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魔女と呼ばれた私の不本意な救世行脚  作者: 津々浦 うら


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むらさきの村①


紫の靄に包まれた村――クロムウェルの言う名の村へ続く道は、生暖かい風が吹き抜けた。その風に乗って運ばれてくるのは、どこか甘く淀んだ匂いだ。花畑の香りに似ているようで、けれど明らかに不自然で胸を締め付けるような甘さ。森を抜けてすぐなのに、もう息苦しさを感じるほどだった。

「気をつけろよ。あの靄は身体だけでなく精神にも作用する可能性がある。迂闊に吸い込むんじゃない。」

ゼロスが短く警告を発した。私は慌てて袖口で口元を覆う。

「……わかりました。」

その声は自分でも驚くほど震えていた。不安と恐怖…いろんな感情がごちゃ混ぜになって心臓が掴まれているみたいだ。


村の入口まで近づくと、門の横にある井戸から水が静かに湧き上がっているのが見えた。だがその水面は鏡のように滑らかで、映っている村の家並みが歪んでいる。まるで水中で見る景色のようだ。

「まず情報を集めるべきでしょうね。でも……誰かいるのでしょうか?」

「さぁな。ただあまりにも静かすぎる。」

ゼロスの言葉通り、昼間であるはずなのに人の気配が全くない。生活音や動物の声すら聞こえない。不気味なほどの静寂の中で、唯一動いているのはあの紫色の靄だけだ。ゆらり、ゆらりと地面を這うように蠢いている。

その時だった。遠くの家の影から何かが動いた。目を凝らすと、それは人間のようだった。

「あれは……人形……?」

現れたのは確かに人間の姿をした何かだった。けれど、肌は蝋のように白く光沢があり、動きもぎこちない。表情は虚ろで、焦点の定まらない目が虚空を彷徨っていた。一歩一歩が遅く、まるで操り人形の糸が絡まってしまったかのように不自然だ。

「ゾンビってわけじゃなさそうだな。だがまともな状態でもない。」

声にならない声をあげるイチルを横目に、ゼロスは冷静に分析していた。あれは生きているように見えないが、死んでいるとも言い切れない奇妙な存在だ。

「話しかけてみるべきでしょうか?」

「やめとけ。あんなモンには理性なんて残ってない。まずは距離を取りつつ様子を見るぞ。」

「わかりました。」

ゼロスの指示に従い、二人は建物の影に身を潜めた。


人形のような人々は、それぞれがどこかへ向かっているわけではないようだった。ただふらふらと、何かを探すように歩き回っているだけだ。彼らの間には会話もなく、目も合わさない。ただ紫色の靄の中で虚ろに彷徨っている。

「この靄……村全体を覆ってるんでしょうか?」

「おそらくな。だが中心地があるはずだ。そこに星屑の欠片が落ちてるかもしれない。」

ゼロスは周囲を見回し、少し考えてから指を差した。

「あの教会らしき建物、妙に靄が濃くなってる。あそこが怪しい。」

村の中央に位置する大きな建物。尖塔が高くそびえ立ち、周りよりも一段と濃密な紫色の靄に包まれている。まるでその建物自体が靄を生み出しているかのようだ。

「行ってみましょう。」

恐怖がないと言えば嘘になる。でも、この状況を打開できるかもしれないという希望が、足を前へ進めさせた。

ゼロスが先行し、イチルはその後に続いた。人形たちの間を縫うように進むが、幸いにも彼らは私たちに気づいていないようだった。

教会の扉は半開きになっており、隙間から漏れ出てくる靄は、外よりもずっと濃いように感じた。

「覚悟はいいか?」

ゼロスが振り返る。その赤い瞳が静かに私を見据えていた。

私は深く息を吸い込んだ。口元を覆っていた布から薄い紫煙が漂ってくるが、構わず答える。

「はい……行きましょう。」

意を決して、教会の暗がりへと足を踏み入れた。ひんやりとした空気と、何か甘く淀んだ匂いが一層強く感じられた。そして内部からは、何か金属が擦れ合うような微かな音が聞こえてくる。

何かが始まったことを、イチルは感じていた。


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