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第44話 塩の第一便は、なぜか牛に止められる

 翌朝。


 塩の第一便が出ることになった。


 目的地は、南西農村連合。


 積み荷は塩袋二十八。


 内訳は、グレイ伯爵家提供分二十、東市場倉庫の使用可能分八。


 残りの不足分は、乾燥処理が終わり次第、第二便で届ける予定だ。


「七日以内って言ったけど、初便が二日目に出るなら悪くないですね」


 俺が言うと、ミレーユが頷いた。


「信用は初動が大切です。全量でなくても、まず届くことが重要です」


 トマが帳簿に書き込む。


「塩第一便。南西農村連合向け。数量二十八袋。残量不足分は第二便予定」


「この記録、農村側にも写しを?」


「もちろんです」


「ですよね」


 もう分かってきた。


 配送局では、物資と記録はセットだ。


 塩だけ届けても駄目。


 何袋届いたか、誰が受け取ったか、残りはいつ来るか。


 それを残さないと、信用が詰まる。


 同行は、俺、エマ、商会馬車係、護衛にマイラ。


 そして、なぜかバルロの弟子ニコ。


「塩便に飯係いる?」


 俺が聞くと、ニコは真顔で答えた。


「塩を届ける先には飯があります」


「哲学っぽい」


「バルロ爺が言ってました」


「やっぱり」


 まあ、南西農村では荷下ろしと確認がある。


 農村の人々が集まるなら、温かいものを少し出せる方が話はまとまりやすい。


 もう俺も、飯の力を疑わなくなっていた。


   ◇


 西農道は、昨日より少し道らしくなっていた。


 入口には、エマの描いた看板が立っている。


【配送局管理便のみ通行可】


【馬車は一台ずつ】


【山羊に注意】


 最後の絵が妙にかわいい。


 山羊が怒った顔をしている。


「これ、評判いいんですよ」


 エマが言った。


「字が読めない子どもでも分かるって」


「山羊が主役みたいだけどね」


「グレンさんも笑ってました」


「あの頑固爺さんが?」


「ちょっとだけ」


 それは大成功だ。


 馬車はゆっくり進む。


 石橋は補強済み。


 マイラが先に降りて、橋の状態を確認する。


 無言で親指を立てた。


「通っていいってことですね」


 親指がもう一度立つ。


 マイラ式報告、だいぶ慣れてきた。


 馬車は一台ずつ、慎重に橋を渡った。


 塩袋が揺れる。


 重い。


 塩は水より軽そうに見えるが、袋にするとかなり重い。


 そして、信用はさらに重い。


「よし、通過」


 俺が息を吐いた、その時だった。


 道の先から、低い鳴き声が聞こえた。


「……牛?」


 西農道の真ん中に、牛がいた。


 一頭ではない。


 五頭。


 いや、六頭。


 道を完全に塞いでいる。


 しかも、でかい。


 こちらを見て、もっさり草を噛んでいる。


【進路障害:家畜】


【危険度:低】


【遅延リスク:中】


「危険度低いのに遅延リスク中って何だよ……」


 俺が呟くと、エマが困った顔で言った。


「グレン牧場の牛ですね」


「山羊だけじゃなかったのか」


「牛もいます」


 マイラが牛に近づこうとする。


 牛は動かない。


 むしろ、さらに道の真ん中へ座り込んだ。


 強い。


 牛、強い。


 そこへ、牧場主グレンが杖をついて現れた。


「おう、来たか」


「グレンさん、この牛たちは?」


「朝から柵を抜けた」


「通行協定、初回から牛に止められるんですけど」


「牛に字は読めん」


「それはそう」


 エマの看板、山羊には効いても牛には効かなかった。


 グレンは牛を見て、苦々しく言った。


「昨日直した柵とは別の古い柵が緩んでた。牛どもが押したらしい」


 俺の視界に赤い線が柵へ伸びる。


【牧場柵:追加補修必要】


【放置時、通行遅延再発】


