表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/50

第42話 王都商人は、豆を金貨で殴ってくる

 翌朝。


 予想通り、王都商会の使者が来た。


 いや、正確には「使者」というより、金貨でできた圧が馬車に乗ってやって来た。


 黒塗りの上等な馬車。


 磨かれた車輪。


 護衛二人。


 荷台には、王都商人らしい立派な木箱。


 そして降りてきた男は、最初から勝った顔をしていた。


「リーベル商会、穀物部門代理のカイル・リーベルです」


 細身の男だった。


 髪はきっちり撫でつけ、服は上等。


 笑顔は丁寧。


 だが、目が笑っていない。


 王都で見たタイプだ。


 殴ってこない。


 怒鳴らない。


 ただ、書類と金でこちらの足元を削ってくる。


「エルドベルク配送局の責任者は?」


「俺です」


 俺が前に出ると、カイルは一瞬だけ俺を見た。


 異邦人を見る目。


 値踏みする目。


 ああ、苦手なやつだ。


「なるほど。あなたが噂の局長殿ですか」


「噂の内容によりますね」


「水と食料と人心を動かす、辺境の新しい権力者だと聞いています」


「だいぶ悪意ありますね」


 隣でミレーユが静かに微笑んだ。


「リーベル様。本日は豆類取引の件でしょうか」


「ええ」


 カイルは懐から契約書を取り出した。


「南西農村連合の豆を、当商会が相場の一・八倍で買い取る提案をしています。農村側にとって、非常に良い条件です」


 高い。


 かなり高い。


 農村からすれば魅力的だ。


 短期的には。


「ですが、配送局が何やら優先供給枠を主張しているとか」


「災害復旧枠です」


 ミレーユが即座に答える。


「西区避難所、三村、教会治療所、街道補修班への食糧供給に必要です」


「災害復旧という名で、農村の自由な商売を妨げるおつもりですか?」


 来た。


 言い方が上手い。


 配送局が悪者になる形だ。


 農村が高く売る自由を、配送局が邪魔している。


 そう見せたいのだ。


 マルタが局舎の隅で腕を組んでいる。


 彼女の顔は険しい。


 農村連合の代表として、簡単には譲れない。


 だが村々の中に、高値で売りたい声があるのも事実だろう。


 俺の視界に赤線が浮かぶ。


【論点:農村利益 vs 災害復旧枠】


【警告:配送局が買い叩き側と見なされる危険】


 なるほど。


 ただ「必要だから売るな」と言うと負ける。


 配送局が農村から安く奪っているように見える。


 ここは順番を間違えたら詰む。


   ◇


「まず確認します」


 俺はカイルを見た。


「リーベル商会は、豆を何に使う予定ですか?」


「当然、王都で販売します。需要が高まっていますので」


「災害支援用ですか?」


「市場販売です」


「価格は?」


 カイルの笑みが少し薄くなる。


「それは商会機密です」


「では、配送局の災害復旧枠とは目的が違いますね」


「目的が違おうと、買い手が高値をつけるなら売るのが市場原理です」


 市場原理。


 強い言葉だ。


 だが、ミレーユが一歩前に出た。


「市場原理は否定しません。ただし、災害復旧特例機関に必要な最低限の食糧確保は、王都評議会の仮承認文書に基づく公益業務です」


 トマがすぐに写しを出す。


 カイルの目がわずかに動く。


 王都仮承認文書。


 ここで効く。


「配送局は、農村の全量を拘束していません」


 ミレーユは淡々と続ける。


「冬越し備蓄、種豆、自家消費、災害復旧枠を除く余剰分については、農村側が自由に商業販売できます」


「その災害復旧枠が広すぎるのでは?」


「では、数字を見ますか」


 トマが顔を青くしながらも、帳簿を開いた。


 ここで出番だ。


「西区避難所、現在人数百八十九。うち病人二十六、子ども三十一。三村合計、支援対象二百七十六。南西街道補修班、登録四十三。教会治療所、常時食事支援対象十八」


 数字が並ぶ。


「豆類の必要量は、一日あたり最低――」


 トマが数字を読み上げる。


 カイルは黙って聞いている。


 ただの「人道」ではなく、人数と消費量。


 これが強い。


 感情論ではなく、配給計算だ。


「以上から、三十日分の最低量を災害復旧枠としています」


 トマは紙を差し出した。


「多すぎるなら、どの対象から削るかをご指定ください」


 カイルの笑顔が止まった。


 いいぞ、トマ。


 かなり強い。


「子どもの粥を削るのか。病人食を削るのか。補修班の食事を削るのか。そこを示していただければ、再計算します」


 バルロが後ろで低く言った。


「病人の豆を削る奴には、俺が薄い粥を出す」


 場が少しざわついた。


 なぜか薄い粥の圧は、商人にも効く。


   ◇


 カイルはすぐに立て直した。


 さすが王都商人。


「なるほど。数字は理解しました。ですが、農村側にも現金収入が必要でしょう。当商会は即金で支払えます」


