表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/50

第33話 証拠を盗みに来た奴を、証拠にする

 王都評議会で、配送局はひとまず生き残った。


 三か月の仮承認。


 月次報告。


 能力使用の記録義務。


 黒霧証拠品の共同保管。


 面倒な条件は山ほどついた。


 だが、停止ではない。


 俺の拘束でもない。


 つまり勝ちだ。


 普通なら、その夜は宿で倒れるように眠りたい。


 できれば豆粥を食って、何も考えずに寝たい。


 だが、現実はそう甘くなかった。


【警告:夜間接触リスク】


【対象:証拠品】


 王都は、寝かせてくれない。


「証拠を盗みに来る者を、証拠にします」


 ミレーユは、評議会室を出てすぐ、そう言った。


 涼しい顔だった。


 でも目が笑っていない。


 この人が一番怖い時の顔だ。


「つまり、罠を張ると」


 俺が言うと、彼女は頷いた。


「はい。相手が黒霧核片のサンプルを狙うなら、その行動自体が魔導師ギルド関与の証明になります」


「王都で罠とか、普通に危なくないですか?」


「危ないです」


「即答」


「ですが、向こうが動くなら、動かした方が有利です。こちらがただ守るだけでは、明日の正式文書交付前に何かをすり替えられる可能性があります」


 すり替え。


 その言葉に、背中が冷えた。


 資料を盗まれるだけじゃない。


 黒霧核片のサンプルを別物にされる。


 あるいは、危険物を混ぜられる。


 そして「エルドベルク代表団が王都で黒霧汚染を持ち込んだ」とでも言われたら最悪だ。


「……やりますか」


「やります」


 ガルドが短く言った。


「俺は護衛に入る」


 マイラも無言で頷く。


 トマは顔を青くしていた。


「罠の記録も必要ですよね……」


「もちろんです」


 ミレーユが微笑む。


「今回は、記録が命です」


「私の命も大事にしてください……」


 トマの胃はもう限界かもしれない。


 しかし、彼の帳簿がなければ罠は成立しない。


 証拠を盗みに来た。


 いつ。


 どこで。


 誰が。


 何を。


 どうしようとしたのか。


 それを記録して初めて、王都で使える武器になる。


 紙の戦争は、まだ終わっていなかった。


   ◇


 商人組合の宿舎へ戻ると、オーウェン副書記が待っていた。


 彼は俺たちの顔を見るなり、すべて察したようにため息をついた。


「何かありますな?」


 ミレーユが答える。


「今夜、証拠品に接触される可能性があります」


「ふむ」


 オーウェンは驚かなかった。


 さすが王都商人。


 揉め事への耐性が高い。


「商人組合として、客人の荷を守る義務があります。協力しましょう」


「ありがとうございます」


「ただし、組合の施設内で騒ぎを起こすなら、確実な証拠が必要です」


「そのための罠です」


 オーウェンの目が少し光った。


「よろしい。では、証人を置きましょう。組合側から私と警備主任を。さらに、王都外縁管理局ではなく、商人組合所属の公証書記を呼びます」


「公証書記?」


 トマが反応した。


「正式な立会い記録を作れる人ですか?」


「その通り」


 トマの目が少しだけ生き返った。


「それは助かります……。私だけの記録だと、王都側に弱いので」


「よく分かっておられる」


 記録係同士、通じ合っている。


 少し面白い。


 でも、今は笑っている場合ではない。


 俺は視界の線を見た。


 証拠品箱。


 宿舎二階の保管室。


 廊下。


 裏階段。


 屋根裏。


 赤い線は、正面ではなく裏側から伸びていた。


「相手は正面から来ません」


