ルームシェア、フランケンシュタイン、辞世の句
改めて、はなさんを考えてみる。
大学の入学式の翌日。
大学の正門で出会った、今となっては無二の親友。
ある意味では、あれも一目ぼれの一種かもしれない。
初めて会った瞬間に、この人は敵ではないと安心した。
いつもにこやかに笑っている。
あるいは、穏やかに微笑んでいる。
基本的に笑顔だけれど、講義中は真面目な顔だ。
横顔を見ていると、ぼくの方を見て、少し厳しい表情で、
「集中しなさい」
め、と小さく叱ってくる。
それで前を向くと、小さく微笑んで、同じように前を向く。
あまり怒るところは想像できないけど、怒ると怖いと思う。
以前、熱があるのに大学に行こうとしたら、めっちゃ叱られた上に、力づくで寝かしつけられた。
そのあと、じっくり看病してくれたことには、感謝しかない。
いい人だ。
そして、優しい人だ。
「はなさんがさ」
「はい」
「絶対に許せないことって、何かある?」
「ええ? 急に言われても・・・・・・」
うーん、と悩んでいる。
ぼくより少し背が高いはなさんは、基本的に上体の動きが緩やかで少ない。
そのおかげか、とても落ち着いた雰囲気がある。
今も、顎に手を当て悩む姿は、真っすぐな姿勢と合わさって、とても落ち着いて見える。
「特に思い当たりませんね」
「食べ物の好みとか、こだわりとか・・・・・・」
「好き嫌いはありませんからねえ」
「嫌いなものはなくても、好きなものはないの?」
「うーん。・・・・・・ジャガイモ?」
「なんでまた?」
「ジャガバター、いいですよね」
「いいけども」
くすくすと笑っている。
単純に、今食べたいものだな、という気がした。
こういうところだ。
はなさんは、聞けばなんでも答えてくれるけれど、一方でこれと分かる情報はくれない。
好き嫌いなんかは最たるもので、甘いものも辛いものもこだわりなく食べてしまう。
キレイかわいいかっこいい。
服の好みにしても、どれでもよさげだ。
センスはいいのだけど。
趣味は読書だろう。
休日なんかは、暇があれば本を読んでいるっぽいし、家の本棚も本で一杯だった。
「はなさんって、映画とかはよく見る方?」
「どうでしょう? 年に二回、あるかないか?」
「一人で映画館に行って見るの?」
「そうですね。映画館は基本的に一人です。・・・・・・そういえば、友達と映画館に行くとか、あまりしませんね」
「そうなんだ」
「サンはどうなんです?」
「ぼく? ぼくは友達とはよく行ったよ? 一人でも行く」
「何を見るんですか?」
「友達と行くときはアクションとかサスペンス。一人で行くときはアニメ」
「なるほど」
「はなさんは?」
「わたしは、激しいのはあまり見ないんですよ。コメディー、ドキュメンタリー、歴史もの、くらいでしょうか」
感じるのは、総じて静かで落ち着いた雰囲気の人だ、ということ。
「うーん・・・・・・」
「どうしたんですか?」
「うん。うーん・・・・・・」
はなさんに聞かれて、はなさんに聞いていいものか迷った。
でも、どうせだから、と聞いてみる。
「はなさんってさ。いつも割と落ち着いてるから、感情一杯に振り切れるとどんな感じか知りたいかなあって」
「またおかしなことを」
「泣かせたりしたいわけじゃないけど、テンション振り切ってるはなさんは見てみたい」
テンションの上がったはなさん。
とても面白そう。
「わたしに言っても、テンションは上がりませんよ?」
「まあね」
言ってもしょうがない。
「まあ、これからの付き合いで、きっとどこかで見れると信じて」
「おかしなことを言い出しますねえ」
はなさんが苦笑している。
「・・・・・・フランケンシュタイン」
「はい?」
「いや、フランケンシュタイナー」
「それをかまされたら、いくらわたしでも怒りますよ」
「いや、ケガするからやらない。・・・・・・さすがにね」
はなさんの頭を腿で挟み込み、バク転の要領で地面にたたきつける。
「普通にやったら死ぬねえ」
「大けが間違いなしですね」
「まあ、さすがに誰でも怒るから、これはなし」
さて、他には、
「はなさんが好きなものとか分かればなあ。ものすごく好きなものを集めてテンション上がりまくり、とかあるかもだけど」
「そこまでこだわりがないですね」
「まあ、ぼくもそこまでのこだわりのあるものあるか、と言われると思いつかないけど」
「サンの場合は、なんでしょう? サプライズに弱い感があります」
「え? そう?」
「そうですね。不意を突いておいしいものを差し出すと、目に見えてテンションが上がります」
「そうかな・・・・・・」
見抜かれてる、と思うと、なんか恥ずかしい。
「うーん」
はなさんの普段の生活様式を考える。
「ルームシェアとかして、しばらく一緒に住んでみると、無自覚なこだわりとか見えそうな気もする」
「あー。そういうのはあるかもしれません」
はなさんも頷いている。
「サンだって、結構細かいこだわりありそうですし」
「ふむ・・・・・・」
ちょっと考えて、
「とりあえず、今日はなさんの家に泊ってみる、というのはどうだろう?」
「ほほう?」
はなさんの目が怪しく光る。
「そういえば、わたしがサンの家に泊ったことはありますけど」
「課題がたまった時の徹夜とかね」
「サンがわたしの家で一夜を過ごしたことはまだなかったですね?」
「いいかたー」
苦笑する。
思い返してみると、はなさんの家に泊ったことはない。
なんだかんだ、はなさんの家ははなさんの実家なので、はなさんのご両親も一緒に暮らしているからだ。
「・・・・・・でも、たまにはいいですね」
「お休みからおはようまではなさん」
「それを言うなら、サンも同じですけど」
今日ははなさんのご両親が留守だというので、やってみようか、という話になった。
+++
はなさんの部屋で、本棚から出した本を読んでいて、あくびが漏れた。
「・・・・・・・・・・・・」
そのあくびに対して、反応がない。
はなさんは、帰りに買った本に夢中になっている。
「・・・・・・はなさん。もう寝ない?」
「そうですね」
ぺら、ぺら、とページをめくる手が止まらない。
なんというか、すごい生返事をされた。
ちょっと、いら、としたので、
「えい」
はなさんが読んでいる本をつまんで取り上げてみる。
「・・・・・・・・・・・・」
はなさんが、固まっている。
おや、と思ったところで、
「サン。返しなさい」
「えー。もう夜遅いし、寝ようよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
しばらく、はなさんはじっとしていたが、はあ、とため息を吐いて、
「まあ、そうですね。もう夜も遅いですから」
電気を消して、それぞれに寝床に入る。
ぼくの寝床は、床に敷いた来客用の布団だ。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
はなさんから取り上げた本は、開いている箇所を忘れないように、テーブルの上に伏せて置いておいた。
+++
「サン・・・・・・?」
はなさんの声が低い。
めっちゃ怖い。
寝る前にテーブルの上に伏せて置いた本の置き方が悪かった。
ページが折れ曲がり、本には変なくせがついている。
「・・・・・・はなさんの怒るポイントここだった」
「辞世の句は、それでいいですね?」
そのあと、はなさんにめっちゃ怒られた。
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