 彼は木箱を開けた。


 中には銀貨と金貨。


 露骨。


 だが、強い。


 農村連合の若い代表者たちがざわついた。


 現金。


 今すぐ使える金。


 村の道具、家畜、修繕、冬支度。


 必要なものはいくらでもある。


 配送局の安定購入より、目の前の金貨に心が動くのは当然だ。


 俺はマルタを見た。


 彼女は動かない。


 だが、後ろの村人たちは揺れている。


【農村側動揺】


【高値即金による契約崩れリスク】


 ここで「売るな」と言うのは駄目だ。


 農村の利益を潰す局に見える。


 なら、別の道が必要だ。


「ミレーユさん」


「はい」


「配送局枠の支払い、一部前払いにできますか?」


 ミレーユは即座に計算した。


「商会資金で立て替えれば可能です。ただし全額は無理です」


「何割?」


「三割」


「マルタさん」


 俺は農村連合を見る。


「災害復旧枠の三割を前払い。残りは定期便ごとに支払い。さらに、配送局が必要な農具と塩を優先配送する。これならどうですか?」


 マルタの目が光った。


「塩?」


「豆を残すなら、保存も必要ですよね」


「いる」


「農具も、補修班が道を通せば運べます」


 ミレーユが頷く。


「現金だけでなく、必要物資との交換条件を入れられます」


 カイルの目が細くなる。


 王都商会は金貨で殴ってきた。


 こちらは、金貨だけではなく、道と物資で返す。


 農村が本当に欲しいのは、金だけではない。


 冬を越す道具。


 保存用の塩。


 壊れた荷車の部品。


 種を守る倉庫。


 それらもまた、価値だ。


 マルタは村人たちへ振り返った。


「聞いたかい。金だけじゃ冬は越せない。塩と農具と道もいる」


 村人たちは黙った。


 揺れが、少し収まる。


   ◇


 カイルは笑みを保ったまま、次の札を切った。


「では、当商会も塩と農具をつけましょう」


 うわ。


 即座に乗せてきた。


 さすが王都商人。


 ミレーユが微笑む。


「品質と納期は?」


「王都品です。品質に問題はありません」


「納期は?」


「契約後、二十日以内に」


 ミレーユの笑みが少し深くなった。


「遅いですね」


 カイルの眉が動く。


「王都から運ぶのです。妥当でしょう」


「配送局は七日以内に塩、十日以内に農具第一便を入れられます」


「なぜそこまで早く?」


「西農道が開通しましたので」


 来た。


 配送局の強み。


 道がある。


 王都商会は大きい。


 金もある。


 だが、現場への即応では配送局が勝てる。


 俺の視界で金色の線が太くなる。


【強み:現地配送速度】


【農村側評価上昇】


 マルタが腕を組みながら言った。


「王都品も悪くないが、二十日は遅いね。今欲しいのは今だ」


 カイルの笑顔が、少しだけ硬くなった。


   ◇


 だが、これで終わらない。


 カイルは最後に、静かな声で言った。


「それでも、余剰分は当商会が買います」


「それは構いません」


 ミレーユが言う。


「余剰分であれば」


「では、その余剰量の算定は誰が?」


 来た。


 ここだ。


 配送局が余剰量を勝手に少なく見積もれば、王都商会は買えない。


 逆に王都商会が多く見積もれば、災害復旧枠が削られる。


 数字の取り合い。


 トマの胃に悪い戦いだ。


 俺はトマを見る。


 トマはすでに青い顔をしている。


 だが、目は逃げていない。


「三者確認にしましょう」


 トマが言った。


 俺ではなく、トマが。


「農村連合、配送局、リーベル商会の三者で、収穫量、備蓄、種豆、自家消費、災害復旧枠、余剰商業枠を確認します」


 カイルがトマを見る。


「あなたは?」


「配送局記録係、トマです」


「ずいぶん面倒な手続きを好む方だ」


「面倒でないと、あとで揉めます」


 強い。


 トマ先生、本当に強くなった。


「さらに、確認記録の写しを王都商人組合へ送ります」


 ミレーユが補足する。


「リーベル商会様にとっても、公正な取引記録が残るのは有益でしょう?」


 カイルは黙った。


 断れば、何か隠したいように見える。


 受ければ、買い占めはできない。


 王都商会の金貨攻撃を、記録で囲む。


 配送局らしい戦い方だ。


 しばらく沈黙があった。


 やがてカイルは、ゆっくり笑った。


「……面白い。辺境の配送局というから、もっと粗い組織かと思っていました」


「粗いですよ」


 俺は正直に言った。


「毎日どこかで詰まってます」


「でしょうね」


「でも、詰まったら記録して直します」


 カイルの目が少しだけ変わった。


「なるほど。それが強みですか」


 褒められているのか、値踏みされているのか分からない。


 たぶん両方だ。


   ◇


 最終的に、豆の件はこうまとまった。


【豆類取引暫定合意】


