日々精進、壁、アドバンテージ
「うーむ・・・・・・」
ぼくはうなっていた。
別に大したことではない。
自前のノートパソコンで、電子書籍のリーダーを開いて、漫画を読んでいた。
最近週刊誌で連載している、スポーツものの漫画だ。
「・・・・・・・・・・・・」
面白い、と思う。
小学生の時にプロのスポーツ選手のプレイを見た主人公が、そのプレイに憧れて、同じスポーツにのめりこむ。
だが、中学校まで努力を続けても、学校自体が弱小であったために、県予選でも勝つことできず、スポーツの強い高校を選んで受験したものの、実績もなく、努力したとはいっても、ほとんど独学であるために実力も中途半端なためにスポーツでの推薦は取れず、普通の受験では学力が足りずに合格できず。
それで別の高校へと進学して、そこで部活に入り、あとは努力と根性と友情で勝ち上がっていく、という、少年漫画のスポーツものにはありがちな展開の漫画だ。
ギャグもあり、シリアスもあり。
決めている時には恰好よく、連携が決まればすごい。
面白い。
だけれど、
「うーむ」
唸った。
今は、俗にいう修行パートに入っている。
大会と大会の合間。
前回の二巻前では、大会で強豪との試合に敗退して、主人公が落ち込んだ。
落ち込んでいた主人公は、一話で再起して、次の大会に備えた練習を始める。
この辺は、漫画だなあ、とは思う。
今のシーンでは、主人公と同じチームのある意味相棒ともいえるキャラのシーンだ。
天才選手ともてはやされながらも、中学最後の一年にけがをして大会出場ができなかったために、強豪へと入れなかったライバルとも親友ともいえるキャラ。
そのキャラが、悩んでいる。
「・・・・・・ふむ」
最新刊を読み終えたところで、ちょっと思いついて、スマホを手に取る。
「はなさーん」
電話を掛ける相手は、はなさんだ。
「・・・・・・・・・・・・」
しばらくの呼び出しの後で、
『はい。サン、どうしました?』
はなさんの声は落ち着くなあ、と思いつつ、
「はなさん。【*****】っていう漫画、知ってる?」
『知ってますよ?』
うん、とはなさんは一拍置いて、
『最近週刊誌で連載しているスポーツ漫画ですよね? 来季あたりでアニメ化されるんじゃありませんでしたか?』
「そう。それそれ」
はなさんもよく知ってるなあ、と思うも、知名度は高い作品だから当たり前かとは思う。
発売日には、本屋さんの漫画コーナーにポップ付きで数列平積みされる程度には人気の作品なのだから。
「読んでる?」
『いえ? わたし、漫画はあまり読まないので』
「そっかあ・・・・・・」
語りたかった。
『どうしたんですか?』
「いやあ。読んでるなら、語りたかったかなあ、と」
『・・・・・・・・・・・・なるほど』
はなさんが、しばらく考え込んでいる。
「あ! 待って、無理に読まなくていいから!」
はなさんの性格だと、全巻一気読みとかしかねない。
『いえ。面白いんですよね?』
「ぼくは面白いと思います!」
即答した。好きなものに嘘をついてはいけない。
『なら、読んでみようと思います』
「いや、でも。・・・・・・結構巻数出てるから、最新刊まで全部読むと五千円くらいお金かかるよ?」
もうそろそろ二十巻に届こうとしているのだ。
さすがに、そこまでを一気に読めとは言えない。
『大丈夫ですよ。とりあえずは、漫画喫茶かどこかで最初の方だけ読んでみて、面白かったら続きを買います』
「・・・・・・えー」
正直、ぼくが語りたい、というわがままだけで、はなさんにお金を使わせるのはどうかと思う。
『・・・・・・ではサン。語ってください』
「? どういうこと?」
『いえ。その漫画、どこがおもしろいのか語ってください』
「・・・・・・えー」
『わたしが読みたくなるような感じでお願いします』
