第140話 天辺への挑戦
──飛空技師は駆り出される──
挑め、最強に──。
「 “ゴルララララララァ!!!” 」
「首尾よく頼むぞアクアス…!」
「はいっ…! カカ様も絶対無理はなさらないでくださいね…!」
それこそ無理だろう…命削る想いで戦わなわきゃ竜の気は引けねェ…。様子見なんて舐めた真似せず…最初から全力でぶつかってやる…!
恐怖とか不安とか…色々頭の中で渦巻いてるけど…、それ等全部押さえ込んで戦闘開始…! 決死の覚悟で竜へと駆け寄る…!
竜は右前脚を持ち上げると、鋭い爪で攻撃を仕掛けようとしている。まるで瀬踏み…私の実力を試そうとしているみたいだ…。いいぜ…乗ってやる…!
動きをしっかり見極めて指と指の間に入り込み、なんとか攻撃は回避。お返しにキツい一撃をくれてやる…!
竜相手に攻撃が通りそうな部位はほとんどない…、だが指先ならどうかな…?! 指先なら私でもボキ折れるんじゃねェか…?!
「〝禍玄・震打〟!!」
負傷した時一番影響が出そうな中指に渾身の一撃を叩き込んだ。体重も乗っけて、床にもひびが入るぐらいの一撃。
だが肝心の竜は呻き声一つ上げず…微動だにもしない…。衝棍からは…竜の絶望的な硬さが伝ってくる…。
本気打ちの衝撃が…骨にも届いていない…。こんな感触初めてだ…ガガテガ遺跡の石像ですらもっと効いてたぞ…。
「…っ?!」
予想を遥かに凌駕する硬度につい戸惑っていると…竜は突然手を前に突き出し…勢いよく後方にぶっ飛ばされた…。
壁に背中を強打し…床に叩きつけられた…。あんな軽く手を前に出しただけでこのパワー…、これが最強か…。
こっちはその後なんて考えずに本気打ちしたってのに…ハエでも払うようにあしらいやがって…。完全に舐めてんな私のこと…。…っ?!
竜は下半身を浮かせながら体を半回転させると、太っとい尻尾を鞭のように使って攻撃をしてくる…。
背中を打って呼吸がしづらいが…そんなこと言ってる場合じゃない…、あんなの直撃したら余裕であの世行き…。
奥歯を噛み締めて痛みを堪え…辛うじて尻尾攻撃を回避。尻尾は8階の床を破壊し…更には階下の床や壁すらも破壊してみせた…。身の毛がよだつ威力…。
しかし怯むわけにはいかねェ…一度でも脚がすくんだらもう動けなくなる気がする…。攻め続けなきゃダメだ…!
こっちに向き直った竜へと恐れず駆け出す。…っがすぐにストップ…、何やら竜の様子がおかしい…。
口の両端から…何やらキラキラした微粒子を含む黒い煙みたいなのが溢れ出ている…。炎とはまるで違う…極めて異質な何か…。
「 “ゴルルルゥ…!!” 」
「…っ?! なんだ…?」
私目掛けて吹きかけてくるかと身構えたが…竜は首を上げると黒い煙を勢いよく空に吐き出した。まるで煙突のよう…煙はモクモク昇っていく…。
ある程度の高さまで昇ると…やがて煙は雲のように広がりを見せ…物凄い速さで曇天を覆い隠していく…。
キラキラとした微粒子はまるで星屑のように輝き…やがて古城を中心とした広範囲が偽物の夜空に支配された…。
日の光は遮られ…本当に夜が訪れたかのように暗い…。竜は煙を吐き終えると、大きな翼を広げて羽ばたきだした…。
床から少し浮き上がり…大空へ飛び立つこともせずその場で滞空している…。何をしようとしているのかまるで予想がつかない…。
「 “ゴルララララァ…!!” 」
大きな咆哮を上げると同時に、竜は勢いよく翼を広げた。その直後…まるで星空のような翼膜が星屑のように輝きだした…。そして…
突如そこから無数の光線が放たれた…。四方八方お構いなし…、空へ…森へ…床へ…壁へ…至る所に光線が飛び散った…。当然私の方へも…。
〝音〟で事前に身構えることはできても…こんな予想外の攻撃を仕掛けられては対処もクソもなかった…。
光線は左腕・右脚・右脇腹・頭部に命中…、幸い頭部と脇腹は掠めた程度だが…左腕と右脚は洒落にならない負傷だ…。
右脚は太股の右側を少し抉り取られた…、左腕に関しては…力なく床に転がっている…。掠めただけの頭部と脇腹も出血…全身を耐え難い痛みが襲う…。
呼吸が整わない…頭が混乱してきた…、何も…考えられない…。自分に起きた事を理解するので精一杯だ…。
右脚に力が入らず…ガクンと膝から崩れ落ちた…。顔を見上げると…竜は床に下り立ち…ゆっくりこっちへ歩み寄って来る…。
左腕は失い…脚はこの様…、逃げるも反撃も叶わない…。これが竜…これが最強生物…、あまりに生物の格が違いすぎる…。
“バァン!”
