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第4話 辺境都市崩壊まで、残り七日

【辺境都市崩壊まで、残り七日】


 その表示を見た瞬間、俺は完全に固まった。


 いや、待て。


 街が崩壊?


 七日後?


 何それ。


 配達アプリで「七日後に住所が消滅します」って表示されたようなもんだ。


 意味が分からないし、分かりたくもない。


「レンジ様?」


 聖女セラフィナが、不思議そうに俺の顔を覗き込む。


 淡い金髪が、礼拝堂の光を受けて柔らかく揺れていた。


 綺麗な人だ。


 こんな状況じゃなければ、普通に見惚れていたと思う。


 だが今の俺は、それどころではない。


「この街って……七日後に滅んだりします?」


 俺がそう聞いた瞬間、礼拝堂の空気が凍った。


 セラフィナの表情から、微笑みが消える。


 治療台の上で横になっていたリリアナも、ゆっくりとこちらを見た。


「レンジ……なぜ、それを知っている」


「え」


「その情報は、まだ騎士団上層部と教会の一部しか知らない」


「えぇ……」


 当たりだった。


 当たってほしくないタイプの当たりだった。


 俺は頭を抱えた。


「いや、俺も今知ったというか……見えたというか……」


「見えた?」


 リリアナが眉を寄せる。


 その顔色はまだ悪い。


 回復魔法で傷はふさがりつつあるが、失った血まではすぐ戻らないらしい。


 それでも目だけは鋭かった。


 さすが騎士団長。


 瀕死でも圧がある。


「俺のスキルです。【最短経路】」


「道案内のスキルではなかったのか?」


「俺もそう思ってました」


 俺は視界に広がる金色の線を見た。


 街全体を覆うように、複雑な経路が浮かんでいる。


 兵舎。


 倉庫。


 商会。


 井戸。


 城壁。


 東門。


 そして、街の外にある黒い森。


 いくつもの線が伸び、絡まり、消えかけている。


 まるで都市そのものが、壊れかけた配送網みたいだった。


「ただの道案内じゃありません。目的を設定すると、そこにたどり着くための手順が見えるみたいです」


「手順……」


「人を助ける時も、逃げる時も、さっきみたいに鐘を鳴らす時も」


 セラフィナが静かに息を呑んだ。


「では、あなたにはこの街を救うための道が見えるのですか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「まだ、目的を設定してません」


