第136話 トランス
──飛空技師は駆り出される──
まずは戦況分析──。
一度冷静に状況を整理しよう…。実に腹立たしい耐久力に苦戦させられてる上に…未知の毒によって呼吸困難と目眩に侵されている…。
しかもその毒は経皮毒系…触れたらアウト…、なのに攻撃すると毒性の粘液が飛び散るとかいうクソ性能…。盾で殴る以外に防ぐ術無し…!
斬撃ならあるいは飛び散りを抑えられるのかもしれんが…私はゴリゴリの打撃インファイターだからな…、相性最悪だぜ…。
唯一の救いは私が人族なことだけ…、だが適応にどれだけの時間がかかるかは未知数…ただでさえ毒そのものが未知なわけだから…。
「 “ギャーーーンッ!!” 」
「まあ…適応するのを…待ってはくれねェよな…。よーし来い…! 窮鼠猫を噛むだ…! ギリギリの底力を見せてやる…!」
相変わらず芸の無い単調な攻撃だが…こっちの体調不良がそれはもう物凄い足枷となっていて…激しい動きがめっちゃ辛い…。
詰まるところ…激しい動きが求められるフェイントなんてしてたら速攻で呼吸が間に合わなくなって死ぬ…。
よって動きは最小限に抑えつつ…これ以上呼吸が乱れないよう意識して回避行動する…! 反撃はしない…! 計画的防戦一方…!
突っ込んでくるウツボの動きをよく見て…石突をウツボの口に押し付けながら体を捻って受け流し、何とか回避に成功した。
だがこの状況がしばらく続くと考えると…いずれミスが生まれそうで怖い…。息が詰まりそうだ…、実際に息は詰まってるが…。
目眩も徐々に強くなりつつあるし…マジで早く適応を終えてくれ私…。でないと取り返しのつかない負傷をしちまう…。
「…っ?! こんな時にかよ…!」
ウツボはまた体を撓らせ…広範囲の薙ぎ払い攻撃を仕掛けようとしている…。今それは一番キツい…、この状況で避けられる気がしない…。
仮に避けれたとしても…もう1匹の追撃をいなせるかどうか…。──弱気になってる暇はねェな…、やるっきゃねェ…。
“──バァン!”
「 “ギュアァ…!?” 」
「おっ…サンキューアクアス…、これで負担が減ったぜ…」
後ろに控えていたウツボの目元が凍てつき、視界が塞がったことで暴れている。あれなら少しの間行動不能だろう。
後は私が攻撃を回避するだけ…だが…、ここにきて体の不調がピークにきている…。目眩が酷く…過呼吸時よりも呼吸ができない…。
衝棍を握る手にも力が入らない…。前と同じ方法での回避を試みて衝棍を頭上に持ち上げてみるが…全然回せない…。
それどころか…足元が…ふらついて…、まともに…動けない…。
そんな苦境に陥る中…無慈悲な薙ぎ払い攻撃が迫ってくる…。回避も防御もままならないってのに…、これは受けるしかねェな…。
“──ボォーーンッ!”
「ぅ…っ?!」
ダメもとで防御姿勢を取って待ち構えていると…迫ってくるウツボの体(首)が突然爆ぜ、爆風で私の体は後ろに押された。
そこへ薙ぎ払い攻撃が追いつき、爆風での加速も相まって勢いよくぶっ飛ばされた…。このままじゃ木に激突しちまう…、一か八かだ…。
「〝竜…撃〟…!」
不安定な空中で尚且つ強烈な目眩に襲われている状況下で放った一撃は、奇跡的に木へと命中し…ある程度勢いを相殺できたおかげで大事には至らなかった…。
ぶっ飛ばされた時の加速が役立ってか…衝棍を回さずとも十分な衝撃を生めたらしい…。不幸中の幸いだ…。
あのクソ混合獣の攻撃は…思ったより効いちゃいないな…。腕は痛むが…それも毒が消えれば問題なく動かせる範囲…。
恐らくはアクアスが間に挟んでくれた炸裂弾のおかげだ…、爆風で押されたことで…ある程度威力を後ろに受け流せたってとこか…。
助かった…が…、毒が消えないんじゃ危機的状況には変わりない…。これが何毒なのか分からん以上…解毒薬の効果も望めない…。
急げ…! 早く適応しちまえ私…! あんな神のお遊びアンバランス生物の毒なんかに…好き勝手されてんじゃねェ…!
