山羊、作家、瓶
「ちょっと思ったんですが・・・・・・」
休日、はなさんと二人で喫茶店で雑談をしていた時だった。
はなさんがぽつ、とつぶやいた。
「なあに?」
「サンからは、お母さんとおじいさん、おばあさんのお話はよく聞きますが、お父さんは何をしている方なんですか?」
はなさんの質問に、ぼくは父さんのことを思い出して、悩む。
「父さん? ・・・・・・一応、作家?」
一応、そのはず、だ。
「疑問形なのは、なぜですか?」
「本人がそう名乗らないから。あと、何て名前で書いてるのかも知らないし」
「知らないんですか?」
「知らない。本名で調べても出てこなかったから、多分ペンネームかなんか決めてるはずだけど、ぼくは教えてもらってない」
肩をすくめて、はなさんに答える。
実際に、ぼくは父さんがどういう名前で活動しているかは知らない。
本は出している、とは言っていた。
ただ、あまり大きな賞を取るほどには有名じゃない、とも言っていた。
「・・・・・・どっちかっていうと、コピーライター? あの、キャッチコピーとか考えたりするあっち系の仕事をしていることが多いみたい。あと、なんか本じゃないけど、ゲームとかの脚本書いたこともある、とかは言ってた、かな? 名前分からないからどの作品かもわからないんだけど」
ただ、父さんはなんというか、線が細い文系見たまんまで、頼りない。
正直、すごく稼いでる、とか言われたら、ものすごくうさん臭く感じるだろう。
久しぶりに、父さんのことを思い出した気がする。
+++
父さん、というと、どうにも頼りない印象の方が強い。
農家の祖父母は結構がっしりした体つきだし、叔父さんなんかも結構体つきはしっかりしている。
一方で、父さんは背はひょろりと高いが、どう見ても細くて、力仕事ができそうには見えない。
一方で、家で静かに仕事をしている分には、父さんの姿はなんとも決まって見えた。
「・・・・・・・・・・・・ん~」
あれはぼくが、学校の課題か何かで、両親の仕事を調べることになったのだったと思う。
そして、当時のぼくからしてみると、父さんの仕事というのは謎に満ちたものだった。
「学校で、どれだけノートに文字書いたって、お金なんかもらえないじゃない? なのにどうして父さんは文字を書いているだけでお金がもらえるの?」
そんな質問を投げかけた覚えがある。
それに対し、父さんは一瞬ぽかん、としてから、爆笑した。
確かにそうだ、と膝を叩いてひとしきり笑った。
そのあとで、ぼくに言った
「ぼくは、ぼくの書いたものをお金にするために努力をしている。でも、君はその方法を知らないし、努力もしていない。その差だね」
「じゃあ、ぼくも努力したら学校の宿題でお金もらえる?」
「やり方さえうまくやれば。・・・・・・でも、ぼくはその方法は知らないなあ・・・・・・」
父さんは苦笑しながらそんなことを言って、ぼくの頭を撫でた。
「そうだ。書いた紙を山羊の餌にすればいい」
「だったら、ただの紙でいいんじゃない?」
「・・・・・・ほんとだ」
ふっふっふ、と父さんは笑っているので、ぼくは問いかけた。
「・・・・・・作家って何やるの?」
「何でもやるよ? そして、やったことを文字にして、お金を払ってくれる人のところへ持って行くんだ」
父さんの仕事には謎が多い。
作家というと担当さんとかいると思うのだが、父さんはその人との打ち合わせはいつも外でやっていて、家に連れてくることはなかった。
「父さんは友達いないの?」
「・・・・・・父さん、その言葉はすごく傷ついた」
+++
「割合面白い父さんだよ? 作家ってインドアだと思うんだけど、なんか家の外に出ていることが多かったねえ」
「遊んでもらったりしました?」
「・・・・・・いや、その当時のぼくは結構なやんちゃで、父さんの体力など一瞬でゼロにしてしまっておりまして・・・・・・」
ちょっと遊ぶと息切れする父さんは、非常に虚弱だと思った。
「正直、父さんのことは舐めてたね」
体力がない。
一緒に遊べない。
それに比べて、お母さんは、よく一緒に遊んでくれた。
その差は大きい。
「ただ、親しみはあった。なんだかんだ、居心地のいい相手だし」
「居心地?」
「うん。何て言うのかなあ? 背景みたいで、しっかりとそこにいて。安心する。いつも同じ部屋にいたから、言いたくないけど、寂しいときはそこに行けば安心だった」
「まあ・・・・・・」
はなさんからは微笑ましい、と目を向けられる。
「そういうことに気づいたのは、高校生になるぐらいのときだけどね」
「何かきっかけが?」
「特別なことは何も。ただ、中学の卒業前に親に対する感謝文みたいなのを書いてね」
「授業で?」
「そんな感じ。で、その時に、あらためて、父さんについて考えた結果、自分で思っている以上に、ぼくは父さんを頼りにしていたんだな、と」
「自分で気づけるとはすごいですね」
「そう、なのかなあ? 親のすごさは、ちょっと考えたら分かることじゃない」
「そうですか?」
「はなさんは分からない?」
「今は、なんとなくわかるようになりましたよ。でも、子供のころは全然わかりませんでしたけどね」
「そうかあ」
普通はそういうものなのかなあ、と思う。
ぼくは、舐めてはいたけれど、尊敬もきちんとあったと思う。
思うだけだけど。
「なんか豆知識とうんちくを語らせると、思わず聞き入っちゃうくらいには、話がうまいんだよね」
「それは、楽しいお父さんですね」
「学校の宿題で分からないところは、聞けば大体教えてくれたね。数学以外は」
「文系でしょうから、それは仕方ないのでは?」
「なんで勉強しなきゃいけないの、と聞いたら、しなきゃいけないんじゃない。しても損はないだけだって言ってた」
「しても損はない、ですか」
「そう。スポーツはしたらケガをするかもしれない。商売はしたら借金するかもしれない。だけど、勉強して馬鹿になったっていう話だけは、聞いたことがない、だって」
「・・・・・・・・・・・・なるほど。確かに」
「ね。普段からこういうことばっか考えてるから、作家にならざるを得なかったんだ、とか自虐みたいな自慢してた」
変といえば、変な父さん。
「今も多分、自分の部屋で何か書いてるんじゃないかなあ?」
その後ろ姿だけは、容易に想像がつく。
「・・・・・・父の日、何か送りましたか?」
「ん? ・・・・・・あー」
ぽりぽり、と頬をかいて、
「瓶詰のオレンジジャムをね。父さんの好物なんだ」
「親孝行。えらいですよ」
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