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第46話 塩第二便、受領印より漬物の方が強い

 翌朝。


 塩第二便は、いつもより少し慎重に準備された。


 積み荷は二種類。


 一つ目は、東市場乾燥場で安全確認できた塩袋。


 二つ目は、西区の旧漬物屋サナ婆さんから譲ってもらった保存塩。


 どちらも食用確認済み。


 非食用分、再確認待ち、封印分は別管理。


 昨日の黒い斑点騒ぎがあったせいで、塩袋ひとつ積むだけでも、全員の目がやたら真剣だった。


「食用確認札は?」


 トマが聞く。


「白丸札、全部ついてます」


 エマが答える。


「数量は?」


「安全確認済み六袋、保存塩四袋。合計十袋」


「受領書は?」


「二部。農村連合控えと配送局控え」


「よろしい」


 完全に先生と生徒だ。


 エマはもう札担当というより、半分記録係補助になっている。


 トマ先生、弟子育成が順調すぎる。


 本人は否定するだろうけど。


 ニコは荷台の横で、小さな甕を抱えていた。


「それ何?」


「試作の浅漬けです」


「塩便に漬物まで乗るの?」


「サナ婆さんが、塩の使い方を見せてやれって」


 また飯が増えた。


 でも、悪くない。


 塩は届いた。


 保存できる。


 味も変わる。


 それを実際に見せるのは、ただ袋を渡すより強い。


 バルロが遠くから言った。


「漬物は飯を進ませる。だが塩を使いすぎるな」


「はい!」


 食糧支援統括と漬物婆さんの共同監修。


 配送局の食部門、妙に本格化している。


   ◇


 南西農村へ向かう途中、グレン牧場で一度止まった。


 昨日の牛脱走ポイントだ。


 今日は牛はいない。


 代わりに、柵の前でグレン爺さんが腕を組んで立っていた。


「今日は牛、いませんね」


「繋いだ」


「対策が強い」


「モリーは信用ならん」


 問題牛モリー、名指しで警戒されている。


 柵の補修は、ダリオ班とロイ班が朝から始めていた。


 木材が並び、古い横木が外され、新しい杭が打たれている。


 ロイが汗を拭いながら言った。


「局長、見てけよ。今日は抜けねぇぞ」


「かなりしっかりしてる」


 ダリオも頷く。


「牛が押す高さに横木を増やした」


 グレンが鼻を鳴らす。


「まあ、昨日よりはマシだ」


 それ、かなり褒めている気がする。


 エマが茶札の裏に記録する。


【グレン牧場北柵:補修中】


【牛脱走リスク:低下】


【追加木材:不要】


 いい。


 現場で見て、記録して、次の便へ反映する。


 完全に回り始めている。


   ◇


 南西農村に着くと、マルタがすぐに出迎えた。


 昨日より表情が柔らかい。


 ただし、目は相変わらず鋭い。


「第二便、来たね」


「遅れずに持ってきました。ただし、再乾燥品は安全確認できた分だけです」


「聞いてる。黒い斑点の件も」


「食用不可は混ぜてません」


「それでいい」


 マルタは塩袋を一つずつ確認した。


 サナ婆さんの保存塩を見て、目を細める。


「良い塩だね。古いけど、保存がいい」


「元漬物屋さんの塩です」


「なるほど。道理で」


 農村の女性たちも集まってくる。


 ニコが浅漬けの甕を開けると、少しざわめきが起きた。


「塩で野菜を?」


「保存食になります。サナ婆さんの試作です」


 ニコが器に少しずつ配る。


 農村の人たちは、おそるおそる口にして――目を丸くした。


「うまい」


「これなら冬場にも食べられる」


「豆粥の横にあると助かるね」


 塩袋より、浅漬けの方が場を動かしている。


 人間、やっぱり食べた瞬間に理解する。


 マルタも一口食べて、にやりと笑った。


「これはいい。塩をただ倉に積むより、使い方が見える」


「サナ婆さんが、保存だけじゃつまらないって」


「いい婆さんだ」


 マルタは受領印を押した。


【塩第二便:南西農村連合へ納品】


【塩約束量:達成】


【豆類優先供給協定:信用上昇】


