苗、一ヶ月、物語
ぼんやりとしてしまう。
カレンダーを一枚めくった。
一ヶ月過ぎたのだと、そう思う。
「・・・・・・わあ」
カレンダーなんて、別にいらないんじゃないかなあ、と父さんが引っ越しの荷物に入れているのを見て思ったものだけれど、実際にこうしてめくってみると、案外と心に来るものがある。
「・・・・・・そっか」
入学してから、それくらい過ぎた。
それはとりもなおさず、はなさんと会って、そのくらい過ぎた、ということで、
「・・・・・・うーむ」
めくってはがした、四月分のカレンダー。
何の変哲もない、ただ日付が並んでいるだけのそれが、妙に特別に思えてくる。
何かが書いてあるわけじゃない。
カレンダーは壁にかけたときのままだ。
だけれど、たった一枚の紙が、実家でめくってもすぐに捨ててしまっていた一枚が、今はなんだかちょっともったいない。
「・・・・・・どうしよ」
二つ折りにして、そっと棚の上に置いて、悩んでしまった。
+++
「・・・・・・あら?」
そうして置いておいたカレンダーを、部屋に遊びに来たはなさんが見つける。
「サン。これ、先月のカレンダーですけど、どうしてここに?」
「あ・・・・・・」
すっかり忘れていた。
先日棚の上に置いて、そのままだった。
「いや、特に理由はないんだけど、なんかそこに置きっぱなしにしちゃってた・・・・・・」
あはは、とぼくは笑うけれど、はなさんはふむ、と首を傾げて、
「よくわかりませんが、いらないなら、捨ててしまってもよいのでは?」
む。
何気なく言われた内容に、一瞬、苛立ちが湧いた。
どうでもいいことだけれど、
「・・・・・・まあ、そうだね」
なんとなく、はなさんに言われるのは、ちょっと嫌だった。
「・・・・・・?」
はなさんは、そんなぼくを不思議そうに見ている。
手に持った二つ折りのカレンダーを開く。
「でも、少し意外ですね。サンがカレンダーを持っているのは」
「? なんで?」
「いえ、スマホでスケジュールは管理できますから、わざわざ壁にかけるほどのものでもないでしょう? カレンダーなんて」
「はなさんは使わないの?」
「両親が年末になるとどこからともなくもらってくるので、家には飾ってありますけど」
肩をすくめるはなさんに、ぼくも頷く。
「ああ。ぼくの家も一緒。それも、持ってけ、て荷物に入れられた」
「なるほど」
はなさんは微笑している。
「・・・・・・四月のカレンダー、ですか」
「どうかした?」
「いえ、大したことではないんですが・・・・・・」
はなさんは少し言いづらそうにした後で、
「このまま捨ててしまうのは、少しもったいないかな、と」
驚いた。はなさんが、そう言ってくれたことにだ。
「・・・・・・どうして?」
だから、聞き返す。
その答えは、ぼくと同じだろうか、と思いながら、
「これだけ大きくて、それなりに丈夫な紙ですから、何かに使えないかな、と。・・・・・・貧乏性ですね」
はなさんは苦笑しているが、ぼくはちょっとへこんだ。
まあ、はなさんからしてみたら、ただの紙だろう。
「へえ・・・・・・」
そんなはなさんは、カレンダーを見て何かを呟いた。
「どうしたの?」
「いえ、このカレンダー。チャリティか何かで、一つ買うごとに砂漠に木の苗が植えられるプロジェクトへの寄付になるそうですよ?」
「紙製品って、そういう緑を大事にしましょう系のプロジェクトによく関わるよね」
「原材料に関わるから、重要なことなのでしょう」
ふふふ、とはなさんは笑い、
「そうだ」
そう言って、テーブルの上に四月のカレンダーを広げた。
「ええっと・・・・・・」
そうして、ある日に丸を付ける。
「ここが、入学式」
その日は、確かに入学式。そして、はなさんと会った日。
はなさんは、入学式、と書き加える。
「サンとサークルに入ったのが翌日」
「飲み会は週末でしたね」
「ここで、お花見みたいなことをしましたっけ」
「サンがバイトを始めて・・・・・・」
「わたしとサンがボランティア」
はなさんが、カレンダーに次々とイベントを書いていく。
一日ごとに丸がついて、なにがしかが書かれていく。
ぼんやりと眺めているうちに、はなさんは四月三十日まで書いて、
「・・・・・・サンの方は、何かないですか?」
「・・・・・・えっと」
ちょっと、言葉が出なかった。
「何かって言われても、書く場所ないよ?」
はなさんが書き加えたカレンダーを覗き込めば、どの日にも何か書いてある。
「というか、これは・・・・・・」
「この四月で覚えていることを書いてみました」
「・・・・・・・・・・・・ぼくとのことばっか」
「本当、すごいですね」
はなさんが、なんだかとてもやさしい顔をしている。
「えっと」
その顔を見ていられなくて、ぼくはカレンダーへと目をやった。
「入学式で、はなさんと会って」
「はい」
「・・・・・・この日、はなさんに電話ですごい夜遅くまで課題を手伝ってもらったっけ」
「ああ、雷が落ちて」
「そうそう。パソコン壊れちゃった日」
「それから、先輩に紹介されたバイトをした日があって」
「ありましたね・・・・・・。簡単ではあったけれど、すごい疲れました」
「この日は、はなさんに教えてもらった本屋さんに行ったかな」
「いい本は買えましたか?」
カレンダーを指さしながら、あれもあった、これもあったと、肩が触れ合うほどの距離で、はなさんと語り合い、笑い合う。
「・・・・・・すごいなあ・・・・・・」
口をついて、そんな言葉が出た。
カレンダーは、本当に隙間なく、何かが書き込まれている。
「・・・・・・ぼく、一ヶ月がこんなに密度が濃かったの、生まれて初めてかもしれない」
「わたしも同じです」
しばらく、二人でそれを眺める。
「・・・・・・・・・・・・サン。これ、どうしましょう?」
「いや、それぼくのセリフ。本格的に捨てられなくなっちゃったよ?」
ここまで書き込んでしまうと、本当にもったいない。
「・・・・・・うーん。何かに挟んで取っておきましょう」
「ええ・・・・・・」
そこまでかな、と思うけれど、
「捨てたくないです。これは」
はなさんは、ただのカレンダーだったものを胸に抱いて、そう言った。
「サンがわたしのお友達になって、一ヶ月の記録ですから」
それは、ぼくも同じ。
ぼくが、捨てられなかった理由と、同じ。
「・・・・・・でも、そうすると、来月も同じことしちゃいそう・・・・・・」
「あはは。そうですね。でも、それも楽しそうですよ?」
それほど長い期間ではない、短い時間の思い出が、すごく大事で重い。
「・・・・・・えっと、ありがとう」
「あら? 何がでしょう?」
「いや、一ヶ月の記念に、かな」
「ふふ。どういたしまして。いえ、わたしからも、ありがとう、ですね」
それから、
「これからもよろしくお願いします」
たった一ヶ月。
そして、これからも続く。
「・・・・・・あ」
「?」
「ぼくたちの物語はこれからだ、的な?」
「! く、ふふ! それじゃ打ち切りみたいですよ?」
「そうだねえ。そこは、漫画と現実の違いだね」
もっと書きたい。
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