座布団、デイトレーダー、雑音
雨が降っている。
外の話だ。
はなさんの部屋で、ぼくとはなさんはそれぞれに本を読んでいる。
ぼくは、はなさんの部屋にあった本を読んでいる。
一方で、はなさんが読んでいるのは、大学の図書館で借りてきた本だ。
はなさんとしては、自分の部屋に置いてある本はすべて読んでしまっているらしい。
読み返すことなどもあるようだが、今日は新しい本を読みたいということ。
それで図書館から本を借りてきたそうだ。
一方で、はなさんの持っている本の並びを見て、ぼくはあまり知らないジャンルだ、と思った。
割と背の高い本棚が一つ。
上の方は背の低いラノベが並び、文庫本が並んだ列があって、中段にはハードカバーの本が並んでいる。
話題になった小説や、賞を取った小説なんかの、見たことのあるタイトルも多い。
ハードカバーの本の方がずっと多い。
なんというか、頭よさそうな本棚、と思ってしまった。
そのタイトルの並びを見て、ぼくははなさんすごいなあ、と思っていた。
んー、と考えて、文庫本を一冊抜き出す。
「・・・・・・SF,かな?」
「そういうのが好きですか?」
はなさんに聞かれて、首を振る。
「読んだことないからわからない。ぼくがよむのって、最近の話題作が多くて」
「恋愛ものとか、ミステリーとか、サスペンスですね。SFものは読みませんか」
「読まない。なんか、本屋さんに行っても目立つところに売ってること少なくない?」
映画化でもすれば話は別なのだろうけど、と思いながら、文庫本をぱらぱらとめくってみた。
挿絵の類は一切なく、ひたすらに文字だ。
そのまま、用意された座布団の上に座って、ぼくはその本を読んでいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
静かなものである。
はなさんは、最近は電子書籍の方をよく読む、と言っていたけれど、本も読みなれている、と思う。
ぼくがページを一枚めくるより、はなさんがニページ三ページとめくっていく方が速い。
ページをめくる音がして、外からは雨の音。
すごく落ち着く。
はなさんと会話がなくても、はなさんがいてくれる、というのが原因だろう。
本を読むのに集中しているのが分かる。
雨のおかげで外の雑音は静かなものだし、気分がいい。
はなさんの淹れてくれたコーヒーに時折口をつけつつも、本のページをめくっていく。
SFというと、ロボットか宇宙か、と思っていた。
実際、どちらも出てくる。
ある宇宙船の船長が、アシスタントのロボットをクルーにして、宇宙をわたっている。
彼は、宇宙船でものを運ぶ運輸業者なのだった。
いつものように宇宙ステーションで荷物を受け取り、ワープゲートを越えた先にある星系の別の宇宙ステーションへ運ぶ。
決まった航路を進み、決まった荷物を運び、決まったスケジュールで生きる。
そういう始まりから、船長はある拾い物をする。
コールドスリープのカプセルだ。
「・・・・・・ふむ」
最近のマンガかラノベなら、きっと美少女が出てくる。
けれど、出てきたのは中年男だった。
それは、別の船の船長で、海賊に船をやられて、かろうじて漂流していたという。
彼を送り届けるため、いつもとは違う航路を通る船長。
「・・・・・・」
不思議な進み方だな、と思った。
事件らしい事件は、そのカプセルを拾ったことくらいだ。
拾われた中年男は、船の中を見て、やがて艦橋に腰を落ち着ける。
そうして、何かしらを歌い出した。
その歌を聞いて、船長はなんとはなしに郷愁に駆られる。
声をかけ、どこの歌かと聞けば、中年男は即興の歌だ、と答える。
それから、二人はいろいろと話をしていた。
船のこと。アシスタントのロボットのこと。故郷の話。宇宙に出たきっかけ。普段運んでいる荷物。星の上で流行っているアイドル。宇宙の果てに見える星の色。故郷の地から見た星座のこと。幽霊船という噂。どこかに眠る古代遺跡。
二人がそれまでに旅をしていたのは、どこまでも違う星系だったようで、二人の話に共通点は少なく、だからこそ、二人の話は盛り上がっていく。
二人は、それぞれにそれぞれが新鮮な驚きを提供し、また受け取った。
中年男の知識は深く、まだ若い船長は多くの知見を得たようだ。
そうやって一ヶ月の航海を終え、目的地が近づいてくる。
もうすぐお別れだ、というところになって、中年男は不意に熱を出して寝込んでしまう。
目的地の星に着けば医者もいるだろう、と船長は船を急がせる。
「・・・・・・あ」
中年男がストレッチャーに載せられて、宇宙船から降りていく。
礼を言う中年男に、元気になったらまた会おう、と言葉を返し、船長はまた旅立つ。
特に盛り上がりはない。
淡々としたものだ。
最後に、中年男から手紙が届いて、物語は終わっている。
「・・・・・・うーん?」
盛り上がりに欠ける話だなあ、とは思う。
ただ、船長と中年男の会話で、妙な知識がいくつか備わった気もする。
「はなさん。これ何?」
「? ああ、それを読んだんですか」
はなさんは、タイトルを見て、くすくすと笑う。
「物語、というと、クライマックスを楽しむものかもしれませんけど、その本はどちらかというと途中のキャラ同士の掛け合いで、SFの世界観を楽しむのが目的の本です」
「・・・・・・へー」
「まあ、そういうものだ、と思って読むのがいいでしょうね」
ふうん、と頷いて、次の本を取ろうかと思う。
ただ、時間を見て、
「・・・・・・今日はもう帰るかな? 一冊読んじゃったし」
「そうですか?」
「うん。雨も、止んだみたいだし」
「そのようですね」
はなさんも本を閉じて立ち上がる。
読み終えたのか、脇に置かれた本は三冊になっていた。
「何か、本を貸しましょうか?」
「んー。おすすめある?」
「そうですねえ・・・・・・」
しばらく考えて、はなさんは一冊本棚から抜いて、ぼくに手渡してくる。
「わりとボリュームありますけど、読みやすいんじゃないかな、と思います」
「じゃ、借りる」
カバンへと本を入れて、はなさんに別れを告げて、はなさんの家を出た。
雨は上がっているけれど、じっとりと空気は湿っていた。
アパートに戻って開いてみれば、デイトレーダーの主人公が、デイトレードで稼ぐための情報集めの過程で企業の裏話を知り、事件に巻き込まれていく、という話だった。
陰謀渦巻く、という感じだが、主人公が軽いので物語がさくさく進んでいく。
最後の痛快な勧善懲悪を読み終わるころには、日が昇っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やってしまったなあ、と思った。
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