
ぴかぴかの鍬。
真新しい鎌。
まっすぐな柄の斧。
見た目だけなら、こちらの修理農具よりずっと上等だ。
「やっぱり来たか……」
俺が呟くと、ミレーユは少しだけ笑った。
「予想通りです」
馬車から降りたカイル・リーベルは、今日も丁寧な笑顔だった。
「局長殿。農具の件で、少しご提案が」
提案。
王都商人の提案は、だいたい牙が生えている。
◇
カイルは中庭に新品農具を並べさせた。
見栄えがいい。
農村の若い代表たちが見たら、間違いなく目を引かれる。
「当商会は、南西農村連合へ新品農具を特別価格で提供できます」
カイルはそう言った。
「しかも、初回分は半額」
「半額?」
ロイが思わず声を上げた。
カイルは微笑む。
「災害復旧支援です。王都商会としても、地方の復興に協力したい」
うまい。
安い。
新品。
復興支援。
言葉だけ聞けば完璧だ。
だが、金色の線は赤く揺れている。
【警告:初回低価格による依存誘導】
【二回目以降価格上昇リスク】
【修理農具体制の弱体化】
なるほど。
最初だけ安く新品を入れる。
農村側がそれに慣れる。
配送局の修理農具体制が軽く見られる。
次回以降、価格を上げる。
あるいは、部品や替え刃をリーベル商会経由にする。
道具の道を握る気だ。
「良い農具ですね」
俺はまず認めた。
「新品ですから」
カイルは笑う。
「農村の皆様も、修理品より新品を望むのでは?」
ダリオの手が止まった。
ロイの顔も険しくなる。
鍛冶親方の眉がぴくりと動いた。
嫌な空気だ。
ここで「新品なんか要らない」と言えば負ける。
実際、新品は良い。
農村が欲しいのも当然。
なら、否定ではなく仕分けだ。
「新品は必要です」
俺が言うと、カイルの目が少し細くなった。
「ほう」
「ただし、全部を新品に置き換える必要はない」
俺は修理農具の方を指した。
「すぐ使う物、荒い作業に使う物、補修班が使う物は修理品で十分なものもある。精度が必要な物や、壊れている数が多い物は新品がいい」
トマがすぐに紙を広げる。
「分類ですね」
「はい。農具も役割で分けましょう」
ミレーユがにこりとした。
「つまり、リーベル商会様の新品農具は、災害復旧枠の不足分を補う形なら歓迎できます」
カイルの笑顔が少しだけ硬くなった。
「不足分、ですか」
「全量置き換えではありません」
鍛冶親方が低く言う。
「こっちで直した物を無駄にはさせねぇ」
ダリオも前に出た。
「修理品なら、壊れた時に俺たちで直せる。王都品の金具が特殊なら、次に困る」
良い指摘だ。
カイルはすぐ返す。
「部品も当商会から供給できます」
「それが困るんだ」
ロイが言った。
「壊れるたびに王都待ちじゃ、畑が止まる」
中庭の空気が変わった。
新品の見栄え。
修理品の持続性。
ようやく比較軸ができた。
◇
俺は二つの農具を並べた。
リーベル商会の新品鍬。
配送局の修理鍬。
見た目は新品の勝ち。
だが、修理鍬の柄には焼き印が押してある。
【南区材】
【旧ハルク班修理】
【東鍛冶研ぎ】
エマが昨日、記録用に入れた印だ。
「この印、良いですね」
俺が言うと、エマが少し照れた。
「誰が直したか分かるようにと思って」
「これ、すごく大事」
俺はカイルを見た。
「リーベル商会の農具には、修理先の情報がありますか?」
「もちろん、王都支店へ問い合わせていただければ」
「農村から王都支店へ?」
カイルは一瞬黙った。
ミレーユが続ける。
「配送局修理品は、壊れた場合、旧ハルク班、南区木工班、東鍛冶組合が対応できます。修理経路が近い」
トマが紙に書く。
【新品農具:性能高・初期費用低・修理経路遠】
【修理農具:性能中・即時修理可・地域内循環】
「農村に必要なのは、全部新品ではなく、止まらない農具です」
俺は言った。
カイルの目が、少しだけ鋭くなる。
「止まらない農具」
「はい。壊れても直せる。柄を替えられる。刃を研げる。部品を待たなくていい」
ダリオが修理鍬を持ち上げる。
「これは俺が柄を替えた。折れたらまた替える」
鍛冶親方が続く。
「刃はうちで研げる」
ロイが言う。
「運ぶのは配送局がやる」
エマが木板に記録する。
「修理受付札も作れます」
また札が増えそうだ。
でも今は必要だ。
◇
カイルはしばらく黙っていた。
そして、小さく拍手した。
「面白い。本当に面白い組織ですね」
「褒めてます?」
「半分は」
「もう半分は?」
「厄介です」
ついに言われた。
でも、悪くない。
カイルは新品農具を指した。
「では、こうしましょう。当商会の農具は、精密品と不足分に限定して提供する。代わりに、余剰豆の商業枠について、当商会の優先交渉権を明文化していただきたい」
やっぱりそこへ戻る。
豆。
リーベル商会の狙いは一貫している。
農具は入口だ。
豆の商業枠へ食い込むための札。
ミレーユが微笑む。
「優先交渉権は、すでに暫定合意に入っています。ただし、余剰量算定後です」