「ここも補修しないと、豆便も塩便も止まりますね」


「分かっとる」


 グレンは不機嫌そうに言った。


「だが人手が足りん」


 また人手。


 どこへ行っても人手が足りない。


 配送局の敵、だいたい人手不足説。


「今日は塩を届けるのが先です。ただ、帰りに補修箇所を確認します」


 俺が言うと、グレンは鼻を鳴らした。


「言うと思った」


「読まれてる」


「局長ってのは、面倒を拾うもんなんだろ」


「嫌な理解のされ方だなぁ」


 結局、牛をどかすのに半刻かかった。


 ニコが干し草を使って誘導し、エマが後ろから手を叩き、グレンが牛の名前を怒鳴る。


 マイラは無言で牛の逃げ道を塞いだ。


 一番効いていたのはマイラだった。


 牛も、あの無言の圧には勝てないらしい。


   ◇


 遅れは出たが、塩第一便は昼前に南西農村へ到着した。


 村の広場には、マルタと各村の代表者が待っていた。


 彼女たちは、塩袋を見るなり表情を変えた。


「本当に二日で持ってきたのかい」


「全量じゃないです。まず二十八袋。残りは乾燥処理後に第二便で」


 俺が言うと、トマではなくエマが木板を取り出した。


「こちらが数量記録です。受領印をお願いします」


 マルタが少し笑った。


「しっかりしてきたね、嬢ちゃん」


「トマ先生に教わりました」


「先生ねぇ」


 エマは胸を張っていた。


 いい顔だ。


 塩袋が一つずつ下ろされる。


 農村の男たちが袋を運び、女たちが保存庫へ案内する。


 マルタは袋を確認し、頷いた。


「湿りは?」


「八袋は問題なし。二十袋は貴族区備蓄なので状態は良いです。次便の一部は再乾燥品になるので、用途を分けた方がいいです」


 ミレーユの指示をそのまま伝えると、マルタの目が細くなった。


「正直に言うんだね」


「後でバレる方が信用を失うので」


「いい答えだ」


 マルタは受領印を押した。


【塩第一便:南西農村連合へ納品】


【約束履行率:上昇】


【豆類優先供給協定の信用:上昇】


 よし。


 まず一つ。


 小さいが、大きい。


   ◇


 広場の端で、ニコが温かい豆汁を配り始めた。


 塩をほんの少し効かせた、具の少ない汁。


 農村の人々が器を受け取り、驚いた顔をする。


「塩が入ると、こんなに違うのか」


「普段より薄い豆でも食えるな」


「保存だけじゃなく、味にもいるんだねぇ」


 バルロが聞いたら「当たり前だ」と言いそうだ。


 塩は保存のためだけじゃない。


 味を整える。


 食欲を戻す。


 作業後の体にも効く。


 そして今、農村の人たちに「届いた」という実感を与えている。


 紙の契約より、塩の味は早く届く。


 マルタが器を持ちながら言った。


「王都商人は金貨を見せた。あんたらは塩を持ってきた」


「金貨の方が派手ですけどね」


「でも、今日の鍋には入らない」


 強い。


 農村代表の言葉は強い。


「これで若い衆も少し落ち着く。全部売ればいいって声は減るだろう」


「よかった」


「ただし、残りもちゃんと届けな」


「はい」


 そこは当然だ。


 第一便だけで満足してはいけない。


 約束は、全部届いて初めて完了する。


   ◇


 帰り道、グレン牧場に寄った。


 牛が抜けた柵を確認するためだ。


 問題の柵は、牧場の北側にあった。


 木が古く、横木が腐っている。


 牛が押したら、そりゃ抜ける。


「これ、思ったより広範囲ですね」


「だから人手が足りんと言った」


 グレンは不機嫌そうだ。


 だが、以前よりは話してくれる。


 エマが札を取り出した。


「これは茶札です。人手が必要な時に使います」


 グレンは札を見た。


「牧場でも使えるのか」


「配送路に関わる人手なら使えます。ただし、緊急度と人数を書いてください」


「字は面倒だ」