 俺は喉を鳴らした。


 正直、怖い。


 さっきまでは、目の前の人間を助ければよかった。


 リリアナを教会まで運ぶ。


 それなら分かる。


 配達先が一つなら、何とかなる。


 でも今回は違う。


 街だ。


 人間が何千、何万いるのかも分からない。


 そんなものを救えと言われても、俺はただの元配達員だ。


 剣も振れない。


 魔法も使えない。


 人の上に立った経験もない。


 せいぜい、雨の日に裏道を覚えていた程度の男だ。


「レンジ」


 リリアナが、低い声で俺を呼んだ。


「お前が何を恐れているかは分かる」


「分かります?」


「分かる。私も同じだ」


 彼女は天井を見上げた。


「騎士団長などと呼ばれているが、街を丸ごと救えるほど偉大な人間ではない。毎日、判断を間違えていないか怯えている」


「騎士団長でも?」


「騎士団長だからだ」


 その言葉は、妙に重かった。


「だが、怯えても仕事は残る。守るべき者も消えない」


 リリアナは、傷の痛みに耐えながら身を起こそうとした。


 セラフィナが慌てて支える。


「リリアナ様、まだ無理です」


「無理をしなければ、七日後に街が死ぬ」


 リリアナは俺を見た。


「レンジ。お前に戦えとは言わない。剣を取れとも言わない」


「じゃあ、何をしろと?」


「道を示してくれ」


 礼拝堂が静まり返る。


 その言葉だけが、やけにはっきり響いた。


「私たちは戦う。聖女は癒す。商人は物資を集める。民は避難する。だが、そのすべてに順番が必要だ」


 順番。


 その言葉に、俺の胸が少しだけ動いた。


 そうだ。


 俺は最強じゃない。


 でも、順番なら分かる。


 どの道を通るべきか。


 何を先に届けるべきか。


 どこで詰まるか。


 どこに人を回せばいいか。


 それは、少なくとも俺の知っている世界の延長線上にある。


「……目的を設定します」


 俺は深く息を吸った。


 怖い。


 めちゃくちゃ怖い。


 でも、目の前でリリアナが血を流している。


 セラフィナが祈るように俺を見ている。


 修道女たちが震えている。


 この街に住む誰かが、まだ何も知らずに夕飯を食べている。


 それを見てしまった以上、知らないふりはできなかった。


「目的」


 俺は小さく呟く。


「七日後の辺境都市崩壊を回避する」


 視界が、弾けた。


 金色の線が一斉に広がる。


 礼拝堂の床から、壁へ。


 窓の外へ。


 街路へ。


 市場へ。


 倉庫へ。


 兵舎へ。


 そして、無数の赤い線が街を切り裂いた。


【目的:辺境都市エルドベルクの崩壊回避】


【必要条件を算出します】


【一、北倉庫の食糧不足を解消】


【二、東門防衛線の補強】


【三、騎士団内部の裏切り者を特定】


【四、避難路の確保】


【五、聖女セラフィナの治療拠点を維持】


【六、商会連合から輸送馬車を徴発】


【七、黒霧の森より発生する魔物氾濫を迎撃】


【現在成功率:四パーセント】


「ひっく」


 思わず変な声が出た。


 四パーセント。


 ほぼ無理じゃないか。


 成功率低すぎて、逆に笑えてくる。


「どうした?」


 リリアナが聞く。


「成功率、四パーセントです」


 リリアナが黙った。


 セラフィナも黙った。


 神官も、修道女も、全員が黙った。


 礼拝堂に気まずい沈黙が落ちる。


 俺は慌てて手を振った。


「いや、でもゼロじゃないです。ゼロではない。四パーあります」


「……それは、喜ぶべきなのか?」


「俺も分かりません」


 しかし、金色の線は消えていない。


 つまり、道はある。


 薄くても、細くても、見えている。


【初期推奨行動:ミレーユ商会へ向かえ】


「ミレーユ商会?」


 俺がつぶやくと、リリアナが反応した。


「この街最大の商会だ。食糧、馬車、薬草、燃料、何でも扱っている」


「その商会を押さえれば、物流を動かせるってことか」


「だが、簡単ではないぞ」


「なぜです?」


 セラフィナが困ったように言った。


「ミレーユ商会の令嬢、ミレーユ様は非常に優秀ですが……その、かなり現実的な方です」


「現実的?」


 リリアナが短く言う。


「金にならない話は聞かない」


「ああ」


 分かりやすい。


 嫌いじゃない。


 むしろ信用できる。


 善意だけで動く人間より、損得で動く人間の方が読みやすいこともある。


「じゃあ、まずはそのミレーユ商会に行きます」


「一人でか?」


「はい」


 リリアナが即座に首を振った。


「駄目だ。さっきの暗殺者がまだ街にいる。お前はもう巻き込まれている」


「でも、リリアナさんは動けないでしょう」


「だから護衛を――」


 その時、礼拝堂の扉が開いた。


 先ほどの騒ぎを聞きつけたのか、数人の騎士が駆け込んでくる。


「団長!」


「ご無事ですか!」


 騎士たちはリリアナの姿を見るなり膝をついた。


 リリアナは痛みに耐えながら命じる。


「暗殺者を拘束しろ。教会周辺を封鎖。信頼できる者だけを残せ」


「はっ!」


「それと、この男を護衛しろ」


 騎士たちの視線が俺に刺さる。


 突然、場違いな一般人にスポットライトが当たった。


 やめろ。


 俺はそういうのに弱い。


「彼はレンジ。私の命の恩人であり、この街を救う鍵だ」


「えっ、そこまで言います?」


「事実だ」


 騎士たちの表情が変わった。


 疑念。


 困惑。


 期待。


 いろいろ混ざっている。


 しかし、その中の一人が前に出た。


 黒髪を短く刈った若い騎士だ。


「自分が護衛します。名はガルド。団長直属の副官です」


 真面目そうな男だった。


 鎧も手入れされている。


 目つきも鋭い。


 ただ、俺を見る目には少し疑いがある。


 当然だ。


 俺だって逆の立場なら疑う。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ。ですが、妙な動きをすれば斬ります」


