眼中にない、液体、達成感
「・・・・・・はなさん。ちょっとお願いがあります」
「はい。どうしました?」
「目薬を、差してください・・・・・・!」
「・・・・・・はあ?」
そうしてぼくは、そっと、手に持った目薬を差しだす。
「うまく差せないんだよ・・・・・・」
なんか情けない話だ。
「うまく差せないですか・・・・・・」
「差せなかった・・・・・・」
うう、とうなだれていると、
「お? 何の話だー?」
ナオさんもやってきた。
「ナオさん。これをやってみてください」
ナオさんに目薬を渡してみる。
「お? 目薬か? ちょっと待て」
ナオさんは上を向く。
片目を閉じ、もう片目は指で広げ、上に伸ばした手から目薬を一滴。
ぼくが見ている前で、ぽたっと目に当たる。
「で、こっちな」
左右を入れ替えて、もう一滴。
「こうかー?」
「・・・・・・上手にできたね」
「そうか? 難しくないぞ? これ」
「ぬぐぅ・・・・・・」
なんでもない調子で目薬が返された。
「おー。はな、ちょっと悪い。ティッシュかなんかない?」
「ああ。はい、どうぞ」
はなさんが差し出したポケットティッシュで、目の辺りを拭うと、ぼくの方を見て、ナオさんは首を傾げた。
「で? どうした?」
「いや。なんかうまくできなくてね」
「なんだー? サンは目薬下手か!」
目薬下手か、と言われるとなんか腹立つ。
とはいえ、事実だから言い返せない。
「ちょっと、やってみ?」
ん、ん? とナオさんが見てくる。
はあ、とため息を吐いて、
「じゃあ、ちょっとやってみるよ?」
ポーズ自体は、さっきのナオさんと同じ。
右手に目薬を持って、右目の上へ。
左目は閉じて、左手の指で目の上瞼と下瞼を押して広げる。
「んー・・・・・・」
片目でぼんやりする視界の中で、目薬の瓶の先っぽを見つめて、
「む!」
ぽたっと、液体が落ちてきた。
瞼の上に落ちたのが、ちょっと冷たいので分かる。
目に入っていない。
つまり、
「眼中にないということか・・・・・・!」
「何をちょっとうまいこと言ってやったみたいな顔しているんですか」
はあ、とはなさんがため息を吐いた。
「・・・・・・うまく差せないんですね?」
「なんか外れる。・・・・・・うまく差せるの、三回に一回くらい」
「外しすぎだろー!」
けらけらとナオさんが笑っている。
「・・・・・・瞼の上か、目の下あたりに落ちるんだよね」
目に入らなかった目薬をぬぐう。
「でも、どうして目薬なんか?」
「いや、なんか目がかゆくて」
「花粉症か?」
ナオさんに問われるけれど、ぼくとしては否定したい。
「今、別に季節じゃないじゃん」
「季節関係なく、花粉ってやつは飛んでるらしいぞ?」
「たぶん、違うよ。ぼく花粉症じゃないし」
「じゃあ、なんだ?」
「いや、ちょっと夜更かししちゃってね」
自慢できることではないのだけれど、
「ゲームに夢中になって気づいたら結構遅い時間までやっててさ。朝起きたら目がかゆくて」
「駄目な奴だなー!」
ナオさんはまたけらけらと笑った。
「サン。あまりそういうのはよくないですよ?」
「わかってるって。ちょっと夢中になり過ぎた。おかげで少し眠くて・・・・・・」
あふ、とあくびが漏れた。
「ちょっと眠った方がいいのでは?」
「んー。それはもったいない。というわけで眠気覚ましも兼ねて目薬だ、と思ったんだけど」
「うまく差せなかった、と」
「ん・・・・・・」
うなだれる。
「どうしようもないな!」
ナオさんはけらけら笑っている。
「しょうがないですね」
はあ、とはなさんはため息を吐いて、
「ほら、サン。そこに座ってください」
「ん」
椅子に腰かける。
目の前にはなさんが立って、ぼくを見下ろしている。
「目薬」
「はい、どうぞ」
手渡す。
「じゃあ、上を向いて」
「はい」
顔を上向ける。
はなさんが覗き込んできた。
近い。
「では、行きますよ」
はなさんがぼくの目を狙って、目薬を落とす。
「む!」
瞼の上に落ちた。
「・・・・・・・・・・・・」
思わず目を閉じてしまった。
「ふう・・・・・・」
はなさんがため息を吐いて、
「もう一度行きます」
今度は瞼を手で押さえつけられた。
狙って、ぽたっと落ちてくる。
「む」
瞼は閉じなかったけれど、目に入った気がしない。
「あー。まつ毛で止まったな」
「ええ。失敗ですね」
もう一度、とはなさんはつぶやいて、
「はなさん。痛い」
「がまんしなさい」
目を抉り出すんじゃないかと思うような強さで、上下の瞼を指で押し広げられ、
「むお」
目に冷たいのが入った。
「・・・・・・おー。差せた」
「三回に一回な!」
またナオさんがけらけらと笑っている。
「次。もう片方の目を行きますよ」
「はいはい」
また瞼をぐぐぐ、と押し広げられて、
「はい」
「おう」
ぽたっと、一滴。
目に冷たさを感じる。
「むーおー」
ちょっとぬぐって、ぱちぱちと瞬きし、
「あー。気持ちすっきりした」
「よかったですね」
「ありがとうね。はなさん」
「どういたしまして」
ふふふ、とはなさんが笑っている。
目が潤った感じで、気分もいい。
「・・・・・・でも、夜更かしはしないようにしましょうね」」
「気を付けます」
+++
「・・・・・・あー」
目が乾いた。
夜、家に帰って、蒸し暑いのでエアコンを回していたら、なんか目が乾いた気がする。
「むむう・・・・・・」
目薬はある。
だが、うまくさせるのか。
「・・・・・・はなさん、なんかアドバイスない?」
メッセージを送ってみた。
『仰向けになって差してみたらどうですか?』
「仰向け・・・・・・」
仰向けになり、瞼を指で押し広げて、
「む!」
差せた。
「もう片方・・・・・・」
こちらも、難なく成功してしまった。
「・・・・・・おお! 見つけてしまったか!」
こうすればうまく差せる。
「はなさん。ありがとう!」
ぼくが自分だけでできる目薬のうまい差し方を見つけた。
達成感を感じた。
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