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Day4|接触なし

「今日陸上休みだって」


「えー残念……今日こそ記録更新したかったのに」


「まぁまぁ! そんなことより、今日から販売開始の桜ラテ飲みに行かない?」


「いく!!」


「最近どこも桜フェアばっかで全部可愛いよね」


「ほんとそれ! 金欠になるってば」


「私は今日はカスタム無しかな。真琴は?」


「うーん、トールバニラソイアドショットチョコレートソースノンホイップ……いや、うーん」


「うわ出た。真琴のカスタム呪文」


「だって、おいしいものは一番おいしい形で飲みたいじゃない?」


「ほどほどにしなよ? 後ろ詰まるから」


「はーい」


 気の抜けた返事を返すと、朗らかな笑い声があたりに響いた。


 優しい友人、大好きな陸上、美味しい甘いものに囲まれる日々。


 それだけで毎日は、ずっとキラキラして輝いて見えていた。


 

           ◇ ◇ ◇


 それから数日後。


 ポストの上に、クマのキーホルダーが置いてあった。


 首元に赤いリボンの結ばれたその子は、まだ真新しそうだった。


 落とした誰かが、拾いに来るかもしれない。


 そう思って、そのまま置いておいた。

 

 しかし、数日経っても一向に持ち主は現れない。

 

 ある雨の日。

 

 雨風に晒されるその子が可哀想で、私はついクマのキーホルダーを部屋に迎え入れた。


「もうお前の持ち主は迎えに来てくれないのかな……うちの子になる?」


 雨風を清潔なタオルで拭き、よれたリボンを結び直すと1度だけキスをした。


「えへへ、早速着けちゃおっと」


 スマホにクマのキーホルダーを着ける。

 

 友達に見せる楽しみを胸に、その日は眠りについた。



 翌朝。


 ベッド脇のスマホを手に取ると、昨日つけたクマのキーホルダーが小さく揺れた。


 ぼんやり画面を見る。


  7時40分。


「えっ!?」


 眠気が一気に吹き飛んだ。


 慌てて支度を済ませ、家を飛び出す。


 門の角を曲がった瞬間、陰から現れた誰かと肩がぶつかった。


「す、すみません! 大丈夫ですか!?」


 反射的に謝る。


 けれどその人物は何も答えない。


 そのまま、私の横を通り過ぎていった。


 幸い、怪我をするほどではなかった。


 少し引っかかったけれど、遅刻寸前だ。


 私はそのまま学校へ駆け出した。


          ◇ ◇ ◇


 その日の放課後。


 私はグラウンドで、陸上部の先輩方をぼんやりと眺めていた。


 空はどんよりと曇り、日差しはないが、湿気で蒸し暑い。


「月宮」


 声の方向を振り向くと、先輩が汗をタオルで拭いながらそこに立っていた。


「ボトル、補充しておいて」


 先輩からボトルを受け取り、立ち上がる。


 「はい。他も確認します」


 「ありがとう。お願いね」


 各所に配置されたスポーツドリンクの入ったボトルを確認し、中身の少なくなったボトルを一つのカゴにまとめた。


(これで全部かな……あれ)


 カゴを持ち直すとき。


 視線を上げると、グラウンドのフェンスの向こう側に、ふと視線が止まった。


 歩道に面したそこは、多くが通り過ぎていく人ばかり。


 そのなかで、ひとりだけ立ち止まっている人影があった。


 黒いサングラスに、目深にかぶったキャップ。


 大きめのマスク。


 前を完全に閉じた厚手のジャケットは、何かを覆い隠すようだった。


 その人物は木陰にいるとはいえ、ただじっとしているだけでも蒸し暑い気温。


(日差しだって、全然強くないのに……)


