覚醒
次に目を覚ましたとき。
両親は"研究区画で発生した薬品火災による爆発事故"で亡くなったことになっていた。
老朽化した配管から漏れた可燃性ガスに引火し、研究棟の一部が崩落。
原因は設備管理の不備。
不運な事故の巻き添えの中、奇跡に俺たちは助かったらしい。
そう結論づけられ、事件として扱われることはなかった。
そして。
「彼らを守れなかったのは、上司であった私の責任です。せめて遺された子どもたちは、私が責任をもって、保護者になります」
病室のカーテンの向こう側で聞こえたのは、哀しみに寄り添うように嗚咽を混ぜた、完璧な声色。
すぐ側では、関係者らしき人物たちのすすり泣く声が静かに響いていた。
(そうだ。あの日、俺たちはここにいた)
事故じゃない。
偶然じゃない。
能力者開発プロジェクトの、原点。
あの日から既に、
俺たちは不遇な“目撃者”から、“素材”に変わった。
◇ ◇ ◇
「さて、01。あの日の事件を"照会"してください」
藍田さんの言葉が発動条件であるかのように、呼吸のリズムが変わった。
心臓の音だけが、やけに正確に響く。
その鼓動さえ、やがて“情報”に変わる。
――脳内が、静かになった。
心拍が、上昇する。
喉は、震えている。
だけど、脳内はやけに冷静だった。
『…トレースを開始します』
何を考えるより先に、情報が唇から滑り落ちる。
『対象二名。
男性。女性。
刃物は片刃。刃渡り約18センチ。
刺創角度、およそ三十二度。
頸動脈断裂による出血性ショックが致命傷』
血の飛散方向。
被害者と加害者の位置関係。
加害者が踏み出した、足の軌跡。
証拠品も何にも触れていないが、何故だか手に取るようにわかった。
『第三者の接近音を検知。
小児二名の姿を確認。
事件発生時刻、推定――』
「やめろ!!」
櫻井さんの声は、耳に入ってきた。
それでも、処理は止まらない。
『加害者は右利き。
躊躇は見られず、明確な殺意は濃厚。
動機は、心理背景及び感情波形から推測するに――』
肩を掴まれ、強く揺さぶられる。
「柚紀!! 俺を見ろ!!」
数秒。
世界が完全に静止する。
処理はまだ続いている。
だが、一方で胸の奥に微かなノイズが走った。
(……サくラ……い……?)
ふっと、視えていたすべての情報が消えた。
『……処理、エラー』
言葉が途切れる。
途端に、膝から崩れ落ちた。
頬を流れていた涙に、初めて気づいた。
「俺、なに……」
瞳の奥に、まだあの日の残像が残っている。
放心状態の俺を、櫻井さんは強く抱きしめた。
「大丈夫」
もう一度。
強く、抱きしめる。
「大丈夫だ。絶対に」
耳元で響く低い声は、どこか心に落ち着きをもたらしてくれる。
それは言い聞かせているというよりも、まるで確信に近い口ぶりだった。
その時。
どこか遠くで、物音が聞こえたような気がした。
また事件の記憶に呑まれていたかとも思ったが、そうではないらしい。
「騒々しい。櫻井くん、なにかしましたね?」
藍田さんの鋭い視線にも怖気付くことなく、櫻井さんもまた、強く睨み返す。
「どうでしょうか」
視線を外さないまま、藍田さんは手元の端末で何やら操作を行う。
白い壁面に、施設内のすべての監視カメラ映像が映し出される。
その中のひとつ。
この研究室入り口へ続く廊下を駆け抜ける、人影があった。
その映像のみを選択すると、一面に大きく映し出された。
ドアの前に辿り着いた男たちは扉の開錠方法を探すが、認証パネル式であることが分かると、ひどく肩を落とした。
回避策として暗証番号認証はあるが、試せるのは『3回』だけ。
それ以上は、ペナルティとして暗証番号入力方式そのものがロックされてしまう。
一人の男が、恐る恐る考えうる暗証番号を入力する。
1度目。
ゆっくりと決定ボタンを押下すると、途端に施設内全体にアラートがけたたましく鳴り響いた。
男は唇を噛みながらも、慎重に試行を重ねた。
並行して、他の男たちは扉の隙間に工具を差し込み、力業での解放を試みている。
そんな姿を嘲笑うように、藍田さんは短く息を漏らした。
「無駄なことですね」
強固な扉を前に人力はあまりに無力で、鉄の工具の方がわずかに曲がってしまった。
とうとう、試行上限を迎えた認証パネルは、ついに入力さえ行えなくなった。
そこまで見届けて安堵した藍田さんは、改めて俺たちに向き直る。
「それより、トレースの続きを――…」
そのとき、俺は見た。
認証パネルの表示が、一瞬だけ切り替わる。
『ACCESS GRANTED』
重厚な扉が、ゆっくりと開いた。