「カカ様…! 大丈夫ですか…?! あぁそんな…腕が…」
「おうアクアス…石版は…?」
「カカ様が気を引いてくださったおかげで無事に回収できました…あとは逃げるだけです…!」
「そうか…──ならオマエだけ逃げろ…、私は置いて行け…」
「…っ?!」
この脚じゃ上手く逃げるなんて不可能だ…、かと言ってアクアスに担いでもらっても…逃走の成功率が下がるだけで何も利が無い…。
アクアスが放った弾丸もまったく効いてない…。瞼ならともかく…眼球に命中したのに弾かれるって…どんな眼してんだよ…。
そんな怪物相手に…お荷物を抱えた状態で逃げ切れるわけがない…。犬死にだ…、そんな目に遭ってほしくない…。
「置いてけ…オマエだけでも生きて皆のもとに戻れ…」
「そんなのできるわけありません…! 逃げましょう…! 一緒に…!」
「このままじゃオマエも死ぬってんだよ…! 命令だアクアス…!! 石版と…短剣を持って皆のもとに──…っ?!」
ゆっくりと歩み寄って来ていた竜は突然翼を大きく広げると、こっちに向けて力強く羽ばたいた。
直後強烈な突風が体を攫い…私とアクアスは飛ばされた…。だが運が良いのか悪いのか…私の体は近くの壁に衝突して止まった…。
左腕を欠損した状態じゃ上手く受け身も取れず…全身を強打した体は…まるで麻痺したかのようにうつ伏せのまま動かない…。
辛うじて動く右腕で上半身を持ち上げ…顔をゆっくりと上げると…すぐそばに竜が立っていた…。竜はおもむろに右前脚を持ち上げ…こっちに近付けてくる…。
避けられない死ってのは…こういうのを言うんだな…。このまま踏み潰される運命を悟っても尚…藻掻くことすらできない…。
己の死を覚悟し…目をギュッと閉じて身構えた…。──────…っ? なんだ…? どうせなら一思いにやってほしいが…、何だこの焦らしは…?
恐る恐る目を開けると…竜の足裏がすぐそこまで迫った状態で止まっている…。依然として状況は理解できない…、奇妙な時間…。
「カカ様…!!」
「ぉ…!?」
変な状況に混乱していると、アクアスに体を強く引かれて足元から助け出された。足元から私が居なくなった今も…竜は何故か静止している…。
何だ…? 何が起きた…? 何か…見つめてるのか…? 何を見てる…? 竜の視線の先には何がある…?
竜の視線の先を探ってみると…それらしき物が床に転がっていた…。それはさっきアクアスに託そうとしていた〝短剣〟…。
突風に飛ばされた時手放してしまっていたが…それが何だってんだ…? 何で竜がそんなもんに意識を…?
そんな疑問を抱いていると…竜はようやく動き出し、こっちにゆっくりと顔を近付けてくる…。
「これだけやってまだ気が済まないのですか…?! この…!」
“フゥン!!”
「ぅあァ…?!」
折畳銃を向けた瞬間…竜は鼻から息を吐き、アクアスはまた後ろにぶっ飛ばされた…。1人残された私に…竜はぐんぐん顔を近付けてくる…。
だが不思議なことに…さっきまで鳴り響いていた〝音〟がしない…、無音だ…一切危機を感じない…。
「──── “mðargr lsæ reiðós…” 」
「──はっ…?」
えっ…何だ…今の…? 今までの咆哮とはどこか違う…、まるで言葉みたいな…。まさか…喋ったのか…?
ってか今の…聞き覚えがある…、気のせいかもしれないが…ガガテガ遺跡の深部に居た巨象も似たような言葉を発していた気がする…。
何かをぽつりと発した竜は…顔を遠ざけてジッと私を見つめている…。私もそんな竜から目を離せずにいたが…少しずつ意識が薄れていくのを感じた…。
予想外の事が色々起こり過ぎて混乱していたが…命に関わるほどの出血をしているんだった…。ヤバい…今意識を失ったら…死ぬ…。
“ポワァ…!”
「えっ…次は何…」
突如竜の角が青緑に光始めた…、とりあえず危機ではないみたいだが…もうあれこれ思考できるほど頭が回らない…。
一瞬目が眩むほどの強い閃光を放ったかと思えば…2本の角の間に青緑の光の玉が現れた…。人魂みてェ…召されるのか私…?
