天赋そして運命
魔潮が世界を覆い、魔王の復活が目前に迫る中、
エルストリア帝国女帝は異世界から「勇者」を召喚した。
その中には天賦に恵まれ英雄を志す者も、故郷を恋しがる者もいた。
だが、佐藤悠真はただ平凡な日常を願う、E級の天賦を持つ少年だった。
聖女のような第一王女・リゼロットが彼を守り、異世界での光となる。
だが、その笑顔の裏には、誰も知らない真実が隠されていた。
佐藤悠真は群衆の最果てに佇み、浅いため息をついた。
故郷への帰還路は完全に閉ざされた。その事実を胸に刻みながら、彼は決して感情を剥き出しにしなかった。
クラスで先生に突然指名される時、嫌な部活に強制される時、停電で帰り道が塞がれる時と同じように、最初に浮かんだのは絶望や怒りではなく、「また面倒なことが始まったな」というただの嘆きだった。
十九年間の平凡な日々が培った性質だ。
目立たず、争わず、誰にも必要とされない。それが最も安全だと知っていた。
異世界に召喚された今も、この性質は一切変わらない。彼はただ、この場から早く消え去り、誰にも邪魔されずに生きていきたいだけだ。
王宮の広場は騒然としていた。
地面にしゃがみ込み、顔を覆って泣き叫ぶ者。
興奮して口汚い罵声を上げる者。
異世界小説に燃える少年たちは、遠くの城壁を目に焼き付け、夢見るように輝いている。
佐藤悠真は静かに蹲り、落ちた教科書を一枚ずつ拾い上げた。
埃を払い、古いランドセルに丁寧に収める。
動作をゆっくりにして、時間を稼ごうとした。
現実から逃れられるなら、少しでも長くそうしていたかった。
だが、城の灯りは冷たく、女帝の視線は厳しく、兵士の鎧は重くて、ここが夢の世界ではないことを彼に告げていた。
ここはもはや、東京じゃない。
「では、天赋測定を開始します」
女帝セラフィナの声は、穏やかだがどこにも逃げ道のない圧倒さで、広場の騒ぎを一瞬で沈めた。
「君たちの天赋ランクが、帝国での住居、資源、修練のすべてを決めます」
この言葉で、群衆は再びざわめき始めた。
「天赋ランクって?」
「ランクが低かったらどうするの?」
「一番悪い場所には行きたくない……」
佐藤悠真は心の中でそうつぶやいた。
最低ランクでいい。
最も目立たない存在になれれば、それで幸せだ。
彼はさらに深く祈った。
ランクがゼロに近い値だったら、帝国は彼を放置し、辺境の町で雑用でも雇ってくれるのだろう。
戦いもせず、魔法も使わず、ただ毎日を穏やかに過ごせればそれで十分だ。
従者たちが、人背丈の透明な水晶を運んできた。
水晶は濁り一つなく、灯りを受けて無色の輝きを放ち、石台に静かに置かれた。
「これが天赋測定石だ」
女帝は淡く説明した。
「手を置けば、対応する光が輝きます。ランクは上からSSS、SS、S、A、B、C(上級)、D、E。E級が最低ランクです」
E級と聞いた瞬間、佐藤悠真は不思議と安心した。
自分は凡人だ。
凡人が天赋など持つはずがない。
最低ランクが、一番自分に似合っている。
「順番に測定せよ」
騎士の声が響いた。
一人目は、クラスで体育会系の山下健太だ。
顔を赤らめ、興奮して水晶に手を叩きつけた。
ざあん!
鮮やかな紺色の光が炸裂し、広場全体を照らした。
「A級!」
騎士が驚いて叫んだ。
群衆はどよめき、山下健太は孔雀のよに顎を上げ、わざと佐藤悠真の方を見て、軽蔑の目でそっと脇見した。
佐藤悠真は気にも留めなかった。
ただ早く測定を終えて、この場から去りたいだけだ。
続く測定は順調だった。
眼鏡男子の伊藤はC級、女子たちは大半がB級かC級。
中には淡い紫色の光を放つS級者も現れ、女帝セラフィナさえ頷いて目をかけた。
十六人すべての測定が終わった。
誰ひとり、C級を下回る者はいなかった。
あとは佐藤悠真だけだ。
「佐藤悠真」
騎士が名前を呼ぶ。
十数本の視線が、一斉に彼に狙いをつけた。
彼はランドセルを抱え、うつむき加減でゆっくりと台の上に立った。
一歩一歩が、運命への足跡のように感じた。
手を測定石にそっと置く。
冷たい感触が指先から伝わってくる。
一秒……
二秒……
三秒……
水晶は何の変化も示さなかった。
無色透明なまま、ただ呆れているかのように見えた。
広場の空気が凍りついた。
「ふん、反応すらないのか?」
山下健太の嗤い声が、小さくてはっきりと響いた。
抑えきれない笑い声が広がり、悪口の嵐だった。
「全然使えないじゃん」
「召喚する意味あったのか?」
「E級より下か?」
佐藤悠真の指先が少し震えた。
怒りというより、面倒くささという感情だった。
どこに行っても、自分は一番下のクラスなのだ。
手を引こうとしたその瞬間。
水晶の中心に、ほのかな白光が灯った。
月光に埋もれてしまいそうなほど弱い、ちょっと震えるような光だった。
騎士は顔をしかめ、何度も確認してから、複雑な声で宣言した。
「佐藤悠真……天赋ランク、E級です」
最低ランク。
次の瞬間、爆発的な笑い声が広がった。
「E級だと?最低だぜ!」
「D級が最低かと思ったら、見損なったわ」
「こんなのが勇者?魔物に食われるだろ」
山下健太は大きく笑い、悠真を指さしてからかった。
「おい、E級のヤツ、ついでに来たのか?」
刺すような言葉が浴びせられた。
だが佐藤悠真は、かえって肩の荷が下りたような感覚を覚えた。
これで完全に役立たずになれば、帝国は彼を必要としない。
戦争にも呼ばれない。
誰にも邪魔されずに生きていける。
彼はうつむいたまま、手を引き、台から降りようとした。
その時だった。
「皆さん、お静かに」
声が響いた。
大きな声ではないのに、心の奥まで染み渡るような清らかさと優しさ。
神様が話しているような、そんな響きだった。
ざあん!
