突貫工事、通行止め、盃
通行止めだった。
「うわ。しまったそうだったよ」
思わず、口をついて悪態が出た。
目の前に現れた通行止の看板に向かってだ。
「そういえば、この道今週は使えないんでしたねえ」
そんなぼくの隣で、はなさんがのんびりとつぶやいた。
大学構内の一区画だ。
大学に物資を搬入していた際に、重量物の荷物を誤って落としてしまい、石畳に穴が開いたらしい。
その開いた穴を埋めるための工事が行われているのだが、狭い道だったせいもあって、その道が一時的に通行不能になっている。
「しょうがないし、ちょっと回り道しないと」
「すっかり忘れてましたね。一週間に一回しか通りませんし」
「本当にね」
はなさんと話しながら、大学構内の通路を歩く。
「一週間で穴がふさがる。突貫工事だね」
「通路ですからね。それに、きっと大した穴でもなかったんでしょう」
「というか、落としただけで穴が開く重量ってどんだけだろう」
ちょっとしたトラブルはあったものの、次の講義には問題なくたどり着けた。
+++
「終わりました。今日の大学」
「今日はあれで最後ですから」
はなさんと教室を出ながら、ぼくはぐぐ、と伸びをする。
「サンは、今日はどうするんですか? バイトはないですし」
「ぼくのシフトを当たり前のように把握しているのはなぜなのかは聞かないけど、確かに今日はバイトはないね」
たまにはなさんのこういう言動が分からないときがある。
「今日は、ちょっと買い物かなあ」
「何を買うんです?」
「消耗品の類。ティッシュとか、トイレットペーパーとか」
指折り数える。
「買い置きがなくなっちゃったから、いくらか買っておこうかなって」
「なるほど。事前の準備は大事ですね」
はなさんは、微笑みながら頷いている。
「ついでに、ちょっとほしいものもあってさ」
「あら。何をです?」
「クッション」
「クッション?」
そう、とぼくは頷いた。
部屋の様子を思い浮かべる。
ぼくの部屋は、ベッドとローテーブルだ。
今までは座布団とローテーブルでいろいろやっていたのだが、
「なんか、座るのにクッションがあった方がいい気がしてきててね」
座布団の上に座って、ローテーブルの上のパソコンを触っていると、だんだん腰が痛くなってくるのだ。
ネットサーフィンなんかの短い時間ならともかく、レポートを書くなんかの少しまとまった時間をパソコンに向かっていると、それは割と顕著だ。
さらに言えば、テレビを見るのにも、座布団の上に座っているだけだと、なんだか尻が痛い気がする。
薄い座布団だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、
「なんか、ちょっと落ち着くクッションか、欲を言えばソファが欲しい」
「座椅子ではダメなんですか?」
「それも考えてる。どうするかは、実物を見てからかな、と」
「なるほど」
はなさんも、首を傾げて考えている。
「それに、はなさんも来ること多くなったし、クッションとまでいかずとも、もう一枚座布団は必要かな、と」
「あら。そういうことなら、わたしの持っているものを譲りますよ?」
「うーん。それは遠慮しとくよ。はなさんがいないときにはぼくが使うものだし、ぼくが買う」
単純なこだわりだけれど、ぼくの中では大事なことだ。
はなさんも納得したのか頷いて、
「じゃあ、一緒に行っていいですか?」
「うん。いいよ」
+++
近くのホームセンターに来た。
引っ越した直後も、ここでカーテンや、一通りの食器なんかを買った。
時々足りないものがあればここで買っているくらい、よく来る場所だ。
「クッションの類はこっち」
インテリア家具なんかのコーナーと寝具コーナーの間くらいにそれはあった。
座布団に始まり、座椅子やソファもある。
「さて・・・・・・」
あまり高いのは選べないし、まずは座布団からかな、と見ていく。
「・・・・・・あれだね。一番安い座布団でも、ぼくが実家から持ってきたやつより良いかもしれない」
「新品だからですよ」
はなさんは苦笑しながらそう言ってくれるけれど、実際印象としてそう思う。
「うーん。そんな高いのは買えないから」
「この辺りでどうです? 主に座って使うなら、こういう・・・・・・」
はなさんが見つけたのは、円形のクッションだ。
「まあ、そうだね。この辺かなあ」
値段的にも手ごろだし、と考えて、いくつか手に取ってみる。
「・・・・・・ふかっとしている。こっちは、ふまっとしている」
「擬音が抽象的すぎて、どういう感触なのかがいまいちわかりませんね」
苦笑ととも言われて、ううん、と首をひねる。
「はなさんだったら、どれに座りたい?」
「わたしの感触でいいんですか?」
「うん。ぼく以外だと、一番座るのはなさんだと思うから」
実際、ぼくは座るというより、背中と壁との間に置く使い方を考えている。
それに、はなさんが来たときに座ってもらうのは、間違いない。
「そうですね・・・・・・」
ううん、とはなさんはいくつかのクッションをたたいたり、押したりして感触を確かめている。
「・・・・・・・・・・・・なんか、これだとサンのお金でわたしのクッションを選んでいる気分になりますね」
「はなさんにクッションのプレゼントするの? なんか面白いねそれ」
笑いが漏れた。
「・・・・・・はなさんが選んでる間に、ぼく必要な消耗品とか買ってくるよ」
「わかりました。いいやつ、選んでおきます」
なんだか、妙に真面目な調子ではなさんが言うものだから、また笑いが漏れてきた。
はなさんから離れて、必要な消耗品をカゴを載せたカートへ入れていく。
ふと思い立って、食器売場へ来た。
はなさんもよく家に来るし、コップの一つでも、と思ったのだ。
「・・・・・・・・・・・・うーん」
マグカップとか、なんか自分でほしいな、と思った。
今あるコップは、プラスチック製で割れることもないやつなので重宝しているが、レンジで使えない。
ホットミルクとか作ろうと思ったら、鍋で温めるしかない状態だった。
「・・・・・・サン?」
「あ、はなさん」
はなさんがクッション片手に現れた。
「これにしました」
「はいはい」
受け取って、カートに載せる。
「で? マグカップなんか見てどうしたんですか?」
「いや、レンジで使えるコップが欲しいかなあって」
「ああ、なるほど」
はなさんは、ぼくの家にあるコップを見ているから、ぼくのいいたいことも分かったのだろう。
「安いのでいいのでは?」
「そう?」
「落として割っても出費が痛くないやつで」
「なるほど」
たしかに、と頷く。
「じゃあ、これにしようかな」
三百円のものを選んで、カゴに入れる。
クッションと合わさって、カートは一杯だ。
「まあ、こんなものかな」
ほかに買い忘れはないかな、と考える。
「大丈夫」
「そうですか」
ふと、食器売場のカップの列に目をやる。
「・・・・・・ふむ」
「? どうしました?」
ぼくは並んでいる商品の内の一つを指さす。
「いや、あれ見たら、盃を交わすって言葉を思い出しちゃって」
赤い塗の浅い盃だ。
「ああ。それっぽいですね」
はなさんもそう思ったのか、くすくすと笑っている。
「・・・・・・あれ買ってはなさんに出したら、ぼくははなさんと盃を交わすことになったりして」
「お酒飲めるようになったらやってみますか?」
「・・・・・・・・・・・・遠慮しておく。友達関係に盃もなにもないと思うし」
「そうですね」
はなさんはにこにこと笑っていた。
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