五月、マラカス、気心
「・・・・・・・・・・・・五月だねえ」
「そうですね」
「はなさん、突然ですが」
「はい?」
「ぼくは五月病です」
「ああ。サンはかかりそうですよね」
にこやかに言われて、なんとなく敗北感を覚える。
「く、さすがはなさんボケ殺し。・・・・・・やりおる」
「やりおる、ではないですよ。何が五月病ですか。ばかなことを言っていないで、大学に行く準備をしなさい」
お母さんか、と唸る。
昨日は、はなさんが家に泊った。
課題が出て、それを二人でやるためだ。
それなりによる遅くまでかかったおかげで、何とも眠い。
だが忌々しいことに、今日は平日なのだ。
まだまだ余裕のある時間に、ぼくからすればずいぶんと早起きだが、はなさんは起き出した。
昨日のうちに買っていた食材を取り出し、朝ごはんを作ってくれたところまではとてもうれしい。
誰かが作ったごはんのおいしそうなにおいで目が覚めるとか、初めての経験だった。ごちそうさまでした。
「ふと思ったけど、アパートみたいな台所と寝室が近い構造じゃないとさ。朝ごはんの匂いで目が覚めるとか、滅多にないよね」
「そうですね」
「はなさんの朝ごはんは大変よい匂いでした。そして美味しかったです」
「それはよかった。それでは、おなか一杯になったところで、さっさと着替えなさい」
厳しい。
「・・・・・・さぼったら」
「だめです」
「はーい・・・・・・」
クローゼットから服を取り出して、着替えていく。
はなさんはその間に、台所で食器を洗ってくれている。
少し不思議だ。
はなさんと出会い、ずいぶんと気心の知れた仲になったとは思うが、朝起きて初めてはなさんの顔を見る。
それがなんとなくうれしい。
「・・・・・・」
口元が緩んでいる気がする。
着替えを終え、カバンを手に取って、教科書が入っていることを確認する。
スマホを開き、ついでに大学の掲示板にアクセスして、情報収集。
「休講はなし」
「残念ですか?」
「むう。五月病で怠い」
「はいはい」
食器を洗い終えたはなさんは、タオルで手をぬぐって、こちらに来る。
はなさんも自分のカバンを引き寄せて中身を確認し、
「問題ないですね」
「今日はどうするの? 今日も泊る?」
「平日に二日連続はやめたいです。というか、しっかり泊る準備したわけではないから、本当のことを言うと今から帰りたいところですが」
「ごめんね? ぼくに付き合わせて」
「いえ。わたしも課題はやらないといけないですし。・・・・・・思ったよりも手間取ったのは事実ですが」
「締め切りは今日じゃないんだから、無理してやることもなかったね」
「その通りでしたね。・・・・・・キリのいいところまで、と思って、まさか最後まで仕上げてしまうとは・・・・・・」
「深夜のノリとテンション、だよねえ・・・・・・。くぁふ・・・・・・」
あくびが漏れた。
「眠い」
「同感ですが、講義中に寝ないでくださいよ?」
「・・・・・・鋭意努力します」
+++
「ちょっと珍しい経験」
「何がでしょう?」
「朝一の講義で、はなさんと同時に座る」
「・・・・・・言われてみれば」
いつもは、はなさんが先に来て席を取ってくれているため、はなさんの隣に僕が座る、という形だった。
「ちょっと新鮮?」
「そうですね」
「・・・・・・ついでに言えば、開始までにそれなりに時間がある、というのも珍しいかも」
まだ講義の開始までは三十分ほどある。
そのためか、席の埋まり具合もまばらだ。
「・・・・・・はなさんは、いつもこんな感じ?」
今日は、はなさんに手を引かれて大学まで来たため、ほとんど寄り道らしい寄り道をしていない。
せいぜいで、コンビニで飲みものを買ったくらいだ。
「そうですね。わたしは大体、このくらいの時間に来てますから」
「そっか・・・・・・」
それから、ぼくが来るまで、おそらくはニ十分ほど。
ぼくの席を取っておいてくれているわけで。
「・・・・・・なんか、いつもありがとうね」
「何がです?」
「はなさん。ぼくの席取っておいてくれるじゃない」
「ああ。大したことではありませんよ。置いていた荷物を足元に下ろして、場所を開けるだけですから」
はなさんは微笑みを浮かべて、ぼくを見た。
「そっか・・・・・・」
ぼくも、それに対して何かを返す言葉はない。
「大学終わったらどうしようか?」
「家に帰って休んだらどうです?」
確かに、眠気は強いし、それもありだ。
「まだテンション高い。・・・・・・ちょっともったいない」
「もう・・・・・・」
仕方ないですね、とはなさんは笑う。
「そうですねえ。どうしましょう?」
「なんか、二時間くらい遊びたい」
「妙に具体的な時間を・・・・・・」
「映画とか、大体一つ終えると、何だろう、ちょうどよい眠気が来る気がする」
お昼を食べたら一気に眠くなるだろうが、講義中に眠るにしても、なんとなく中途半端な気持ちになるだろう。
「映画はやめましょう。眠ってしまいそうなので、もったいないです」
「眠れないもの・・・・・・。カラオケ?」
「そうですね。それがいいかもしれません」
はなさんが頷いたので、ぼくはスマホで近くのカラオケを検索する。
「・・・・・・・・・・・・よし、近くにあるやつに行こう」
「・・・・・・ふふ」
不意にはなさんが笑ったので、そちらを見ると、
「いえ、講義が始まる前から終わった後の遊びの相談とか、不良みたいです」
「えー。はなさん真面目過ぎ。ぼくなんか、いつも放課後何して遊ぶか考えながら授業受けてたのに」
「いえ。授業は真面目に受けなさい」
はなさんは笑いながらぼくに注意する。
たしかに、はなさんはそういうところ真面目そうだ。
「まあ、今日はそういう日だよ」
「そういう日ですか」
くすくすとはなさんは笑っている。
なんだかんだで、はなさんも眠気からハイテンションになっているように見えた。
「ああ。ほら。始まりますよ」
「はーい」
結局、講義の間に睡魔に負けたぼくは、はなさんの歌に合わせてマラカスを振って踊る夢を見た。