 よし。


 塩七日の約束、達成。


 しかも二日目と三日目で届けた。


 これは大きい。


 金貨ではなく、塩と速度と正直な報告で守った信用だ。


   ◇


 だが、ここで終わらないのが配送局だった。


 マルタが受領書をしまいながら言った。


「ところで局長、王都商人の件だ」


「リーベル商会?」


「ああ。村々に個別で話を持ちかけ始めてる」


 やっぱり来た。


 ミレーユの予想通りだ。


「内容は?」


「余剰分の前払い契約だよ。ただし、余剰量の算定前に、先に契約だけ結ばせようとしてる」


「それ、危なくないですか?」


「危ない。あとで『契約した分を出せ』と言われたら、備蓄や配送局枠に食い込む」


 カイル、やはり手強い。


 正面で勝てないなら、村ごとに個別交渉。


 農村連合のまとまりを揺さぶる気だ。


 俺の視界に赤線が広がる。


【農村個別契約リスク】


【連合統一方針の崩れ】


【豆類優先供給協定への間接干渉】


「連合内で共通ルールが必要ですね」


 俺が言うと、マルタは頷いた。


「だから、あんたらにも立ち会ってほしい。今夜、村代表を集める」


「今日?」


「塩が届いた今が一番効く」


 たしかに。


 約束を守った直後。


 こちらへの信用が高いうちに、ルールを固める。


 商人の金貨より先に、塩が届いた事実を見せられる。


「分かりました。出ます」


「助かる」


 エマがすぐ木板に書いた。


【南西農村連合会議】


【議題:豆余剰分個別契約防止】


【配送局立会い】


 もう完全に会議記録係だ。


   ◇


 夜までの間、俺たちは農村の保存庫を見せてもらった。


 塩は、冬越し備蓄用、種豆保存用、漬物試作用に分けられた。


 エマが白丸札をつける。


 サナ婆さん直伝の簡易漬物手順も、木板に書いて保存庫の壁へ掛けた。


【野菜を洗う】


【水を切る】


【塩を少し】


【重石】


【待つ】


 最後の「待つ」が妙にかわいい。


 ニコが真面目に言った。


「塩を入れすぎると怒られます」


「誰に?」


「サナ婆さんとバルロ爺に」


 それは怖い。


 農村の女性たちは笑っていた。


 こういう笑いがあると、村の空気は少し強くなる。


   ◇


 夕方。


 南西農村連合の代表者たちが集まった。


 大きな納屋を会議場にして、中央に木机。


 周囲に村ごとの代表。


 マルタ。


 俺。


 ミレーユ。


 エマ。


 そして、なぜか浅漬けの小皿。


 食べながら会議するらしい。


 場を取る飯。


 もう完全に基本戦術だ。


 マルタが最初に口を開いた。


「塩は届いた。配送局は約束を守った」


 代表者たちが頷く。


 第一便、第二便。


 実物を見た後だと、言葉の重みが違う。


「その上で、リーベル商会の個別契約について話す」


 若い代表の一人が言った。


「だが、向こうは高く買うと言ってる。村ごとに余った分を売るのは悪いことじゃないだろう」


「悪くない」


 マルタは即答した。


「だが、余っているかどうかを決める前に売るのは危ない」


 ミレーユが資料を出す。


「今年の収穫量は村ごとに差があります。冬越し備蓄、種豆、自家消費、災害復旧枠を引いた後でなければ、本当の余剰は分かりません」


 エマが札を並べる。


 種豆用の札。


 備蓄用の札。


 配送局枠の札。


 商業販売枠の札。


 文字が苦手な代表にも見えるように、絵が描いてある。


 袋。


 芽。


 鍋。


 金貨。


 分かりやすい。


「豆を全部金貨札に入れると、芽札と鍋札が空になります」


 エマが説明する。


 代表者たちが札を見る。


 かなり効いている。


 難しい契約より、木札の絵の方が刺さることがある。


 若い代表が腕を組む。


「じゃあ、余剰量が出てからなら売っていいんだな?」


「いい」


 マルタが言う。


「むしろ売れ。村には金もいる。ただし、種と冬と鍋を守ってからだ」


 俺は心の中で頷いた。


 金を悪者にしない。