寒さに比べりゃ…毒は得意分野だろ…?! さっさと消し去って…早く戻らねェと…、いくらアレスでも危険過ぎる…。
もし同じように毒に侵されたら…、アクアスの援護があってもやられちまう…。人手欠いてる暇はねェんだ…!
急げ…急げ…──急げ…!!
<〔Perspective:Alaes〕>
──ハァ…ハァ…、流石に避け続けるのも辛くなってきたな…。攻撃しようにも…粘液が飛び散るんじゃ攻撃のしようがねェ…。
遠目に見てたから分かる…粘液を浴びてから荒女は明らかに調子を崩してた…。っというより様子が変だった…。
恐らくは毒…、それも触れただけで侵されるヤバい毒…。そのせいで俺は行動を制限されちまってるし…荒女は攻撃をまともに喰らっちまってた…。
クソ…不甲斐ねェ…、荒女の様子の変化にもっと早く気付いてりゃ…攻撃を喰らう前に助けることができた…。
これじゃムルクのおっさんの言う通りじゃねェか…、このままじゃダメだ…! 腑抜けるな…! 何の為に自分が居るのか自覚しろ…!
今最優先ですべきなのは荒女の安否確認だが…俺が動けば混合獣も追って来ちまう…、そうなりゃ状況は悪化する…。
逆に俺が反対方向に引き付ければ、とりあえず荒女に危険が及ぶことはなくなる。俺の負担は増えるが…弱音なんざ言ってられねェ…!
「おいっ!! ジルゥ! カブ! 荒女の安否を確認しろっ!」
「えっ…?! う…うん…! 分かったよ…!」
「ネェネェ~ボク名前パークって言うノ~、カブなのは見た目ダケ~」
うるせェ奴だな…さっさと行けってんだ…。1人で首4つ相手にすんのは相当骨が折れる…、悪いがメイドは行かせられねェ…。
荒女はそう簡単にくたばるタマじゃねェし、連中に任せておけばとりあえずは大丈夫だろ。むしろ問題はこっちだ…。
受け身な状況を強いられているこの苦境をどう覆すか…。何か活路を見出さねェと…仮に荒女が復帰したとて事態はそこまで好転しねェ…。
混合獣の執拗な攻撃を躱しながら…どこか攻撃できる場所はないか探してはいるが…、都合よくそんな弱点は見つからねェ…。
しかも首が2つ攻めに加わっただけだってのに…まるでさっきまでとは別物…。合間なく繰り出される連撃は…まるで止まる気配がない…。
ゴリゴリ体力と気力が削られる…、流れを変えるんなら早くしねェと手遅れになっちまう…。どこかねェのか…?! 攻撃できる場所は…──っ!
ハハッ…あるじゃねェか…問題なく攻撃できるスポット…! やっぱ焦りは禁物だな…視野が狭くなっていけねェ…!
「──〝斑千風〟…!!」
「 “ギャウッ?!” 」
ウツボ共の攻撃と攻撃の間に生じるほんの一瞬の隙をつき…ずっと棒立ちしている隙だらけの胴体に斬り込んだ。
やはり粘液が滲み出てるのは首のウツボ部分のみで、クマ部分も肉質こそ硬いが問題なく斬れる…!