「初対面の挨拶としては物騒ですね」


「団長を救ったことには感謝しています。だが、信用は別です」


「それでいいです」


 むしろ助かる。


 全部信じられる方が怖い。


 俺は立ち上がった。


 足がまだ震えている。


 体力も限界に近い。


 でも、金色の線はもう次の目的地を示していた。


 ミレーユ商会。


 この街の血流を握る場所。


   ◇


 夜の街は、昼とは違う顔をしていた。


 店の灯り。


 酒場の笑い声。


 路地裏の影。


 屋台から漂う肉の匂い。


 七日後に崩壊する街とは思えないほど、普通の日常がそこにあった。


 それが逆に苦しかった。


 この人たちは、まだ知らない。


 自分たちの暮らしが、七日後に壊れるかもしれないことを。


「レンジ殿」


 隣を歩くガルドが低い声で言う。


「本当に、この街が崩壊すると?」


「俺のスキルでは、そう出ています」


「原因は?」


「黒霧の森からの魔物氾濫。あと、内部の裏切り者。食糧不足。防衛線の弱さ。避難路の詰まり」


「……そこまで見えるのか」


「断片的にですけど」


 ガルドは表情を険しくした。


「騎士団内に裏切り者がいるという話は、団長も掴みかけていました。だから襲われた」


「じゃあ、やっぱり」


「ええ。あなたのスキルは、少なくとも的外れではない」


 ガルドの俺を見る目が、少しだけ変わった。


 完全な信用ではない。


 だが、疑い一色でもない。


 そのくらいがちょうどいい。


 やがて俺たちは、街の中心近くにある大きな建物へ到着した。


 石造りの三階建て。


 入口には金色の看板。


 荷馬車が何台も並び、夜なのに人が出入りしている。


 ミレーユ商会。


 さすが最大商会。


 忙しさが違う。


 受付に事情を話すと、最初は門前払いされかけた。


 だが、リリアナの副官であるガルドの名前を出した瞬間、奥へ通された。


 案内された応接室は、妙に豪華だった。


 柔らかい椅子。


 磨かれた机。


 高そうな香りのお茶。


 場違い感がすごい。


 俺が落ち着かずに座っていると、扉が開いた。


「夜分に騎士団の副官様が来るなんて、よほど面倒な話でしょうね」


 入ってきたのは、栗色の髪をした若い女性だった。


 年は二十歳前後。


 商人らしい上品な服。


 整った顔立ち。


 柔らかく笑っているのに、目だけはまったく笑っていない。


 怖い。


 これは、金勘定で人を殺せるタイプの目だ。


「ミレーユ・グランディアです。この商会の代表代理をしております」


「レンジです」


「存じ上げませんね」


「俺も自分がここに来るとは思ってませんでした」


 ミレーユは少しだけ目を細めた。


 ガルドが口を開く。


「緊急事態だ。ミレーユ殿、商会の馬車と食糧を――」


「お断りします」


 早い。


 まだ説明の途中だ。


「こちらにも契約があります。倉庫の品はすべて商品です。騎士団の都合で動かされては困ります」


「街の危機だ」


「街が危機になるたびに商人が無償で差し出していたら、商会が先に死にます」


 正論だ。


 嫌なほど正論だ。


 ガルドが歯を食いしばる。


 俺は金色の線を見た。


 ミレーユの周囲に、複数の線が浮かんでいる。


 説得。


 金銭契約。


 脅迫。


 取引。


 いくつものルートがあった。


 その中で、一番太い金色の線は――机の上の帳簿へ伸びていた。


「ミレーユさん」


「何でしょう」


「北倉庫の麦、三日以内に腐りますよね」


 ミレーユの表情が、初めて動いた。


 笑みが消える。


 部屋の空気が変わった。


「……なぜ、それを?」


 ガルドも驚いて俺を見る。


 俺にも分からない。


 ただ、線が見せている。


 帳簿。


 湿気。


 北倉庫。


 雨漏り。


 虫。


 損失。


「たぶん、北倉庫の屋根が傷んでる。麦袋の下段から湿気が回ってる。表に出る頃には、かなり駄目になる」


 ミレーユは黙った。


「あなたはそれを隠して、値が落ちる前に周辺村へ流そうとしている。でも、七日後に魔物氾濫が来たら、その輸送隊は森道で潰れる」


「……続けて」


 声が冷たくなった。


 でも、聞く気になった。


 俺は続ける。


「その麦を今すぐ教会と騎士団の管理下で乾燥・選別して、避難民用の備蓄に回す。代わりに、商会には騎士団から正式な買い上げ証明を出す」


「現金ではなく証明書?」


「今は現金より、街が生き残った後の優先取引権の方が価値があるはずです」


 ミレーユの目が細くなる。


 金色の線が強く光った。


 ここだ。


 ここで押す。


「あなたは損をしたくない人だ。でも、街が滅んだら商会ごと終わる。だったら七日後に街が残る方へ賭けた方が、長期的には儲かる」


 ミレーユは、しばらく俺を見つめていた。


 まるで値踏みするように。


 やがて、彼女は小さく笑った。


「面白い方ですね」


「よく言われます」


「では、質問です。レンジ様」


 ミレーユは机に肘をつき、俺を真正面から見た。


「あなたは、七日後にこの街が滅びると本気で信じているのですか?」


「はい」


「そして、それを防げると?」


「成功率は四パーセントです」


「低すぎません?」


「俺もそう思います」


 ミレーユは一瞬きょとんとして、それから声を出して笑った。


「正直な方ですね。商人向きではありません」


「でしょうね」


「ですが、嫌いではありません」


 彼女は立ち上がり、壁際のベルを鳴らした。


 すぐに使用人が入ってくる。


「北倉庫の責任者を呼びなさい。それと馬車の手配。教会へ乾燥用の布と薪を運ばせて。帳簿係も起こして」


「お嬢様?」


「投資です」


 ミレーユは俺を見た。


「四パーセントの未来に、少しだけ賭けてみます」


 その瞬間、俺の視界で金色の線が太くなった。


【必要条件一:北倉庫の食糧不足を解消】


【進行開始】


【都市崩壊回避成功率:四パーセント → 九パーセント】


「上がった……!」


 思わず声が出た。


 九パーセント。


 まだ低い。


 でも、倍以上になった。


 道は、確かに繋がり始めている。


 ミレーユが楽しそうに微笑む。


「その顔。どうやら本当に何か見えているようですね」


「見えています」


「では、次に必要なものは?」


 俺は金色の線を追った。


 次の目的地。


 それは、街の東側。


 城壁。


 東門。


 赤い線が、そこに集中している。


「東門です」


 俺は立ち上がった。


「七日後、この街は東門から破られます」

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