ピストル、カオス、赤レンガ
夜の港だ。
動く船もなく、本来なら静かなはずのそこに、不自然な喧噪があった。
影が走っている。
シルエットしかわからないが、きっと男だ。
そのあとを、複数の影が走っていく。
先行する影、主人公は息を切らせながら赤レンガの倉庫の前を駆けていく。
そのあとを怒声を上げながら、ガラの悪い男たちが追う。
港の船着き場を走っていた主人公だが、その前方からも追手が来る。
振り返れば、そちらからも追手。
どちらもいない方へと逃げればその先は海だ。
行く先が海しかないと悟って、主人公は足を止め、振り返る。
懐から抜いたピストルを背後へと向けるが、逃げ場など残さないといわんばかりに、周囲は囲まれていた。
夜の闇を切り裂いて、幾筋ものライトが主人公の姿を照らす。
スーツ姿で、帽子でライトのまぶしさから逃げている、なんとも軽薄そうな顔。
左手には、トランクケースが抱えられている。
右手でピストルを構えてはいるものの、あまりに多勢に無勢。
囲む男達は、ライトを抱え、あるいは、明らかに銃器と分かる武器を主人公へと向けている。
その中から、一人が声を上げた。
トランクを渡せ。
そう叫ぶ声に、主人公はやれやれと肩をすくめる。
仕方ないな、と言いながらも、右手のピストルは構えたまま、左手のトランクケースを、差し出す素振りを見せる。
男たちの中から一人が進み出る。
渡したら殺せ、そんな声がささやかれる中で、主人公は男へとトランクを渡す、素振りを見せて、振り返り、トランクを思い切り左後方の海へと放り投げた。
思わずそれを視線で追う男たちを置いて、主人公は右後方へと切って返すと、海へと飛び込む。
怒声が響く。
岸壁に立った男たちが、海へと向かって銃を撃ちまくる。
あざ笑うように、主人公の被っていた帽子がぷかり、と波間に浮いた。
しばらくして、遠く離れた岸壁へ、主人公はたどり着いた。
仰向けになり、荒く息を吐いた主人公が懐に手を入れ取り出せば、赤く輝く宝石がその手の中にある。
それはトランクケースの中身だったものだ。
逃げている最中にトランクケースを開けて、懐に入れていたお宝である。
+++
「ふうむ・・・・・・」
マンガを読んでいる。
「・・・・・・ぬう」
「どうしました?」
はなさんが、唸るぼくへと声をかけてきた。
「いやさ。こういう場面、基本的に海とか水の中へ逃げちゃうけど、実際水の中をそこまで安全に逃げられるものかな?」
「うーん・・・・・・」
はなさんが唸った。
「銃弾の勢いって水の中に入ったらなくなるもの?」
「そこはそうでしょうね。薄くても硬い板より、柔らかくても分厚いものの方が、多分銃弾は貫通しませんよ。ただの水でも、それなりの深さに潜れば当たっても痛い、程度ですむようになるのでは?」
「そういうものかなあ。・・・・・・でもさ、服を着たままそこまで深く潜れるかな?」
「そこはそれ。あらかじめ、こんなこともあろうかと、とおもりを仕込んでおいたんですよ」
「しくじらなかったらいらない容易だね、それ」
「そこらに落ちている石なり何なりをポケットに詰めておくだけでも違うのでは?」
「おお! なるほど、そういう手もあるか」
「あとは、単純に鍛えているので、うまく泳げるんですよ」
「ふうん・・・・・・」
まあ、鍛えている、と言ってしまったら、大概の超アクションは解決してしまう気もしなくもない。
人間離れしすぎている時も、時にはあるかもしれないけれど。
「というか、忍び込んで盗み出すのにスーツって。・・・・・・アホかな? この主人公」
「マンガの主人公なんて、大概そんなものじゃないですか」
「まあ、外見的に目立ってナンボ、なところはあるけどさ」
特徴的な外見、というのは、マンガのキャラクターとしては重要なのだろう。
この主人公だって、いつもスーツではあるけれど、上着は基本的に原色の派手な色合いしかない。
「海に逃げると見つからないか」
「夜の海ってくらいですからね。真上から光を照らさないと、海中の様子なんてまるでわからないものですし」
確かに、と頷く。
海は潜っている時ならともかく、水面より上に顔をだして海中を覗こうと思っても、遠くの場所は海面しか見えない。
「・・・・・・なんだかんだ、ある意味テンプレな展開ではあるわけだけど」
「それでも、展開としては盛り上がりますよね」
ふうん、とぼくはマンガの続きに取り掛かる。
「面白いですか? それ」
「そうだね。展開自体は割とテンプレというか、どこかで見たような、が多いんだけど、構図とかデザインとか、いろいろ工夫されている感じ」
キャラクターも立っている。
主人公にしたって、ピストルをいつも持っているし、構えはするものの、作中でピストルを撃ったことは一度もない。
何せあのピストルは、たばこに火を点けるライターだ。
ユニークな道具と知恵と機転でピンチを乗り越える。
ストーリー自体はわりとありふれている、と感じるが、展開が上手だ。
「主人公が、毎回追い詰められているのに、なぜかニヒルに乗り越えるんだよね」
「わたしも前に少し読みましたけど、それ、結構超展開ありませんでした?」
「あるよ。誘拐された御嬢様が宇宙人だったり、拾った宝石が魔法の石でピンチを逆転してしまったり、全部夢だったり」
結構な超展開がありながら、それでもストーリー序盤の伏線をしっかり回収し、きれいにまとめることもうまい作者さんだ。
「・・・・・・なんだかんだ、終盤ごろにはなかなかにぐっとくるんだよね。これ」
結構長く続いていることもあって、ぼくも中学生のころからずっと読んでいる。
「はなさんも読んでみたらいいよ。今ならまとめて読めるから、なんだかんだ楽しめると思う」
「そうですか?」
「そ。・・・・・・基本的にはギャグマンガだから、頭を空っぽにして読むのがよいね」
「まあ、サンがそこまで勧めるなら」
くすくすと笑いながら、はなさんは頷いた。
「・・・・・・展開がカオス過ぎませんか」
「あー。その回はただのギャグ回だから、整合性とか求めたらだめだから」
一緒に読みながら、感想を言い合うのは、楽しかった。




