生姜焼き、ベーコントースト、タンパク質
「今日のお昼は生姜焼き定食で」
「・・・・・・いきなりですね」
「なんか、そういう気分になった」
はなさんと話しながら、歩く。
いつものお昼時だ。
「学食ですか?」
「いや、今日は別のところがいい」
はなさんは、ん、と考え込む。
「だとすると・・・・・・」
「ほら、坂を下りたところの定食屋さん行こうよ?」
「ああ。そうしましょうか。今日はもう講義ないですし」
「そうそう。ちょっと遠目だけど、おなかすいた状態でお店に行けそう」
大学の構内を出て、真っすぐ歩く。
すると、下り坂がある。
ぼく達が通っている大学は、高台の上にあるため、少し歩くとどこもかしこも下り坂になる。
その中で、正面の坂が一番きつい。
他は勾配がゆるやかなのだが、正面はものすごく急な坂になっていて、朝自転車などで通っている人も、ここの坂だけは押している人の方が多い。
「ここを、自転車で急降下したい」
「事故りますよ?」
歩道は歩く人用と自転車用とに分けられているが、それほど広くとられているわけでもない。
あんまり急な速度で降りていくと、周りの人に迷惑になるだろうとは思う。
「まあ、こっちに自転車持ってきてないんだけど」
「サンはいつもどこに行くにも歩いていきますもんね」
「歩く方が好きではある。でも自転車もいいよ」
歩くより、風を感じるのがよい。
「こっちで自転車を買ってみますか?」
「うーん。置き場所がなあ・・・・・・」
折り畳み自転車という手もないではないけれど、面倒くさいし。
「ゆっくり歩ける方がいいから、いいや」
「そうですか」
坂道を下りながら、はなさんと会話する。
「はなさんは歩くの嫌い?」
「ん~。ちょっと前まではそうだったんですよね」
「そうなの?」
はなさんは肩をすくめる。
「歩くのに限らず、自転車もバスも電車も、移動手段全般嫌いでしたよ?」
「え? なんで?」
はなさんの言葉を聞いて、ぼくは首を傾げた。
「移動時間は、すごく無駄な気がしていたんです。だから、移動時間が短い方がよくて、長くかかるほど嫌いで。でも、結局は移動そのものが嫌いでした」
「・・・・・・へー」
極端な気もするけれど、移動時間が無駄な時間、というのは、分からなくもない。
「ぼくは、移動時間が長いのは好きだけどね」
「サンらしいですね」
ゆっくりと移動する間に、いろいろ周りを見るのが好きだ。
つらつらと無駄な考え事をするのが好きだ。
「でも、今は嫌いじゃないの?」
「ええ。そうですね。といっても、サンといる時は、ですけど」
「?」
「サンと話しているのは、楽しいですから」
にこ、と笑顔で言われると、なんとも面映ゆい。
「ぼくも楽しいよ」
そう返しておくけれど、照れくさくてちょっと小声になってしまった。
そうして二人で歩いていると、不意にはなさんが首を傾げた。
「・・・・・・でも、急にどうして生姜焼きなんですか?」
「え? 気分」
端的に答える。
「気分」
はなさんが、何とも言えない顔でおうむ返しに聞いてくる。
「うん。朝ごはんにベーコン焼いてトーストに載せて、ベーコントーストで食べたんだけど」
カリカリになるまで焼いたベーコンとトーストの組み合わせはよかった。
ただ、そのカリカリを食べていて思ったのだ。
「生姜焼きが食べたいって」
「・・・・・・・・・・・・なぜ?」
「カリカリしたベーコンに対して、生姜焼きってちょっとしっとり? とろっと? なんて言うか分かんないけど、なんか、カリカリとはしてないじゃない?」
「ええ」
「ベーコンって、結構油がきついでしょ? でも、生姜焼きってあんまり油を感じないでしょ?」
「そう、でしょうか・・・・・・?」
「とにかく、トーストにカリカリベーコンを朝ごはんに食べたから、お昼は白いご飯に生姜焼きが食べたくなったの」
「・・・・・・・・・・・・?」
はなさんがやっぱり首を傾げている。
「まあ、そういう気分の日だってこと」
「結局は気分ですか」
「生姜焼きって、自分じゃ作る気にならないんだよね。・・・・・・今はスーパーでも簡単に作れるソースとかあるけど」
後片付けで、いろいろ汚れたフライパンを洗うのとかが面倒くさい。
「だから、たまにしか食べないんだけど、思ったら食べたくなった」
「・・・・・・なんでしょう。言われているうちにわたしも食べたくなってきましたよ?」
「でしょ? なんかさ、生姜焼きとか、ラーメン、とか、しばらく食べてないと名前を聞いただけで食べたくなるよね」
「わかります」
「ぼくの場合は、思いつきで言っちゃったぼく自身の声だったけど」
生姜焼き、という言葉がいい。
「・・・・・・ジャンクの類と一緒だよねえ・・・・・・」
「ああ、なんか食べたくなる」
「そうそう」
こうなると、本当にどうしようもない。
「これが深夜帯だと飯テロへと変わる」
「きついですよね。アレ」
「明らかに体に悪いんだけど、むしろ我慢する方が体に悪いんじゃないかとすら思えてくる」
「まあ、分かります」
うんうん、とはなさんは頷く。
「お店で、揚げたて唐揚げを見ると、もう一品追加したくなる」
「ううむ・・・・・・」
はなさんにも覚えはあるらしい。
「・・・・・・そういう日です。今日は」
「なるほど。つまりおなかが空いた、と」
「そ。朝ベーコントースト食べた、とは言ったけどさあ。・・・・・・なんかおなか空いた」
いつもと違って、今日はなんだかおなかに隙間がある感じがする。
「・・・・・・なんか、おなか鳴りそう」
しんみりとおなかをさする。
「ふふ。よっぽどですね。それは」
はなさんは、そんなぼくを見て笑っていた。
そうして話している間に、坂を降りきっていた。
「よし、目標発見」
「はいはい。生姜焼きですね」
「大盛りだね!」
「本当におなか空いているんですねえ」
店の戸を開け、席につく。
「生姜焼き、大盛り!」
「同じものを」
「あと唐揚げもください」
「あらま」
はなさんが驚いているが、注文は済んだ。
「はなさんも食べる?」
「わたしは、生姜焼きだけできっとおなか一杯ですから」
「そ? じゃあ、ぼくが食べる」
がっつりとタンパク質を取って、おなかをさすりながら帰路についた。




