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天然水、排気口、ボサノヴァ

 自販機からガタン、と音がする。

 取り出し口から、天然水のペットボトルを取り出した。

「・・・・・・・・・・・・」

 キャップを開けて、一口含む。

「んー・・・・・・」

 水だなあ、とは思う。

 それ以上にどう思うことがあるのかと、という感じではあるけれど。

 普段はジュースやコーヒーばかり飲んでいる。

 正直、水を買って飲む、ということに若干の抵抗がある。

 実家でもここでも、普通に水道水が飲めるし。

「サン」

 はなさんに呼ばれて振り向く。

「お待たせしました」

「大丈夫」

 所用でちょっとだけ離れていたはなさんは、ぼくが持っている天然水のペットボトルを見て、

「珍しいですね。サンがただの水を飲むとか」

「まあねえ。ぼく、いつもジュースかコーヒーだもんね」

 はなさんもそう思うんだ、と苦笑する。

「・・・・・・飲む?」

 はなさんに差し出してみた。

「いらないんですか?」

「んー。別に水だしね。・・・・・・飲みさしは失礼かな?」

「別に気にしませんよ」

 はなさんは言って、ペットボトルに口をつけて飲む。

 わりとごくごくと飲んでから、ペットボトルから口を離して、

「まあ、水ですね」

 そんなことを言った。

「水だよねえ」

 くすくすと笑い合う。

 ペットボトルを返してもらったので、ちゃぷちゃぷと揺らしてみる。

「なんていうか、水って、わざわざ買うものじゃないね。普通にジュースの方がよかったかも」

「なんで買ったんです?」

「安かった。・・・・・・小銭がちょうどこれ一本分しかなくて」

「ああ」

「お札突っ込むのもどうかと思ったし、サイフ出してから、電子マネーをわざわざ出すのもなあ、と思ったんだけど」

 手の中の水。

 三分の一ほどはなくなったけれど、

「味もそっけもない。毒にも薬にもならない」

「水ですからね」

 はなさんも苦笑している。

「まあ、飲めないわけじゃないんだけど。でもやっぱりわざわざ買うほどじゃないって感じ」

 もったいないから飲むけども、とペットボトルを呷る。

 水だから、好きにも嫌いにもならない味。というか味なんて感じない。

 大学の構内はなんとなくだるい雰囲気に包まれている。

 もうすぐ梅雨だからか、空気がじっとりしているような気がした。

 それでいて、割と暑さもあるのだから、正直喉は渇いている。

「やっぱ、普通にジュールの方がよかったかな」

「水は気に入りませんか?」

「喉は潤う。けれど刺激が足りない」

「炭酸飲料じゃないんですから」

 そうなんだけど、と首を傾げる。

「水だけ飲んでるとさ。なんか薄まる気がする」

「薄まるとは・・・・・・」

「いや、栄養も何もないし」

「まあ、そうですね」

「スポーツドリンクなら、また違うんだけど。ただ水だけってのはやっぱなし」

 話しながらも飲んでいたおかげで、残り三分の一程度。

 はなさんにも差し出すと、普通に口をつけて飲んでいく。

「わたしは、ただの水でもいい気もしますけどね」

「うーん。・・・・・・貧乏性なだけかなあ? 水道水とそんな変わんない気がするんだよね」

「そうですか? なんとなく、水道水とは味が違う気がしますけど」

「水の味なんてわかんないもん」

 肩をすくめて言ってみた。

 そうですか、とはなさんは苦笑している。

「・・・・・・・・・・・・コーヒー飲みに行こう。はなさん」

 飲み干したペットボトルを見ながら、思いついたことを言ってみる。

「あら。水を飲んでおいて」

「いや、なんか飲んだ気がしない」

 水で口の中が洗い流された、ということにする。

 今なら、いつもよりおいしいかもしれない。

 飲み干したペットボトルを捨てるゴミ箱を探しながら、そんなことを考える。

 ちょっと小脇に入った道に、ゴミ箱があった。

 ペットボトルを捨てて、ちょっと上を見る。

 壁面についた丸い排気口。

 そこからさらに上に視線をやる。

 空は青いが、雲も多い。

 いい天気に感じる程度には明るいけれど、空気の湿りは確かにある。

「もしかすると一雨来るかな」

「天気予報では、降水確率三十パーセント、ということですが」

 はなさんはスマホで天気予報をチェックして、ぼくに教えてくれた。

「ゼロじゃないなら降るかもね」

 そういうものだと思っておこう。

「まあ、今日は折り畳み傘持ってるし」

 カバンをぽん、と叩けば、

「準備がいいですね」

「朝出るときに、ニュースで今日は傘を持って出ましょうって言ってたから」

 折り畳みを入れておくくらいは、別に荷物でも何でもないし。

「わたしも、まあ、折り畳みはいつもカバンに入ってますけど」

 はなさんはいつも用意がいいなあ。

「まあ、行こうよ。水だけじゃやっぱりちょっと物足りないし」

「いいですよ」

「あと小腹が空いた」

「はいはい」

 はなさんはくすくす笑っている。

 ぼく達がコーヒーを飲む喫茶店というと、大学構内の喫茶店か、ぼくのバイト先。

 あとは、近場のチェーン店だ。

 今日は、バイト先の方まで足を伸ばすことにした。

 他のお店に比べるとちょっと距離があるけれど、歩いている間に喉も渇くだろう。

「お店のBGMを変えるんですか?」

 バイト先の最近のトピックだ。

「いつもはクラシックだけどね。なんか、暑くなってきたからか、ちょっと変えるんだって」

「季節によって違うんですか」

 そのあたりは、マスターのこだわりらしい。

「ボサノヴァにするって言ってたよ?」

「ボサノヴァ・・・・・・。名前はよく聞きますけど、どんな音楽なのかぱっとは出てきませんね」

「来週くらいに変えるらしいから、聞きにきてよ」

 ぼくが選ぶわけでも、ぼくが演奏するわけでもないけれど。

 まあ、はなさんならいつものごとく、別に言わなくても来るんだろうなあ、と思う。

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よろしくお願いします。

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