しかも首が無駄に長ェせいで、胴体の下に入り込まれると手出ししづれェみてェだな。これは思いがけない収穫だ。
このまま胴体の下から脚を攻撃し続ければ、いずれ立つことも出来なくなる。何なら前脚後ろ脚どっちか片方だけでも十分移動能力を削げる。
逃げ切ることも十分可能な筈だ、粘液で首を狙えなくなった以上この方法しかねェ。──胴体にもまだ隠し玉がなけりゃの話だが…。
ひとまず俺は脚を斬り続けて、できるだけ出血を促す。血を入れておける入れ物を持ってねェから…空き瓶持ってる筈の荒女が復帰するまで採決はお預けだ。
「 “ギュオーーーンッ!!” 」
「無駄だウツボ共…! こっからは攻守交代だ…! 〝斑千風・旋截〟…!!」
体を回しながら超加速で脚を斬り刻む。狙うは右前脚、一度目の攻撃でできた傷口を更に広げてやるイメージで攻撃を重ねる。
一度攻撃を成功させたら少し距離を取る。斑千風にはどうしてもインターバルが要る…その間に攻撃されて無駄な体力を消耗したくはない。
だが当然向こうもこちらを見つけ次第、さっき同様首を伸ばして攻撃しようとするだろう。まあそこまでは許容範囲だ、粘液触れさえしなければとりあえずいい。
ここまでの戦いで混合獣について大体分かってきた。基本的に能動的なのは4つ首で、胴体はほぼ置物同然の木偶の坊。
恐らくは脳が4つある弊害だ。タコみてェなのと違って、全体を統括する中枢的な役割の脳が無ェんだろうな。
ただ脚を動かしての前進後退みたいな単純行動はできても、獲物に対して攻撃を行うような行動ができねェんだろ。
それぞれの首が我先にと攻撃してくるし、上手く誘ってやれば同士討ちみたいなこともするしな。荒女がやってた気がする。
目的が一致すれば体を動かせるが、獲物を食べたいっつう欲求を4つ首がそれぞれ抱いてるから…単純な噛みつきぐらいしか攻撃手段を持たねェわけだ。
いくら強かろうが…そりゃ絶滅もするわな…、むしろ何でこんな生物が生まれたかが分かんねェ…。神のきまぐれにも困ったもんだ…。
「 “ギャオォ!!” 」
「おっと見つかったか…だが遅かったな、もういっちょいくぞ…! 今度は見失わなきゃいいな…! 〝斑千風・旋截〟!!」
再び超加速で右前脚を斬りながら腹の下へ潜り込む。いきなり倒れ込んだりしそうで少し不安だが…ウツボ共の死角なのはありがてェ。インターバルを待てる。
しかし中々粘るな…、普通の生物ならとっくに倒れ込んでてもおかしかねェってのに…。低知能を補って余りある頑丈さだな…。
これを本気で倒そうとしてた荒女ヤベェな…、蛮勇過ぎるだろ…。メイドと頭巾は普段から苦労してそうだな…。
っとか考えてる暇はねェな…見つかってないんならこっちからアクションを起こしてやるか。静かにインターバルを待つほど優しくはねェ。
「〝無心の剣〟!!」
「 “ギュアァ…?!” 」
がっしり両手で握り、限界まで振りかぶって放った一撃は今までで一番の深手を与えた。やっぱ威力だけならこっちのが出る。
当然今ので居場所はバレたが、ちょうどいいし俺も荒女と同じことを試してみよう。右前脚のそばから動かず、ウツボが迫ってくるのを待つ。
負傷した脚のそばに居るし…流石に釣られねェかもと思ったが…普通に大口開けて突っ込んできやがった…。正気じゃねェな…。
まだ斑千風は使えねェが、このぐらい避けるのは造作もない。ギリギリまで引き付け、噛みつく為により一層口を開いたタイミングで素早く屈む。
今更攻撃を中断できる筈もなく、狙い通りウツボは右前脚に噛みついた。硬い筋肉に歯が食い込む鈍い音が聞こえ、他3つの首が悲痛な声を上げる。
これでもまだ膝はつかねェが…もう一声のところまできてる筈だ。このまま畳み掛ければ直に右前脚は使い物にならなくなる。
十分インターバルもあけたし、自傷に悶えてる内にもう一撃決めてやっか。一番出血が酷い箇所を狙い澄まして…三度目の旋截を喰らわせる。
今のでようやく右前脚が小刻みに震え始めた。ようやく限界が見えてきたな…、かく言うこっちもそろそろ脚が限界だが…。
斑千風はあと2回ぐらいしかできねェかもな…。その間に膝をつかせなきゃ…粘液に触れられねェ俺は何もできなくなる…。
胴体下に潜り込むので1回…万が一混合獣が倒れた場合に備えて避難する為に1回…、無駄には使えねェ…。
もう一撃…無心の剣を決めれば崩せそうな気はするが…、ここにきてウツボ共が行動を変えやがった…。
右前脚までのルートを塞ぎつつ…こっちの出方を窺ってやがる…。さっきみてェに攻めてくれりゃ…隙を突くのも容易なのによ…。
だがこっちから無理やり攻めるのは得策じゃねェ…、斑千風無しじゃこっちが圧倒的に不利な立場なのは変わらねェからな…。
どうにか向こうから攻めてこさせねェと…──んっ?
