縫い糸、和菓子、カツサンド
ぼんやりと手を上げた。
袖口、縫い糸のほつれが見える。
ちょっとだけ、糸の先が飛び出していた。
「・・・・・・・・・・・・」
ちょっとつまんで、引っ張ってみる。
ぴー、と糸が抜けていく。
思ったよりも糸が長く、切れない。
ちょっとずつ、袖口付近の布地が縮れていく。
「・・・・・・む」
ちょっと手を止める。
このまま引っ張っていくとどうなるのか、袖口の布地がひどいことになるのではないか。
ちょっとのほつれがすごい大惨事になるのではないか。
・・・・・・でも、ちょっと見てみたい。
「むむ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・何やっているんですか?」
はなさんに声をかけられた。
糸の端をつまんで引っ張っている、中途半端な姿勢のぼくをみて、はなさんが呆れ顔をしている。
「あー、あー・・・・・・」
ぼくがつまんでいる糸と縮れ始めた袖口を見て、はなさんが顔をしかめた。
「ちょっと待ってください」
そう言って、ポケットから鍵を取り出すと、それを袖口付近の糸の根元に当てて、
「よ」
ぷち、と糸が切れた。
「ふむ」
すすす、と袖口をはなさんがなでつけていくと、糸に縮められていた布地が伸びていく。
「・・・・・・・・・・・・こんなものでしょうか」
ほつれ自体が消えたわけではない、というか若干前よりくたびれた気もするけれど、袖口はキレイになった。
「あんなに引っ張っちゃだめですよ。ハサミか何かで切ってしまわないと」
「といって、まさか鍵で切るとは・・・・・・」
ハサミか何かを筆箱なりから出してくるかと思いきや、まさかの鍵で糸を切るというはなさんの行いに、ぼくはちょっと驚いてしまった。
「え? 糸を切るくらいなら、別に鍵でよくないですか? キレイに切る必要があるわけでもないですし」
「うん。理屈は分かるけど、普通はやらないと思う」
なんというか、今日は突飛なはなさんだ。
たまにこういうことやるよなあ、と思いながら、ぼくは袖口を眺める。
「というか、ぼくだったら歯で切るかなあ」
「歯。・・・・・・ああ、なるほど」
犬歯で噛んでぐっと引いてプチっと切る方が、ぼくはよくやる。
「まあ、別にいいんだけど」
「何しているんだろうと思いましたけど」
「いや、なんかほつれで飛び出している糸って、どこまで引っ張れるか試してみたくならない?」
「・・・・・・気持ちはわかりますけど、適当なところで切りましょう?」
「そうだね」
ぼくの手には、途中で切られた糸がある。
それを近くにあったごみ箱に捨てて、
「・・・・・・で? はなさん。何食べに行こうか?」
「何か食べるのは確定ですか」
食いしん坊め、とはなさんの目が語っている。
「今日は、朝にカツサンド食べただけでさあ」
「・・・・・・朝からカツサンドとは、重くないですか?」
「そ? ちっちゃい奴だったから、ペロリといったけど」
あとは、コーヒー。
「とんかつは朝から食べると重いと思うけれど、カツサンドだとそれほど重いとは感じない不思議」
「ふむ?」
「というか油の量なら朝にソーセージ焼いてもそんなに変わらない気がする」
「まあ、確かに」
カツサンドは結構軽めな食事だと思うのだ。
「はなさんは、何か食べた?」
「今日はトーストとヨーグルトですね。ジャムで食べました」
おいしそうな食事である。
「今日は、お昼ごはん食べてなくて」
講義がお昼からだったので、遅めの朝食としてカツサンドを食べただけで、昼食は摂っていない。
そうなると、午後三時くらいの今時分は、すごくおなかが空いている。
ともすれば、おなかが鳴りかねないと感じるくらいには。
「ちょっとでも何か食べればいいのでは?」
「それも考えたけど。何か、甘いものを食べたいかなあって」
「ふむ」
はなさんと連れ立って歩きながら、頭の中でいろいろと考える。
「ケーキ。パフェ。菓子パン」
「どこかの喫茶店でも入りますか?」
「そうだね。軽食が食べられるお店」
大学が近いせいか、この辺りは定食屋だと量が多く、喫茶店だとおしゃれな店が多い。
ただ、全体的に値段が安い。
「・・・・・・学生のお客が多いと、やっぱりお金のない子が多いのかね」
店員も、学生のバイトの方が多い。
ぼくも、喫茶店でバイトしている以上、人のことは言えないけれど、引っ越しをした時も荷物を運んだのは同年代のバイトと思しき人だった。
「・・・・・・どこかのケーキ屋さんとかでケーキを買って、ぼくの部屋かはなさんの家で食べるというのも」
「なるほど。ありですね」
どれでもいいけれど、
「なんか、おなかのすき具合が加速した」
「歩いているからでしょう。・・・・・・サン。何がたべたいか決まりましたか?」
「・・・・・・ん~」
周囲をきょろきょろと見回す。
何件か、喫茶店が目についたが、あっちじゃない、と思う。
「むむ」
定食屋は論外。
ケーキショップ、イートインのあるパン屋。
今は違う、と思った。
「ちょっと、あっち行ってみよう」
はなさんの手を引いて歩く。
「はなさんは、何かこれが食べたい、みたいなのない?」
「そうですね。・・・・・・イチゴ」
「イチゴ。・・・・・・パフェかな」
とすると、
「喫茶店とかより、ファミレスの方がいいかも?」
「ああ。そうですね。サンは、食べたいんですよね」
「そうだね。何か食べたいし、ファミレスにしよう」
チェーン店のファミレスなら数件ある。
空いているところを探して入り、二人で席につく。
「・・・・・・パフェにするかと思ったけど、パンケーキのセットがある」
「ほう?」
「イチゴが添えられていますよ。はなさん」
「フェアですか。なるほど」
むむ、とメニューをにらむはなさんがかわゆい。
「決めました。わたしはフェアのパンケーキセットといきましょう!」
「なるほど。ではぼくは・・・・・・」
ふと、目が留まる。
「苺大福とな・・・・・・!」
大きな苺が切れ目から顔を出している写真。
「あ、でも一個か。・・・・・・あんみつもつけよう」
「ふふ」
はなさんが笑っている。
店員さんを呼んで、注文を済ませる。
「・・・・・・苺大福って、洋菓子じゃない?」
「イメージの問題ですか?」
「そ。フルーツをそのまま使うお菓子って、洋菓子ってイメージ」
「なるほど。一理あります」
うんうん、とはなさんが頷く。
「でも、大福は和菓子ジャンル。・・・・・・緑茶か」
席を立つ。
「ドリンクバーですか」
「はなさんの分も取ってくるよ?」
「ではわたしの分はコーヒーをお願いしてもいいですか?」
「まーかして」