「当然ですな」


「裏階段、もしくは屋根裏から。狙いは黒霧核片サンプル」


 オーウェンが警備主任を呼んだ。


 大柄な男で、名前はボルツ。


 無口そうだが、目が鋭い。


「裏階段は二つあります」


 ボルツが言った。


「ひとつは使用人用。もうひとつは古い搬入口へ繋がる階段です」


 金色の線は、古い搬入口側へ伸びている。


「古い搬入口です」


「では、そこを空けておきますか?」


 ミレーユが微笑む。


「完全には閉じず、入れると思わせましょう」


「性格悪いですね」


「褒め言葉として受け取ります」


   ◇


 罠の準備は、静かに進められた。


 まず、本物の証拠品は移した。


 黒霧核片サンプルは、教会の浄化布に包んだまま、商人組合の地下金庫へ。


 立会いは、オーウェン、トマ、ガルド、ミレーユ。


 移した時刻も記録。


 封印状態も記録。


 箱の重さも記録。


 トマは真剣な顔で書き続けている。


「ここまで記録するんですか?」


 俺が聞くと、彼は即答した。


「すり替えを疑われないためです。重量、封印紐、封蝋、立会人、時刻。全部必要です」


「プロだ……」


「なりたくてなったわけではありません……」


 次に、囮の箱を用意した。


 外見は本物と同じ。


 中には、黒く染めた石と、少量の浄化布の切れ端。


 さらに、ミレーユが用意した細工が入っている。


「何ですか、これ」


「香粉です」


「香粉?」


「箱を開けると、特殊な香りが衣服につきます。王都の香料商でも扱いが少ないものなので、追跡に使えます」


 怖い。


 本当に怖い。


「商人って、そんなこともするんですか?」


「高額商品の盗難対策です」


「物流の闇を見た気がする」


「光です。商品を守るための」


 言い方で誤魔化しているが、かなりえげつない。


 ただ、今回は助かる。


 囮箱は保管室へ戻した。


 扉には普通に鍵をかける。


 ただし、鍵は少しだけ古いものに替えた。


 破れる。


 でも破るには少し時間がかかる。


 その間に、相手の動きを記録できる。


 ガルドとマイラは廊下の影へ。


 ボルツは裏階段の下へ。


 俺とミレーユ、トマ、エマは隣室で待機。


 エマもいる。


 正直、部屋に残したかったが、彼女は首を横に振った。


「私は記録補助です。見届けます」


 強くなったな、本当に。


 ただし、危険なら即座に下がる約束はさせた。


 ニコは厨房にいた。


「俺は何をすれば?」


「騒ぎになったら、宿舎の人たちに温かいものを出して落ち着かせて」


「分かりました。豆粉を溶きます」


 ここでも飯。


 でも、割と正しい。


 夜中に騒ぎが起きた時、温かい飲み物や粥があると人は落ち着く。


 バルロ教育、恐るべし。


   ◇


 夜は、やけに長かった。


 王都の夜は明るい。


 だが、商人組合の宿舎の裏側は暗い。


 時折、遠くの馬車の音が聞こえる。


 人の笑い声。


 酒場の音。


 警備兵の靴音。


 そして、沈黙。


 俺は隣室の椅子に座り、金色の線を見続けていた。


 目が疲れる。


 頭も痛い。


 でも、赤線は確かに近づいていた。


【接触予測:間もなく】


「来ます」


 俺が小声で言うと、全員が動きを止めた。


 トマが筆を握る。


 エマが息を呑む。


 ミレーユは静かに目を細めた。


 廊下の向こうで、かすかな音。


 きしり。


 古い木が鳴る音。


 裏階段だ。


 足音はほとんどない。


 相手は慣れている。


 泥棒か、暗部か、魔導師ギルドの使いか。


 いずれにせよ素人ではない。


 保管室の扉の前で、音が止まった。


 金具に何かを差し込む音。