 一、冬越し備蓄、種豆、自家消費を最優先で確保。

 二、配送局災害復旧枠を三十日分確保。三割前払い。

 三、配送局は塩と農具を優先配送。

 四、残余を商業販売枠とし、リーベル商会が優先交渉権を持つ。

 五、余剰量の算定は、農村連合・配送局・リーベル商会の三者確認。

 六、記録写しを王都商人組合へ送付。


 カイルは契約書に仮署名し、俺たちを見た。


「本契約は三日後、南西農村で確認の上で」


「承知しました」


 ミレーユが優雅に礼をする。


 カイルは去り際、俺に言った。


「局長殿」


「はい」


「あなた方の配送局は、商売としても興味深い」


「できれば災害復旧機関として見てほしいです」


「商売と災害復旧は、時に同じ道を通ります」


「……それは分かります」


「ただし、その道を誰が管理するかで、利益の行き先は変わる」


 彼は笑った。


「また会いましょう」


 嫌な予感がした。


 敵としてなのか、取引相手としてなのか。


 今はまだ分からない。


 だが、この男はたぶん、今後も絡んでくる。


   ◇


 カイルが去った後、マルタが深く息を吐いた。


「危なかったね」


「かなり」


「若い衆は金貨に目が行ってた」


「当然ですよ」


「だから助かった。金以外の道を出してくれて」


 マルタは契約書を見た。


「塩と農具、頼むよ」


「届けます」


「種豆も守る」


 バルロが低く言った。


「種を食ったら終わりだ」


「分かってるよ」


 マルタは笑った。


「飯の親父に言われると、やけに重いね」


「重い話だ」


 その通りだった。


 種豆を守る。


 それは未来の食糧を守ることだ。


 今の粥だけではなく、来年の粥。


 配送局の視界は、少しずつ先へ伸びている。


   ◇


 夜。


 局長席で今日の契約記録を確認した。


 トマは机に突っ伏していた。


「トマさん、生きてます?」


「三者確認、写し、王都商人組合送付……仕事が増えました……」


「でも、すごかったです」


「何がですか」


「あの場で三者確認を提案したところ」


 トマは顔を上げないまま、小さく言った。


「王都で学びました。片方だけの記録は危ないです」


「さすが先生」


「先生呼びは、まだ胃に響きます」


「嫌?」


「少し嬉しいです」


 素直になってきた。


 エマが横で笑っている。


 ミレーユは契約書の控えを整理しながら言った。


「これで食糧網は一段強くなりました。ただし、リーベル商会は諦めたわけではありません」


「ですよね」


「次は、余剰量の算定で削りに来るでしょう。あるいは、農村ごとに個別交渉を仕掛けるか」


「面倒くさい」


「商売ですから」


「商売、怖いですね」


「便利でもあります」


 それもそうだ。


 金があるから物が動く。


 商人がいるから遠くの物が届く。


 でも、金だけに任せると必要な場所から物が消える。


 だから配送局がいる。


 必要な分を守り、余剰を流し、記録で線を引く。


 地味。


 でも大事。


   ◇


 俺は今日の記録に一行を足した。


【豆は商品であり、命綱でもある】


 バルロが横から覗き込んだ。


「良い」


「合格ですか?」


「合格だ」


 珍しく褒められた。


 嬉しい。


 ミレーユが微笑む。


「次は塩と農具の配送計画ですね」


「はいはい、来ると思いました」


「明日中に組みます」


「早い」


「約束した以上、遅れれば信用を失います」


 そうだ。


 今日、俺たちは金貨に対して速度と信頼で勝った。


 なら、それを守らなければならない。


 七日以内に塩。


 十日以内に農具。


 農村へ届ける。


 できなければ、全部崩れる。


【新規任務:南西農村へ塩・農具を優先配送】


【期限:塩七日以内、農具十日以内】


【失敗時:豆類優先供給協定の信用低下】


「また期限付きだ」


 俺は天井を見上げた。


「配送局、締切多くない?」


 トマが疲れた声で言った。


「配送とは締切です」


 名言みたいに言うな。


 でも、その通りだった。


 明日は塩と農具。


 その次は三者確認。


 さらに月次報告。


 王都商会との綱引きも続く。


 それでも、今日のところは豆の道を守った。


 西区の粥は薄くならない。


 三村の鍋も止まらない。


 補修班の腹も満たせる。


 種豆も残る。


 それだけで、今日の配達は十分意味があった。


 俺は羽ペンを置き、局舎の看板を見た。


【必要なものを、必要な場所へ、必要な順番で届ける】


 今日守ったのは、必要な順番だった。


 金貨より先に、命綱。


 商売より先に、種豆。


 でも余剰はちゃんと市場へ。


 難しい。


 けれど、これが配送局の道なのだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