「──ォォォォオオオオラァァ!! 待たせたなウツボ共ォ…! 美人なお姉さんが死の淵から舞い戻ったぞォ…! ハーッハッハァ!」
「荒女…! オマエなんか…ハイになってねェか…?」
「私初めての毒に適応し終えるとトランス状態に入るんだよねっ! さっきまで苦しかったから今最高に気分が良いっ! 今どういう状況か分かんねェけど、とりあえずウツボどつけばいいよなっ?! 私に任せーーいっ!!」
スゲー生き生きとウツボぶん殴ってやがる…、もう粘液とかお構いなしだな…。今だけは人族を羨ましく思える…。
「あっヤベ忘れてた…、おい荒女…! 空き瓶があったら俺に渡せ…!」
「空き瓶…?! あるに決まってんだろ舐めんなァ! おら受け取れ色男ォ!」
「ちょっ…どこ投げてんだバカ…! ──あっ…ぶねェ…」
地面に落ちるスレスレでなんとかキャッチ…、あの野郎…脚がつれェ時に無駄に走らすんじゃねェよ…。ったく…トランス荒女厄介だな…。
だがその荒女が好き勝手暴れてるおかげで…ウツボ共が相手せざるを得ない状況に陥ってるのはありがてェな。
これはまたとないチャンスだ、どさくさに紛れて潜り込み…血を採ってから全力の一撃を脚に喰らわせる…!
2匹のウツボが荒女の相手をし、もう2匹は依然として俺の動向を窺っているが…トランス荒女はそれすらも許さない立ち回り…。
4匹全員を相手にせんと言わんばかりに手当たり次第殴りまくってやがる…。こっちの意図を汲み取っての行動なのかは知らんが…これはマジで助かる。
ウツボも流石に黙って殴られ続けることは看過できず、突如現れた台風の目を全力で排除しにかかる。
全てのウツボの視線が荒女に注がれた瞬間を見逃さず、斑千風で一気に胴体の下へ攻め込む。
荒女のおかげでウツボ共は1匹としてこっちの存在に気付いていない。おかげで安全に渾身の一撃を叩き込める…!
「〝無心の剣〟!!」
「 “ギュワァァァ?!!” 」
限界寸前の脚にぶつけた渾身の一撃によって、ついに混合獣は膝をついた。ガクンッと体が斜めになり…悲痛な声が轟く。
なんとか第一の目的は果たせた。そしたら素早く剣を鞘に収め、今度は空き瓶を手に傷付いた脚へと駆け寄り、並々と血を瓶に注ぐ。
これで全ての目的は果たした、後は逃げるのみ。この負傷じゃ追うこともままならねェだろうし、ジルゥ・パーク抱えても逃げきれるだろ。
「撤退するぞ荒女…!」
「流石仕事が早ェなァ! じゃーなクソ混合獣共ォ! せいぜい感染症には気を付けろよな~!」
「どこに居るか分かんねェが、行くぞ非戦闘員共!」
「待ってたよ!」
「やっとダヨ~」
やはり予想通り、混合獣は追って来ようとはするものの…脚の傷が痛んで全く追って来れていない。
ハンターとして倒し切れなかったのは少々心残りではあるが…今は守らねェとならないものが多いからな。悪く思うなよ、縄張りのヌシ。
──第136話 トランス〈終〉
得るものを得て、勝利の撤退──。