 でも順番を守る。


 配送局の看板通りだ。


   ◇


 最終的に、農村連合の共通方針が決まった。


【南西農村連合・豆取引共通方針】


 一、村ごとの個別契約は、余剰量算定後に限る。

 二、種豆・冬越し備蓄・自家消費・配送局災害復旧枠を先に確保。

 三、余剰商業枠は村ごとに販売可。

 四、リーベル商会との契約は、連合台帳へ記録。

 五、契約書の写しを配送局と農村連合で保管。


 若い代表たちは、完全に満足ではなさそうだった。


 高値で売れる機会を制限されたと感じる者もいるだろう。


 だが、塩が届いたこと。


 保存食の使い方が見えたこと。


 配送局が三割前払いと物資配送を約束していること。


 それらが、連合をつなぎ止めた。


【農村個別契約リスク:低下】


【豆類優先供給協定:安定化】


【リーベル商会干渉:継続監視】


 完全勝利ではない。


 でも、道は守った。


   ◇


 会議が終わった後、マルタが俺の横に来た。


「あんた、金貨で殴られたら弱そうなのに、よく耐えたね」


「褒めてます?」


「褒めてるよ」


「半分は?」


「もう半分は、危なっかしい」


「みんな同じ評価するなぁ」


 マルタは笑った。


「でも、今日の塩は効いた。金貨より、先に届いた塩の方が強い場面もある」


「そうですね」


「ただ、リーベル商会はまた来るよ」


「でしょうね」


「次はたぶん、農具だ」


 俺は目を細めた。


「農具を高値で?」


「いや、逆だ。王都品の新品農具を安く入れると言ってくるかもしれない。そしたら、配送局の修理農具が見劣りする」


 なるほど。


 塩の次は農具。


 金貨で買い上げるだけでなく、物資で揺さぶる。


 リーベル商会ならやりそうだ。


【予測:農具供給への競合介入】


【期限:農具十日以内】


「農具は、ただ届けるだけじゃ駄目か」


「使える物を、早く、ちゃんと届ける。それが必要だね」


 マルタの言葉は重い。


 俺は頷いた。


「明日から農具修理を急ぎます」


「頼むよ」


   ◇


 エルドベルクへ戻ったのは夜だった。


 局舎では、鍛冶場から届いた修理済みの斧が並んでいた。


 柄はまだついていない。


 ダリオ班が明日取りつける予定だ。


 ロイが一本を持って、刃を確認している。


「悪くねぇ」


 鍛冶親方が後ろで腕を組んだ。


「悪くねぇじゃねぇ。良いんだよ」


「じゃあ良い」


「最初からそう言え」


 この二人も、妙に息が合ってきた。


 トマが塩第二便と農村会議の記録を受け取り、すぐ台帳へ反映する。


「塩約束、達成。豆取引共通方針、成立。次は農具ですね」


「はい」


「農具十日、残り七日です」


「急に締切を突きつける」


「配送とは締切です」


 また出た。


 トマ先生の名言。


   ◇


 夜の局長席。


 俺は今日の記録を書く。


【塩第二便、納品完了】


【塩七日期限、達成】


【南西農村連合、豆取引共通方針成立】


【農具供給へのリーベル商会介入を警戒】


 最後に、局長メモ。


【金貨より早く届いた塩は、交渉の味方になる】


 トマが見て、少しだけ頷いた。


「これは……月次報告には不向きですが、意味はあります」


「局長メモですね」


「はい」


 局長メモばかり増える。


 でも、こういう実感が、いつか配送局の知恵になるかもしれない。


 外では、農具の柄を削る音がしている。


 鍛冶場では、まだ鉄を打つ音がする。


 厨房では、サナ婆さんがバルロに漬物の塩加減で文句を言っている。


 エマは札箱に「種豆札」を正式追加するか悩んでいる。


 配送局は、今日もよく分からない方向へ育っている。


 だが、道は繋がっている。


 塩は届いた。


 豆の道は守れた。


 次は農具。


 十日以内に、農村へ使える道具を届ける。


 また締切だ。


 でも今の配送局なら、きっと走れる。

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