モニュメント、音、カプチーノ
コーヒーを淹れる手つきを眺める。
喫茶店のマスターの手並みは、やはり慣れている、と思う。
よどみないのだ。
確かめるような動作はなく、決まった動作を決まったようにやって、おいしいコーヒーが出来上がる。
陶器のカップへとコーヒーを注ぎ、その上に泡立てたミルクを入れる。
カプチーノだ。
あと、アイスコーヒーと、カツサンド。
トレイに載せて、テーブルへと運ぶ。
「お待たせしました」
テーブルの上に注文された品を並べる。
「ありがとございます」
運ぶ先は、当たり前みたいにはなさんの席だった。
ただ、今日は少し珍しい。
「おー。うちのカツサンド!」
向かいの席に、ナオさんが座っている。
「注文の品はこれで全部、ですね?」
毎度のことながら、接客をしている側としては、それ相応の態度が必要だけど、はなさんやナオさん相手だと、いつもお砕けた調子になりかねなくて、ちょっと話し方に違和感が出る。
伝票を置いて、店内を見回す。
相変わらず、はなさんのいる時間帯は客がいない。
そこまで確認して、ぼくはナオさんに話しかけた。
「・・・・・・ナオさんがここに来るのって、初めてじゃない?」
「んー?」
大口開けてカツサンドを頬張ったナオさんが、テーブルの傍らに立っているぼくを見上げてきた。
頬が膨らんでいる。
もっきゅもっきゅと口が動いて、ごくん、と飲み込んで、
「あー。そうな。たまたまそこではなと会わなかったら、ここは来てないな!」
ははは、とナオさんは笑っている。
「ていうか、サンはここでバイトしてるんだな?」
「今もバイト中だからね? 他にお客さんいないから雑談できてるけど」
「あー。まあな。・・・・・・なんで客いないの?」
「時間帯の問題だね。大体この時間はこんなもんだよ」
「ああ。そうなんか」
ふーん、とナオさんは頷いて、またカツサンドに齧り付いた。
なお、この店のカツサンドは結構でかい。
ハーフサイズもあるが、普通に一つのサイズだと、それだけで一食分になるくらいにはボリュームがある。
初めて来たお客さんが、小腹が空いたから、と注文して、思ったよりも大きいのが来てビビるのは、バイトを始めてから何回か見た。
「・・・・・・ていうかさ。ナオさん。カツサンドおいしい?」
「ん? めっちゃうまい。なんだこの揚げたてカツとおいしいソース。ちょっとぴりっとすんのはマスタードか? キャベツシャキシャキだし、めっちゃうまい! 作りたてって感じな!」
すごいテンション高く食べてる。
しかも早い。
カツサンドは、一応食べやすい程度のサイズには切ってあるけど、もう半分減ってる。
ぼくだと、おなか空いている時でも、もう少しゆっくりじゃないと食べられない。
「さっき、裏の厨房で作ったやつだからね。作ったのはぼくじゃないけど」
「おう。めっちゃうまい!」
ナオさんの元気な声に、カウンターの裏に立ってカップを磨いているマスターが、にや、と口元を緩めた。
常連は近所が多いとはいえ、いくつかの軽食は学生向けにボリュームがある。
そのボリュームと味、そして、できる限り安い、という条件を満たすのは、結構大変らしい。
だから、元気よく褒められると嬉しいのだろう。
「気に入ったなら、また来てね。今日はカツサンドだけど、挟むものは日替わりだから」
「マジか!」
「コロッケだったり、エビカツだったり、ナポリタンとか焼きそばの時もある」
「おおう。マジかー!」
ナオさんのテンションが高い。
「ふふ。わたしはいつもこの時間なので、あまり食べないんですよね」
「はなさんは、クッキーとか、プリンとかだね。・・・・・・今日はいいの?」
「ええ。今日はこれで」
ふふふ、とはなさんはカプチーノの入ったカップを掲げる。
「はなはこの店よく来るのか?」
「ええ」
「はなさんは、ぼくがバイトしている日は毎回来るよ?」
「・・・・・・毎回?」
「うん。毎回、大体このくらいのお客さんがいないときに」
「・・・・・・・・・・・・すげえな」
ナオさんも、はなさんの来店タイミングについては思うところがあるらしい。
「すごいよね」
本当、どうやってシフトとか把握しているのやら。
というか、自分の予定とか大丈夫なんだろうか。
「いえ、今のところは、わたしの方も予定ないですし、これからも毎回来れるかはわかりませんよ?」
にこやかに言っているけど、はなさんはこれからも来そうな気がする。
「お金は大丈夫なの?」
「いえいえ。毎回それほど注文しているわけでもないですし、微々たるものですよ」
「全部合わせると、一月で二万位はいくけどね」
「バイトもしてますから」
「・・・・・・・・・・・・ぼく、はなさんが何のバイトしてるのか知らないけどね」
「こわ」
ナオさんが戦慄している。
「いえ、サンみたいに決まったところでバイトしてなくて、短期バイトを選んで繰り返しているので、何のバイトしている、とか、教えられないだけですけどね」
「ちなみに、今までにやったバイトは?」
「交通量調査、犬の世話係、イベントの受付、行列の整理員、荷物整理、ゴミ捨て、ティッシュ配り、公園のモニュメント周りの清掃、そのほかもろもろ・・・・・・。大概、一日か二日で終わっちゃうやつばっかりですね」
「へえ・・・・・・?」
そういえば、大学にはそういうバイト募集の掲示板みたいなのあったよなあ、と思う。
「サークルの先輩たちも、なぜかそういう短期バイト詳しいですし」
「あの人らの人脈は謎だよね。まあ、この喫茶店紹介してくれたのも先輩たちだから、あんまり悪くは言えないけど」
「そういうものだと思うしかないですよ」
ふふふ、とはなさんは笑っているが、それを見てナオさんがちょっと引いてる。
「お、おー。お前らはバイトしてて偉いなー」
「ナオさんはバイトしてないの?」
「おう。うちはそういうのしてない。ぶっちゃけ、高校中から副業しとるんでなー。そっちできっちり収入でてるし、大学卒業したらそっち本業にするつもり」
「・・・・・・・・・・・・何やってるの?」
「内緒。教えるとおもろないでな」
けけけ、とナオさんは笑っている。
「ぶっちゃけ、もしかするとうちがこの中で一番金持ちかもなー」
ナオさんのイメージからするとかなり違う感じもあるが、
「・・・・・・・・・・・・イラスト系?」
「へへへ、さて、どうかなー?」
はぐらかされた。
「むむう。正直その収入源には興味ある。・・・・・・デイトレード」
「あれは怖いから手は出さない」
「おや? 意外と堅実・・・・・・」
「お金はすぐなくなるから。ちゃんと稼ぐ手段は大事だぞ」
割とナオさんは豪快というか、がさつっぽいイメージがあるので、こういうセリフには違和感がある。
「ん」
ドアベルの音が鳴る。
「お客さん来たから行くよ」
「はい。お仕事頑張ってください」
「おー。がんばれー」
二人のテーブルから離れて、来店されたお客様に笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」
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