「ハードル高くない?」
『わたしは、サンが好きな漫画を語るのを聞きたいだけですよ』
くすくすという笑い声が聞こえた。
む、とちょっと照れくさく思いつつも、ぼくはじゃあね、と声を上げる。
「ええとね、はなさんは、壁にぶつかったことってある」
『物理的に?』
間髪入れずにボケが返ってきた。
「いえ、違います」
『わかってますよ。努力して届かない壁、ですよね?』
そうそう、とぼくが頷くと、
『そうですねえ。わたしは経験ないですね。そもそも、そこまで一生懸命に頑張ったことがないかもしれません』
「そうだよね。ぼくも一緒。毎日努力して日々精進、とは言ってもさ、実際そんながんばることなんて滅多にないよね」
そこまで本気で打ち込めることを見つけられるのは、きっと幸せなことだ。
「主人公はさ。小学生のころにそんな本気で打ち込めることを見つけて、めっちゃ努力するけど、学校が弱いせいで勝てなくて、そのせいで強い高校にも行けなくて、と初っ端から壁でさあ」
『ほうほう』
「おまけに、同じ年に入学した相手にかつて天才とか言われたキャラがいて、それが部内のライバルキャラになるわけだけど・・・・・・」
最初のころは雑魚扱いされる主人公でも、努力は決して無駄ではない。
次第に認められて、友情を育み、強豪との試合では作戦を任されるシーンとか胸が熱くなる。
「ていうところが十二巻で・・・・・・!」
なんかノってきた。
そこで、
『ふふふ・・・・・・!』
そんなはなさんの笑い声が電話の向こうから聞こえて、思わず黙る。
「あ、ちょっと熱くなり過ぎた・・・・・・?」
『ああ。いえ。そうですけど、そういう熱のこもり方は嫌いじゃないです。ただ、サンがそうやって興奮しているのが、ちょっと面白いなあ、と思って』
「そうかな・・・・・・」
はなさんに言われると照れくさい。
「・・・・・・まあ、とにかく、そこらへんが序盤の見せ場かな。どうせ読むなら、この辺りまでは読んでほしいところだね!」
『なるほど』
「・・・・・・読みたくなった?」
『そうですねえ。サンをそこまで興奮させるのですから。興味が尽きませんね』
「はなさん! もう、それはいいってば」
電話の向こうからはやっぱり、はなさんの笑い声がする。
『まあ、でも、わかりました。とにかく、サンのおすすめだっていうことは』
「あ、うん」
『取り合えず、漫画喫茶かどこかで一回読んでみますよ』
「そっか・・・・・・。もし読んだら、教えてね」
『ええ。その時は、感想を語り合いましょう』
そのあとは、いくらか会話して、電話を切った。
+++
切れた電話を見つめて、はなは微笑む。
漫画で、サンがあそこまで興奮する、というのが、微笑ましい。
「さてさて・・・・・・」
サンがすすめてきた漫画は読んだことがない。
とりあえず、ネットで軽く下調べをしてから、近くで読める場所を探そうと考える。
「・・・・・・どうせなら、ほかにもいくらか読んでみたいところですが」
サンがすすめてくれたものだけだともったいない。
こちらからもすすめるなりなんなり、あるいは、これを機会にサンと漫画について語り合えるようにいろいろ見てみるのもいいかもしれない。
「ふふ・・・・・・」
そう思うと楽しみも増える。
「・・・・・・わたしの好きな本を、サンにすすめてみるのもいいかもしれませんね」
はなとしては、サンと語る口実になるなら、なんでもいい。
漫画ならサンだろうが、小説ならはなの方がよく読んでいる。
アドバンテージを気取るつもりはないけれど、自分から導いてやれるものがあると、ちょっとうれしい。
「サンだったら、どんな本が好きでしょうか・・・・・・」
そうやって、相手のことを考える時間は、殊の外、楽しいものだ。




