表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/58

Day4|解放

ここへ来てから、どのくらい経っただろうか。



枷は外れたとはいえ、男の地雷が分からない以上少しでも脱走だと思われる行動はリスクでしかない。


玄関どころか、カーテンさえ閉め切られた窓にすら近寄ることはなかった。


時折朝の陽ざしと共にわずかに入ってくるのは、はつらつとした朝の挨拶と賑やかに通り過ぎていく集団登校の声。


窓を背に、膝を抱えたまま視界を伏せて。


ただ毎朝。


それだけを、聞いていた。

 

 


「ねぇ、真琴ちゃん」


 突然、頭上から男の声が降ってきた。


 顔をあげると、男の太い手が伸びてきていた。


「そろそろちゃんと、恋人らしいことしようよ」


「え...」


男の荒い呼吸が生あたたかく頬を撫でるが、言葉が出てこない。


強張る肩を抱いて、男の指がうなじをなぞり、そのまま髪を梳くように指を滑らせた。


少しずつ落ちていく毛束が、カウントダウンにすら思えた。


「拒否、しないんだね。やっぱり真琴ちゃんは僕の――……」


 そこで、男の言葉は一度途切れた。


 次には、その声色は一変していた。


「ひっ...なんだお前!!!」


 何が起きたのか分からない。


けれど男は、私を見ていなかった。


 「あっち行けよ!!!!!」


 続けざまに、私の背後に向かって、手を振り払い、ひたすら何かを訴えかけている。


「来るな...っっ!うわああああああああああああ...っ」


 そう叫びながら、反射的に私を突き飛ばし、着の身着のまま男は部屋を飛び出した。

 

 受け身も取れないまま容赦なくついた臀部が、鋭く痛む。


状況はまったく理解できなかったが、唯一ハッキリと分かったのは逃げるならもう今しかないということだけだった。

 

 そう思うのに、身体には力が入らない。

 

 何とか身体を起こし、踏み出した左脚に重心を預けるが、次の歩を踏み出すこともできないまま意識が消えた。


          ◇ ◇ ◇

「……み...きみ」


目が覚めると、ぼやけた視界のなかで私は囲まれていた。


「大丈夫かい!?」


少しずつ焦点が合ってくると、その大人たちは警察の制服を着ていた。

 

問いかけには言葉が出ないというのに、勝手に涙が出た。

 

 奥からやってきた警官の一人は、未だ状況の飲み込めない私の肩にやわらかい毛布をかけてくれた。


 同時に周囲では各所に無線連絡が入り、私は女性警官へと引き継がれた。


          ◇ ◇ ◇

 

「少し、落ち着いたかな?」


 女性警官のソプラノの声の響きが、妙に安心した。


「はい...」


 小さくそれだけ返すが、女性警官は微笑んだまま頷くだけ。


 



後に聞いた話では、男は自ら交番に転がり込み、必死に助けを乞うたという。


半信半疑ではあったが念のため状況の確認に向かったところ、倒れていた私と、ベッドの脚に残されたままの枷を発見した。


誘拐の疑いで、男はその場で拘束されたとのことだった。

 

 なんでも、自分の体格の3倍もありそうな、大きな熊のような人影がこちらを見ていたと供述していたらしいが、警察側では男の精神疾患による幻覚だと解釈されているらしい。

 

 でも、私は知っている。


 あれは、それらとはもっと別のものだということ。

 

 まるで目の前の怯えきった彼の目は、まるで自分を見ているようだった。


あれが何だったのか。


その答えを知るのは、もっと後のことになる。



          ◇ ◇ ◇


「真琴…………!」


「お父さん...」


 部屋の扉が勢いよく開いたと思えば、そこには父の姿があった。


その姿は、TVで見た時よりもずっとやつれて見えた。


それでも、そのやさしげな眼元に安堵した。


「良かった。怖かったよな。ごめんな、すぐに見つけてあげられなくて」

 

「ううん。お母さんは……?」


「……母さんはちょっと今体調を崩していて、入院しているんだ」


「うそ……大丈夫なの?どこの病院?私もお見舞いに――……」


 前のめりに1歩を踏み出した途端、めまいがした。


 ふらついた身体をとっさに目の前からは父が、背中からは女性警官が支えてくれた。


「そのうちな。母さんにはひとまず父さんから伝えておくから。まずはしっかり休んでくれ」


 「今は、あなたの回復が先よ」


 女性警官の眼差しは、どこか母のようでもあった。


 こんなにあたたかい人たちに心配を掛けてはいけない。


 母への心配を無理やりかき消すように、私はそれ以上の言葉は飲み込んだ。

 


          ◇ ◇ ◇


 「本当に、ありがとうございました」


 「いえ、またなにかありましたらすぐご連絡ください」


 「はい。ありがとうございます」


 最後の最後まで、深々と頭を下げる父と、署を後にする。



 すっかりの日の落ちた夕空の下。


 少し冷えた風が頬を撫でる。


 柔らかな外の空気は、とても心地が良かった。

 


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