 鍵が、ゆっくり動く。


 時間が長く感じた。


 カチリ。


 開いた。


 扉がわずかに軋む。


 黒い影が一つ、室内へ入る。


 さらにもう一つ。


 二人。


【侵入者:二名】


【目的:囮箱】


 予定通り。


 だが、ここで飛び出してはいけない。


 箱を開けさせる。


 接触させる。


 言い逃れできない状態にする。


 俺は拳を握った。


 保管室の中で、布が擦れる音。


 箱を持ち上げる音。


 小さな声。


「……これだ」


「封印を確認しろ」


 男の声だ。


 聞き覚えはない。


 だが、次の言葉で空気が変わった。


「査問官へ渡す前に、中を確かめる」


 査問官。


 ヴァイスだ。


 魔導師ギルド査問官ヴァイス。


 赤線が一気に太くなる。


【魔導師ギルド査問官ヴァイスとの関連発言を確認】


 トマが震える手で記録する。


 エマの顔が青くなる。


 ミレーユが静かに指を立てた。


 まだ。


 箱が開く。


 ふわりと、香粉の匂いが隣室まで届いた。


 甘く、少し苦い香り。


 侵入者が小さく咳き込む。


「何だ、この匂い」


「構わん。中身を――」


「そこまでだ」


 ガルドの声が廊下に響いた。


 同時に扉が開く。


 マイラが退路を塞ぎ、ボルツが裏階段側から上がってくる。


 侵入者二人が動く。


 速い。


 一人は窓へ。


 一人は煙玉のようなものを取り出した。


【煙幕】


「煙!」


 俺が叫ぶ。


 直後、白い煙が広がった。


 だが、ミレーユが即座に布を口元へ当てる。


「想定済みです」


 マイラが煙の中へ飛び込む。


 剣の柄で、窓へ向かった男の足を払った。


 鈍い音。


 男が倒れる。


 もう一人は裏階段へ走るが、ボルツの巨体に塞がれた。


 ガルドが左手で剣を抜き、男の首元へ突きつける。


「動くな」


 短い。


 だが効く。


 煙が薄れていく。


 侵入者二人は、どちらも黒い布で顔を隠していた。


 ボルツが覆面を剥ぐ。


 一人は若い男。


 もう一人は中年。


 どちらも首元に小さな黒い刺青がある。


 黒霧の契約印ではない。


 だが、魔導師ギルドの下働きが使う識別印に似ているらしい。


 ミレーユが目を細めた。


「魔導師ギルドの外部協力者ですね」


 男の一人が叫ぶ。


「違う! 俺たちはただ雇われただけだ!」


「誰に?」


 ガルドが問う。


 男は口をつぐんだ。


 その瞬間、俺の視界に赤い線が走った。


【口封じ術式】


「離れて!」


 俺が叫ぶ。


 ガルドが男から距離を取る。


 首元の印が黒く光る。


 前に見た。


 西区避難所を燃やそうとした黒外套たちと同じ流れだ。


 だが今回は、準備がある。


「浄化布!」


 エマが即座に布包みを投げた。


 セラフィナから預かった浄化布。


 俺がそれを男の首元へ押し当てる。


 黒い光がじゅう、と音を立てる。


 男が苦しげに呻いた。


 修道女ではない俺が扱うには無理がある。


 だが、布に込められた祈りが術式を焼いている。


 ガルドが男を押さえ、マイラがもう一人にも布を巻く。


 数秒後。


 黒い印は、完全には消えないものの、光を失った。


【口封じ術式:一時封印】


 助かった。


 今度は死なせなかった。


 男たちは荒い息を吐きながら床に転がっている。


 トマが震える声で言った。


「記録……侵入者二名、証拠品囮箱を開封。査問官への引き渡し前確認と発言。口封じ術式発動、一時封印……」


 書いている。


 ちゃんと書いている。


 すごい。


 この状況で記録しているトマ、普通に英雄では?