 何とも言えない違和感がこみ上げる中、友人の声が耳に響いた。


「真琴!」


 息を切らして駆けてくる友人は、私の手元を見て続けた。


「そろそろ順番だよ。手伝おうか?」


「あ、ごめん。大丈夫!さっとやってくるね」


 友人に向けた視線をもう一度、フェンスへ向けたときにはもうその人影はどこにもなかった。


 ただ、こんなことが何度も続いた。


 何をするわけでもなく、視線を感じて振り返ると、その人がいる。


 いくら同じ人だと言っても、その人がいるのは所詮一般歩道だ。


 日課で、同じ時間にランニングしている人だっているし、散歩している人だっている。



 学校の近くなんて、私の生活圏だ。


 きっと、この辺りの人なんだろう。


 そう思うことにした。

  

           ◇ ◇ ◇


「花野。次、準備して」


「はい!」


 今日は部活の遠征で、電車で何駅も離れた『月ヶ丘』に来ている。

 

 グラウンドのフェンスの向こう、そこに立っている人物の顔を見て背筋が凍った。

 

 同じ背格好に、いつもの黒いアウター。


 暗めのサングラスに、大きめのマスク。


 間違いなく、いつも近所で見かけるあの人物だった。

 

 近所に住んでいるなら、生活圏で会うのは偶然だと思っていた。

 

 たまたま同じ場所に来ていただけかもしれない。


 そう、思いたかった。



 夕食の後。


 洗い物をしている母の背中に、おずおずと呼びかけた。


「ねぇお母さん。相談があるんだけど」


「あら、どうしたの真琴。珍しいわね」


「うん、なんか……最近私誰かに見られてる気がするの」


「誰かって、誰?知ってる人?」


 私は、ゆっくり首を振る。

 

「知らない人。でも、なんかいつも、視線を感じて振り向くと同じ人影を見かける気がして」


「近所の人なんじゃないの?」


「私もそう思ってた。でも遠征先の月ヶ丘にもいて」


 その一言で、母は途端に洗い物をしていた手を止めた。

 

 水滴をタオルで拭き取ると、私の肩に手を乗せる。


 尋ねる声も、どこか慎重になった。


「なにか、されたの?」


「なにも。いつもただ、じっとこっちを見てるだけ」


「……そう。でも心配だわ。一緒に警察へ相談にいきましょう」


「……うん」

 

          ◇ ◇ ◇


 翌朝。

 

 早速、母と近所の交番に趣いた。


「ストーカーねぇ」


 対応した警察官は、裏紙に軽くペンを走らせた。

 

「君、恨まれる覚えとかは?元カレとか」


「ありません。交際経験もありません」


「じゃあその人物に、直接脅されたり、何か言われたりされたことは?」


「……ありません」


「接触なし、ね」


 淡々とメモを終えたペンを置くと、私から母に視線をうつして静かにこういった。


「お母さん。そうなりますと、すみませんが、私たちでも対応できかねますね」


「そんな……!どう考えても遠方でまで遭遇するなんておかしいじゃないですか。なにかあってからでは遅いんですよ!」


「そう言われましてもねぇ。ひとまず今後は、どこで何回遭遇したかなど客観的に納得できる記録を残しておいてください」



          ◇ ◇ ◇


「……私の気のせい、だったのかな」


 交番を出た帰り道。


 静かな道で、ぽつりとこぼれた。


「そんなことないわ!」


 母がすぐに声を上げる。


「だ、大丈夫よ真琴!お母さんがお休みの日は、学校も部活も車で送り迎えするし!」


 珍しく落ち込む私の姿に母は励ますように、肩を掴んだ。暗い空気を壊すかのように、おどけて続ける。


「パパが運転出来ればいいんだけど、んもう!

 パパったら、こんな時に頼りにならないんだから」


 不器用な母の優しさが嬉しくて、頼もしくて。

 ほんの少し、不安は軽くなった気がした。

  

「ありがとう!私も帰りは連絡するようにするね」


 しばらく気をつけていれば、きっとすぐに収まる。


 そう思わないと、不安に押し潰されそうだった。

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