騒ぎは一瞬で消え去った。
誰もが、思わず上を向いた。
一段上から、一人の少女が降りてきた。
彼女の髪は、雪のように白い。
腰までの長さで、ゆるく三つ編みに結われ、幾つかの髪が頬にそっと沿っている。
肌は硝子細工のように透明で、光を受けて少しピンク色に輝いている。
服装は、白を基調とした軽やかなドレスだ。
襟元は少し深く、細い肩線が見える。
袖口はレースで飾られ、腰のラインがほのかに強調されている。
過度な露出ではないが、可愛らしく、どこか聖女らしい清らかさが漂っている。
裾には淡い金の刺繍が施され、歩くたびに、光が流れるように揺れた。
顔は、可愛らしさと大人っぽさが同居した、まさに絶美だった。
瞳は瑠璃色で、丸みを帯びた少女らしい輪郭をしているが、目元には冷ややかな気品が宿っている。
可愛いのに、王族としての品格がにじみ出ていて、見上げるしかなかった。
彼女はゆっくりと、段を降りてきた。
その姿は、まるで月光が歩いているようだった。
「皆さんは、異世界から遠く来られ、故郷を離れているはずなのに、なぜ互いを傷つけるのでしょう」
騎士たちが一斉に跪き、声を殺して叫んだ。
「リゼロット殿下!」
彼女こそ、帝国の第一王女、リゼロット・フォン・エルストリアだ。
彼女は台の横に立ち、瑠璃色の瞳で広場の人々を優しく見渡した。
威圧感は一切なく、ただ心配そうな眼差しだった。
そして、彼女はゆっくりと佐藤悠真の方を向いた。
先ほどの冷ややかな気品は一瞬で消え、瞳は春の風のように柔らかくなった。
嫌悪も、軽蔑もない。
ただ、癒しのような、暖かい眼差しで彼を包んだ。
「天赋ランクは、人の価値を測るものではありませんわ」
彼女の声は、神の声のように穏やかで、聞けば聞くほど心に沁み渡る。
「ここに召されただけで、あなたは特別な存在です。E級だからといって、恥ずかしいことは何もありません」
佐藤悠真は完全に呆気にとられた。
耳たぶが熱くなり、目の前がぼやけた。
十九年間、誰一人、こんな風に優しくしてくれた人はいなかった。
この世界で最も普通の凡人である自分に、このように美しく、聖なる王女が、手を取って守ってくれたのだ。
彼女は天使だ。
異世界での生活が暗くても、この人がいるだけで、生きていける気がした。
山下健太たちも、顔を赤らめてうつむいた。
もはや、笑い声を上げることはできなかった。
リゼロットは、悠真の照れた耳たぶを見て、小さく優しく笑った。
その笑顔は、花が咲くように、一瞬で広場を明るくした。
「従者さん、皆さんを宿舎へご案内ください」
彼女は従者に指示し、眼差しを再び悠真に向けた。
「どうか、安心してください。王宮では、弱い者をいじめることは、決して許されませんわ」
そう言って、彼女は軽く頷き、微笑んだ。
その瞬間、佐藤悠真の心は、満たされた。
彼女は再び、一段上へと歩み去った。
白い髪と白いドレスが、月光に映えて、まるで天上から降りてきた聖女のようだった。
広場は静まり返り、もはや誰も、佐藤悠真を軽蔑することはできなかった。
佐藤悠真はランドセルを抱え、列の最後について歩き始めた。
胸の中には、リゼロット王女の声と笑顔が、ずっと残っている。
もしかしたら、この異世界は、そんなに悪い場所じゃないのかもしれない。
毕竟,他只是个普通人。
だが、この世界には、こんなにも美しい人がいるのだから。
これは平凡な少年が異世界で生きていく物語です。
天賦も力もない彼を待ち受けるのは、優しさと、その裏に隠された真実です。
これからの彼の運命が、どこへ向かうのか。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