「絵でも大丈夫です。牛の絵と壊れた柵で分かります」


 エマがさっと木板に描いた。


 牛。


 壊れた柵。


 茶札三角。


 分かりやすい。


 グレンはしばらくそれを見て、ふっと笑った。


「その牛、うちのモリーに似とる」


「名前、モリーなんですね」


「一番柵を壊す」


 問題児ならぬ問題牛だった。


 俺は柵を見る。


 金色の線が、旧ハルク村労働班と南区ロイ班へ伸びる。


「明日、補修班を出します。木材はこちらで一部用意。牧場側も使える木を出してください」


「よかろう。ただし、雑なら通さん」


「分かってます」


 このセリフ、もう定番になってきた。


   ◇


 局舎へ戻ると、トマが待っていた。


「塩は?」


「第一便、納品完了。受領印あり」


 エマが木板を渡す。


 トマはそれを見て、少しだけ頷いた。


「良い記録です」


「ありがとうございます!」


 エマが嬉しそうに笑う。


 次に、俺はグレン牧場の柵問題を報告した。


 トマの顔が少し死んだ。


「また補修案件ですか」


「はい」


「資材札に入れます」


「資材札、もうあるんだ」


「必要になりました」


 札がまた増えた。


 でも、今度は勝手に増えたわけではない。


 必要が見えたから増えた。


 違いは大きい。


 トマが新しい札を取り出す。


 灰色の札。


 小さな釘と板の絵が描いてある。


【資材札】


 もう完全に物流システムだ。


「資材札には、木材、鉄材、縄、布、工具の欄を作ります」


「すごい」


「すごくないです。必要です」


 トマ先生、今日も現実的。


   ◇


 夕方、バルロが塩第一便の話を聞き、満足そうに頷いた。


「塩が届けば、豆が生きる」


「豆が生きる」


「保存できる。味が出る。体が動く」


「塩、偉いですね」


「塩を軽く見る奴は飯を分かってない」


 食糧支援統括の教えがまた増えた。


 その横で、ミレーユが契約書を確認していた。


「塩第一便が予定より早く届いたことで、農村側の信頼は上がります。リーベル商会との三者確認でも有利です」


「塩の到着が交渉材料になる」


「はい。約束を守る組織だと示せます」


 信用は口ではなく、便で作る。


 今日、それがよく分かった。


   ◇


 夜。


 局長席で今日の記録を書く。


【塩第一便、南西農村連合へ納品】


【グレン牧場、牛による柵破損を確認】


【資材札を新設】


【第二塩便、乾燥処理後に予定】


 最後に、俺は一行を足した。


【塩は保存だけでなく、約束の味がする】


 トマが覗き込み、少し考えた。


「月次報告には向きません」


「やっぱり?」


「局長メモなら可です」


「採用」


 局長メモが増えていく。


 いつか恥ずかしいことになりそうだ。


 でも、今はそれでいい。


 その時、外から馬の音が聞こえた。


 夜に早馬。


 嫌な予感がした。


 局舎の入口に、商会員が駆け込んでくる。


「局長! 東市場の乾燥場から報告です!」


「塩?」


「はい。再乾燥中の塩袋の一部に、黒い斑点が出たと」


 場の空気が一気に変わる。


 黒い斑点。


 塩。


 東市場倉庫。


 黒霧残滓か。


 俺の視界に赤線が走った。


【警告:塩再乾燥品に汚染疑い】


【第二塩便、停止推奨】


「……来たか」


 第一便は届いた。


 だが、第二便が詰まった。


 塩七日の約束は、まだ終わっていない。


 俺は立ち上がった。


「東市場へ行きます」


 セラフィナの声が背後から飛んだ。


「浄化布を持って」


「はい」


 配送局の一日は、やっぱり簡単には終わらない。


 塩の信用を守るため、今度は汚染疑いの塩を仕分ける夜が始まった。

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