謎の光玉は真っ直ぐ私に向かってくると…なんと吸い込まれるかのように体へ入り込んできた…。流石に驚いて腹をさするも…光玉は出てこない…。
〝音〟がしないから特に危険ではないのかもしれんが…なんとなく気味悪い…。何したのか一つも分からないのが尚更…。
「カ…カカ様…、今…お助け…します…から…!」
アクアスがふらふらの足取りで戻って来た。よっぽど打ち所が悪かったのか…私のように頭から血が出ている…。
「待てアクアス…! 理由は分かんねェけど…竜から敵意が消えてる…、下手に刺激したらまた攻撃されるかもしれねェ…そしたら今度こそ死ぬぞ私達…」
何の気まぐれで敵意を失ったのかは知らんが…とにかくこの状況を活かさない手はない…。折畳銃を下ろさせて…こっちも敵意を示さないようにする…。
さっきアクアスだけ攻撃されたのは…恐らく折畳銃を構えていたからだ…。今の竜なら…武器をしまえば見逃してもらえる可能性が高い…。
案の定折畳銃を下げたアクアスが私のそばに駆け寄って来ても…竜から危機の〝音〟はしない…。
敵意が治まったからなのか…空を覆っていた偽物の夜空は次第に晴れ始め、目を焼くような眩しい日の光が差し込んだ。
「 “ゴルルゥ…” 」
「んっ…なんだ…? 向こうに何か…」
“フゥン!!”
「おわーーー…! とんでも威力…」
そっぽを向いたかと思えば…突然竜は鼻息を飛ばして壁や屋根を吹き飛ばした…。一瞬にして8階の更地面積が増えた…、アクアスだいぶ手加減されてたんだな…。
何故突然そんな奇行に走ったのか疑問が浮かんだが…壁や屋根が消えてスッキリしたその場所に、答えだけが残されていた…。
それは1階で見たものと同じ水晶玉。更地面積を増やしてまでアレをわざわざ私達に見せてきたってことは…「直せ」ってことね…古城を元の姿に…。
「そしたら責任持って直してやりますかっと…、おぉお…? あれ…上手く立てねェ…なんかふらふらする…」
「当たり前です…! 死んでもおかしくないほど重傷なんですから…! カカ様はここに居てください…! 私が行ってきます…!」
「おっおう…じゃあ任すわ…」
そういえば私…さっきまで意識飛びそうだったのに…、なんで今こんな意識ハッキリしてんだ…? ってか今気付いたけど…血も止まってる。
痛みもあるっちゃあるが…今までと比べるとかなり和らいでる。えっ何で…? あの光の玉のおかげ…?
血も止まって痛みも和らぐ光の玉か…──それでもまだ気味悪いな…。
「カカ様ー! 水晶玉に触りますねー!」
「はいよー、結構揺れるだろうから気を付けろよー」
アクアスが水晶玉に触れると、今度は洋紅色に輝き、間もなく古城が大きく揺れ始めた。
相変わらず物凄い揺れ…片腕じゃ上手く踏ん張れなくて転げそうだ…。ここほとんど壁無いし…転げ落ちないようにしなきゃな…。
床の亀裂に指を突っ込んで揺れが収まるのをジッと待つ…。竜は平然としながら必死に耐えてる私を見つめてる…、さぞ滑稽に見えてるでしょうね…。
そんな辱めにも必死に耐え…やがて古城の揺れは収まった。見える景色がさっきより低いし、無事に5階建てに戻ったみたいだ。
それを竜自身も確認すると、私達に背を向けて吞気にくつろぎだした。もう私達のことは眼中にもないのね…、まあ好都合だけど…。
大人しく逃がしてくれるのならばありがたく撤退しよう。ひとまず血は止まってるっぽいし、塊血だけ呑めばいいだろう。
アクアスの肩を借りて立ち上がり、短剣と衝棍と…向こうに無造作に落ちてた左腕を回収した。
石版も回収できたし、もうここに用は無い…けど…。やっぱり気になる…、さっきの〝言葉〟みたいな声…。
もしやこっちの言葉が通じたり…? 何を話すでもないけど…さっきは明らか私に話し掛けてた感じだったし…もしかしたら…。
「おーい竜ー! 私の言葉分かるかー?!」
「ちょっカカ様…!? 何をなさってるんですか…!?」
どうしても確かめたくて竜に喋り掛けてみる。背を向けてくつろぐ竜は私の声に反応して、体勢そのままにゆっくり顔を向けた。
「 “ゴルララララァ!!” 」
「ヒィィ…?! やっぱ無理だわコレ…! もういいや行こうアクアス…! 怒らせちゃう前に行こう行こう行こう…!!」
「何故怒らせるような真似を為されたので…!?」
──第140話 天辺への挑戦〈終〉
奇跡的生還──。