   ◇


 オーウェン副書記と公証書記が入ってきた。


 公証書記は状況を確認し、侵入者、囮箱、香粉、封印状態、発言記録を順番に確認した。


 商人組合警備主任ボルツも証言。


 ガルドも証言。


 マイラも証言。


 ミレーユが淡々と説明する。


「本物の証拠品は、立会いのもと地下金庫へ移しております。侵入者が接触したのは囮箱です」


 公証書記が頷く。


「よく準備されている」


「盗まれる予測がありましたので」


「なぜ予測できたのです?」


 視線が俺へ来る。


 少し迷ったが、答える。


「道が見えました」


 公証書記は少しだけ目を細めた。


「なるほど。記録しておきます」


 何でも記録される。


 王都怖い。


 だが、今回はそれが武器だ。


 オーウェンが侵入者の服の袖を確認した。


 そこには香粉がしっかり付いている。


「この香りは、組合認定香料商三店しか扱っていません。追跡できます」


 ミレーユが微笑んだ。


「お願いできますか?」


「もちろん。組合施設内での侵入ですからな。商人組合としても黙ってはいられません」


 ありがたい。


 王都で味方を作っておいて、本当によかった。


 侵入者の一人が、苦しげに言った。


「俺たちは……命令されただけだ……」


 ガルドが膝をつく。


「誰に」


 男は震えた。


「名前は知らない……ただ、黒い指輪の男だ……」


 黒い指輪。


 ヴァイス。


 評議会で見た、あの指輪。


 全員の視線が重なる。


 ミレーユが静かに言った。


「明日の正式文書受領前に、良い追加資料ができましたね」


「良い、の意味が怖い」


「非常に良いです」


 トマは天を仰いだ。


「追加資料……」


 そう。


 仕事は増える。


 確実に増える。


   ◇


 その後、侵入者二人は商人組合の警備室へ移された。


 王都衛兵に渡す前に、商人組合、公証書記、騎士団代理の三者で証言を取る。


 口封じ術式を防げたことで、最低限の証言は取れそうだった。


 ただし、油断はできない。


 ヴァイス本人まで届くかは分からない。


 彼はしらを切るだろう。


 黒い指輪の男など知らない、と。


 外部協力者が勝手にやった、と。


 でも、これで少なくとも、魔導師ギルド側が証拠品へ不正接触しようとした疑いは作れる。


 明日の正式文書交付で、こちらは一つ強い札を持てる。


【夜間証拠品接触を阻止】


【侵入者二名を確保】


【魔導師ギルド査問官との関連疑惑を獲得】


【王都対応成功率:九十二パーセント → 九十六パーセント】


「九十六……」


 かなり来た。


 でも、百ではない。


 正式文書を受け取るまで。


 そして、エルドベルクへ持ち帰るまで。


 配送は完了しない。


   ◇


 深夜。


 ようやく宿舎の食堂に戻ると、ニコが温かい豆粥を出してくれた。


「煙くさかったので、生姜も入れました」


「有能すぎる」


 器を受け取る。


 湯気が立つ。


 王都の商人組合の食堂で、エルドベルク式の豆粥を食べることになるとは思わなかった。


 でも、うまい。


 疲れた体に染みる。


 トマは器を抱えながら、半分泣きそうだった。


「温かい……」


「生き返りますね」


「でも、食べたら追加記録です……」


「今だけ忘れましょう」


「忘れたい……」


 エマも小さな器を持って座っていた。


 顔色はまだ悪いが、目はしっかりしている。


「口封じ、前にもあったんですか?」


「西区避難所の放火犯も同じような感じだった」


「ひどいですね」


「うん」


「命令した人は、安全な場所にいて、使われた人だけ死ぬんですね」


 エマの声には怒りがあった。


 静かな怒り。


「だから、記録するんですね」


 トマが顔を上げた。


「はい。記録しないと、なかったことにされます」


 エマは頷いた。


「私、もっとちゃんと書けるようになります」


「教えます」


 トマが即答した。


 この二人もまた、道を作っている。


 文字の道。


 記録の道。


 誰かが消そうとするものを、残すための道。


   ◇


 食事を終えて、俺は一人で廊下に出た。


 王都の夜はまだ明るい。


 でも、窓の外に見える空は暗い。


 遠くに評議会の建物が見える。


 そのさらに奥に、魔導師ギルドの塔らしき黒い影。


 赤線は、まだそこから伸びている。


 ただ、少し細くなった。


 こちらの金色の線は、明日の評議会へ向かっている。


【明朝:仮承認文書受領】


【警告:最終妨害の可能性】


 やっぱりまだ来るか。


 でも、ここまで来た。


 評議会で話し、商人組合を味方につけ、夜間の証拠品接触も押さえた。


 証拠はさらに増えた。


 配送局の存在証明は、紙束だけじゃなくなった。


 王都の中で、実際に不正を防いだ記録まで加わった。


「受け取り拒否は、もう厳しいんじゃないですかね」


 独り言のつもりだった。


 だが、背後から声がした。


「油断は禁物です」


 ミレーユだった。


「また寝てない」


「お互い様です」


「たしかに」


 彼女は隣に立つ。


「明日、ヴァイス査問官は追い込まれます。追い込まれた相手は、時に雑な手を打ちます」


「例えば?」


「正式文書の条文に、こちらに不利な一文を紛れ込ませる。受領場所を変更する。王都衛兵を使って拘束を試みる。あるいは、評議会の決裁そのものを延期させる」


「全部嫌ですね」


「はい。全部嫌です」


 ミレーユは静かに笑った。


「ですから、明日は細かい文字まで見ます。トマ様に頑張っていただきましょう」


「トマさんの胃が本当に終わる」


「終わらせません。必要ですから」


 人材管理が商人すぎる。


 でも、その通り。


 明日は、最後の配送確認。


 受領書に変な一文が入っていないか。


 宛先は合っているか。


 条件はすり替わっていないか。


 配送業で言うなら、荷物を渡す直前の最終確認だ。


 そこを怠ると、全部が台無しになる。


「明日で終わらせましょう」


 俺が言うと、ミレーユは頷いた。


「ええ。王都便一号、必ず配達完了にしましょう」


 俺は窓の外を見た。


 王都の夜に、細い金色の線が伸びている。


 配送局を守るための道。


 あと少し。


 だが、その「あと少し」が一番事故りやすい。


 俺は深呼吸した。


 明日、正式文書を受け取る。


 そして、エルドベルクへ帰る。


 そのために、今夜だけは少しでも眠るべきだ。


 ……眠れるかは別として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