Day4|自由
今日はまだ火曜日。
男はいつ外出するのかと待ちに待っていたが、11時過ぎくらいになって、ようやくのそのそと起きてきた。
今日は休みなのか、夜型の仕事なのか。
何か察しがつくようなものは部屋にはない。
「真琴ちゃんさ、ずっと起きてたの? 体に障るよ」
男は欠伸をしながら言った。
返事はしない。
もう何を言われても、答える気にはなれなかった。
男もそれ以上は何も言わず、テレビをつけてソファへ座る。
窓の外は相変わらず見えない。
時計だけが、時間の経過を知らせていた。
ここに来てから何日経ったのか。
もう正確には覚えていなかった。
ただ、身を守りたい。
それだけだった。
◇ ◇ ◇
数日後。
唐突に、拘束は解かれた。
手首にはうっすらと赤い線状痕が残っている。
自由になったことを確かめるように手首を擦る。
けれど、依然として実感はなかった。
男は笑った。
「ほら、自由だよ。好きにしていい」
その途端、胸の奥が冷たくなる。
(自由……? そんなわけ、ない)
逃げようと思えば逃げられる。
走ればいい。
扉までは三歩。
男がテレビのリモコンを手に取る。
何の気なしに、というように。
『次のニュースです。県内で発生している女子高生誘拐事件について……』
女性アナウンサーの声に反応して顔を上げた。
画面には、両親の姿が映っていた。
思わず息が止まる。
二週間ぶりに見る母は、別人のようだった。
いつも笑顔だった目元には深い隈。
綺麗に整えていた黒髪は乱れ、前髪が顔にかかっていることさえ気にしていない。
その隣で父が母の肩を支えていた。
苦しそうに目を伏せながら、言葉を絞り出す。
『皆さん、どうか少しでも心当たりがあればご連絡ください』
『うちの子を……どうか……』
母の声は嗚咽に飲まれた。
胸が締め付けられる。
消えかかっていた願望が、改めて息を吹き返した。
帰りたい。
今すぐ帰りたい。
そう思った瞬間だった。
「こんなに探してくれてるんだね。優しいご両親だ」
「…………」
「でも君が逃げたら、どうなると思う?」
その声は甘いのに、凍るほど冷たかった。
「人間ってさ、大事なもののためなら何でもするんだよ。僕も同じだからわかる」
男は笑う。
「君の家も、ママの名前も。全部あのクマさんが教えてくれたしね」
心臓がひゅっと縮まった。
あのクマは偶然置かれていたわけじゃない。
どこへ行くにも、スマホと一緒にそこにあった。
男は続ける。
「君が逃げたら……」
「やめて……!」
食い気味で言い切った答えに、男は満足そうに目を細めた。
「だったら、ここにいればいいだけ」
「…………」
「真琴ちゃんが“いい子”でいれば、ご両親は無事だから」
その一言で足がすくんだ。
本当に、動けなくなった。
身体は自由なのに。
心が完全に縛られた。
「ね? 簡単でしょう?」
それ以上考える余地のない、最適解に思えた。
扉はすぐそこにある。
走れば届く。
手を伸ばせば触れられる。
なのに。
もうそこへ向かうことはできなかった。
逃げるという選択肢そのものが、頭の中から切り取られてしまったみたいに。
それからの日々。
私は扉から目を逸らすようになった。
自由になったはずなのに。
もう二度と、逃げようとは思えなかった。