「その文言は維持するのですね」
「当然です」
カイルは笑った。
「では、農具提供も余剰量算定会議の後に正式化しましょう」
「先に試験導入なら可能です」
俺が言うと、カイルがこちらを見る。
「試験導入?」
「新品農具を数本だけ、農村で実際に使ってもらう。修理農具も同じ畑で使う。どちらがどの作業に向くか、現場で記録する」
トマの筆が走る。
「比較試験ですね」
「はい」
ミレーユの目が光る。
「良いです。性能、修理性、使用者評価、破損率を記録できます」
カイルは少し驚いた顔をした。
「農具を試験するのですか」
「使う人が決めるのが一番です」
俺は新品農具と修理農具を見る。
「見た目では新品が勝つ。でも、畑で勝つかは使ってみないと分からない」
鍛冶親方がにやりと笑う。
「いいじゃねぇか。王都品と勝負だ」
ダリオも頷く。
「柄の握りなら負けない」
ロイが言う。
「壊れた時の速さでも負けねぇ」
なんか燃えてきた。
農具大会みたいになっている。
◇
結局、農具の件はこうなった。
【農具試験導入案】
一、配送局修理農具とリーベル商会新品農具を、南西農村で同時に試用。
二、用途別に評価する。畑作業、木柵補修、街道補修、収穫準備。
三、破損・修理・使いやすさを記録。
四、新品農具は不足分と精密用途に限定して本契約を検討。
五、修理農具体制は継続。地域内修理網を維持。
カイルは仮承諾した。
「では、試験用に鍬二本、鎌二本、斧一本を提供しましょう」
「ありがとうございます」
「ただし、良い結果が出たら、相応に購入していただきます」
ミレーユが微笑む。
「結果次第です」
商人同士の笑顔。
怖い。
◇
カイルが帰った後、中庭は妙に盛り上がっていた。
鍛冶親方が修理斧を持ち上げる。
「王都品に負けるなよ」
ダリオが真剣に柄を確認する。
「握りはこっちの方がいい」
ロイが新品鍬を持ってみる。
「軽いな。女衆や年寄りにはこっちもいいかもしれねぇ」
「お、認めるんだ」
俺が言うと、ロイはそっぽを向く。
「良い物は良いだろ」
それでいい。
敵の商品だから全部悪い、ではない。
良い物は良い。
ただし、全部を握らせてはいけない。
使える部分だけ使う。
配送局は、商売を拒む組織ではない。
必要な順番を守る組織だ。
◇
午後から、農具試験便の準備が始まった。
修理農具。
新品農具。
評価札。
修理受付札。
使用者名簿。
用途別記録板。
また記録が増えた。
トマは机に突っ伏している。
「農具評価表……」
「すみません」
「いえ、必要です。必要ですが、増えました」
「はい」
「でも、これは良い増え方です」
トマは顔を上げた。
「現場の人が、何が使いやすいか記録できれば、次の配送が正確になります」
「先生、完全に思想が配送局ですね」
「もう諦めています」
諦めの境地から、頼もしさが生まれている。
エマは修理受付札を描いていた。
灰色札に、鍬と手の絵。
「壊れた農具はこれで出せばいいですね」
「いいね。誰が修理するかも書ける?」
「はい。木部、刃、金具で分けます」
「すごい」
札制度がどんどん専門化していく。
王都に見せたら、またオーウェン副書記が面白がりそうだ。
◇
夕方、農具試験便が南西農村へ出た。
今回は俺は行かない。
行きたい。
かなり行きたい。
王都品と修理品、どちらがどう評価されるか見たい。
でも、行かない。
担当はダリオ、ロイ、エマ、商会員、護衛にマイラ。
俺は局長席で待つ。
「また我慢便ですね」
トマが言った。
「俺の我慢も配送対象になってきた」
「局長業務です」
はい。
そうですね。
日が沈む少し前、第一報が戻ってきた。
【農具試験便:到着】
【農村側反応:新品に関心高】
【修理農具への不信、一部あり】
やっぱり。
見た目では新品が勝つ。
当然だ。
だが、続きがあった。
【ただし、修理農具の握りやすさを評価する声あり】
【旧ハルク班が修理説明を実施】
【試用は明朝】
よし。
初日は説明まで。
勝負は明日。
◇
夜。
局長席で今日の記録を書く。
【リーベル商会、新品農具を提案】
【農具試験導入案で合意】
【修理農具体制を維持】
【農具試験便、南西農村へ到着】
最後に、局長メモ。
【新品は強い。でも、直せる物はもっと長く道に残る】
トマが覗き込み、頷いた。
「これは使えるかもしれません」
「月次報告に?」
「表現は変えます」
「ですよね」
表現はともかく、今日の学びはそこだった。
新品の力。
修理の力。
金の力。
地域の力。
どれか一つに寄せると、道は弱くなる。
組み合わせる。
役割を分ける。
記録して、次に生かす。
それが配送局のやり方だ。
外では、鍛冶場の火がまだ赤い。
バルロの鍋の音がする。
エマたちは農村に泊まり、明日の試験に備えている。
俺は少しだけ落ち着かない。
でも、行かない。
明日、報告が来る。
それを待つのも局長の仕事だ。
たぶん。
いや、きっと。




