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消された記録

あれから、数日。


葉月もだいぶ落ち着きを取り戻したのか、少しずつ食事も喉を通るようになったようで一安心だ。


まだ言葉数も少ないが、少しずつ部屋から出てきてくれることも増えた。

 

笑顔はぎこちないが、これなら、もう少し休めばまた少しずつ元気を取り戻せるようになるだろう。


(そろそろ、前回の続きしようかな)


安心したせいか、やりかけのタスクが残っていることに胸がざわつき、改めてデスクに向かい合う。


(ひとまず、前回のも併せて『N』が記載されている件を確認しつつ、見落とさないように付箋でも貼っておこう)


そして、以前別の業務で使用した『事件概要ファイル』の控えも、机の上に並べて取り出す。


個人情報を伏せた簡易版だとしても、持ち出しは推奨されていない。

 

だが、現場では“暗黙の了解”として使われているものだ。


 基本的に問題はないとは思うが、これと照らし合わせれば、前回のように証拠の過不足があるかもしれない。


 本来は、直接保管庫の実態を確認出来ればそれが一番良い。

 

——もっとも、これは後になって知ったことだが、正当な手続きと許可を得るには、早くても一か月はかかる。


今この段階で動けば、疑念そのものが握り潰されかねない。


だが、証拠リストだけを眺めるよりも、少しでも事件の状況を知ったうえでなら、燐の時のように違和感に気づけるかもしれない。


(よし、やるか)


 そう思い、前回のファイルと今回のファイルを開き、まずは「N」の書かれた事件に付箋を貼っていく。


次に、事件概要ファイルを取り出し、事件概要を照らし合わせていく。


N【事件A】


初動記録:暴行事件


最終処理:事故


N【事件B】


初動記録:虐待


最終処理:証拠不十分


【事件C】


初動記録:傷害


最終処理:傷害



 よく目を凝らしてみると、証拠品リストに記載されている打消し線は、明らかに他の記載事項よりも後に書き加えられたものだった。


インクの滲み方が、比較的新しい。


もちろん基本ルールとして、資料に追記・改修を行った際には改修履歴に日付や担当者、改修理由を記載することになっている。


が、それはあくまでルールを守る前提のもと。


仮に悪意を持って書き換えた者が、改修履歴に"意図的に"履歴を残さなければ、当然実態が宙に浮いた記録になってしまう。


 そして、気づいたことはもう一つ。

 

その打消し線は「N」と記載された事件や事故にのみ集中しているということ。


もちろん、初動記録と最終処理時点の事件の取り扱いが変わることは、絶対にないわけではない。


起訴前後を問わず、状況が変わって被害者が亡くなれば、傷害致死や殺人へと扱いが切り替わること自体は、決して珍しくない。


だが、証拠リストが不審な件に限っては『必ず』処理が変更されているのはさすがにおかしい。


実際、初動から最終処理も一貫している事件Cには証拠品リストの打消し線はなかった。

 


 事件が故意かどうかは、まだ分からない。


けれど――少なくとも、証拠を消すかどうかを決めている“誰か”は、確実にいる。


これはもう、俺だけで抱えきれるものではない。


(櫻井さんに伝えなくては――…)


 悪寒の走った嫌悪感を振り払うように、脚はいつの間にか彼のもとへ駆け出していた。


 


——そのとき、机の上のファイルが、かすかにめくれたことには気づかないまま。

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