朝、与太郎、石鹸
「・・・・・・サン、石鹸変えました?」
はなさんと会ったら、はなさんがこちらをくんくんとかいで、そんなことをのたまった。
「・・・・・・はなさん、いきなり匂いを嗅ぐのは変態チックだよ?」
「おっと」
失礼、とはなさんは近づいていた身体を離した。
「まあ、石鹸というより、洗剤を変えた」
「ああ。服の方・・・・・・」
ふうん、とはなさんは頷く。
「洗剤はあんまり気にしてなかったんだけどね。いつも買ってるやつの隣に特売で安いのがあって」
「それで、変えてみた、と?」
「特売終わったら、また前のに戻るんじゃないかな」
洗剤の値段次第だけど、と付けくわえる。
「ぼくは、あんまりわかんないんだけどね」
「ううん? 普通は分からないくらいじゃないですか? わたしは毎日サンと会ってますから気づきましたが」
そうかなあ、と頷く。
「匂いというなら、はなさんはあんまりにおいがないよね」
「自分に匂いを付けるのって苦手なんです。だから、石鹸も洗剤も、できるだけ無香料を選んでます」
「なるほど」
ちょっと茶目っ気が出た。
すい、とはなさんの首元に顔を寄せ、においをかいでみる。
「・・・・・・つまり、これこそごまかされないはなさんの匂い!」
多分汗のにおいだ。
ただ、いい匂いに感じる。
「サン。変態なことをしないでください・・・・・・」
はなさんに顔を手のひらで押されて離される。
やれやれ、とはなさんは首を振って、
「でも、そうですね。実はわたしもちょっと意外でしたよ」
「?」
「匂いって結構はっきり差が分かるものですね」
「そうなんだ」
「ええ。今まで、サンの匂いなんて、それほど気にしたことなかったんですが、変わってみると気になりました」
「いつもと違うと、気になると」
そういうものかもしれないと思う。
慣れてしまうと気にならなくなるが、それが変われば気が付く。
変化には気づきやすいものだ。
「はなさんがぼくをよく見てる証だね」
「わたしが香水でも付けたら、サンも分かるんじゃないですか?」
「いや、香水なんかつけなくても、たまにはなさんの匂いは分かりやすい時がある」
ふふん、と腕を組んでどや顔してみる。
「え? いつです?」
首を傾げるはなさんに、ぼくは思い出しながら言う。
「はなさん。たまに甘いパンの匂いがするんだよね。午前に一コマ目がない時とか。・・・・・・朝ごはんに、パンケーキとか焼いてない?」
「ああ・・・・・・。たしかに、時々ホットケーキミックス使って、朝ごはんを作ることがありますね」
あの甘い匂いは独特だ。
「すごくおなかが減る匂い」
「そんなにですか?」
「いや。マジに、一回連想すると無性に食べたくなるね。たまにつられて買いに行っちゃう」
「そうですか」
苦笑を浮かべ、はなさんは、
「今度ごちそうしましょうか?」
「ぜひとも」
実においしそうな提案である。
「・・・・・・・・・・・・ふと、気になったんですけど」
「?」
「サンは、朝ごはんに何を食べているんです?」
「ん? 多いのはごはん。炊飯器で炊いてる」
「自分で?」
「自分で作るときはね。・・・・・・ただ、面倒だからコンビニでパン買ったり、行く途中でお店で買う方が多いかな」
予約炊飯機能は便利だ。
お米を炊ぐ手間はかかるけれど、決して苦ではない。
ただ、手軽さなどを考えると、どうしてもコンビニなんかの方が楽だ。
「パンの方が多いんですか?」
「おにぎりの時もあるよ? 何も食べないときも時々」
「朝ごはんはしっかり食べましょうね」
「うん」
朝ごはんを食べないと力が出ないのは、最近なんとなくわかってきた。
朝ごはんは大事だ。
「はなさんは?」
「わたしはパンが多いですね。フレンチトーストにしたりすることもありますが。あとは、パンケーキとパスタでしょうか。・・・・・・ごはんはあまり炊かないですね」
「洋風」
「手軽にできるものが多いですよ。わたしの家は家族がいますから、ごはんを炊くとすると、結構大きい炊飯器を使うことになりますし、後片付けが結構手間で。・・・・・・親の方で炊いてくれているならいいですが、大体パンが用意されていますね」
はなさんに言われて、そういえば、家ではいつもお母さんがごはんを炊いていたな、と思い出す。
「そっか。・・・・・・まあ、ぼくの場合、実家からいろいろ送られてくるっていうのもあるしね」
「なるほど。農家でしたね。・・・・・・お米も作ってるんですか?」
「作ってる。畑も広いし、たくさん作ってるから、食費が結構抑えられてる」
「いいですね。それ」
「昔から食べてるから、なんだかんだ一番おいしく感じるね」
肩をすくめて答える。
祖父母からの贈り物は、とてもありがたいのだ。
「なんか、生の素材を送られると、料理しなきゃ、って気分になるんだよね」
「いいことだと思いますよ? おいしく食べれるならなおよしです」
「て言っても、ぼくもあんまり料理は得意じゃないけどね」
煮る、焼く、炒める、ゆでる、くらいはどうにでもなるが揚げるのはちょっと難易度が高い。
仕込みとか、下ごしらえになると、完全にお手上げだ。
レシピを見ながらその通りに作ることはできるが、
「教えましょうか?」
「いや、そこまではさすがに。・・・・・・ぶっちゃけ、自分で作るより誰かに作ってもらった方がおいしく思えるし」
「あらまあ」
はなさんがくすくす笑っている。
「だから、はなさんの手料理プリーズ」
「高いですよ?」
「・・・・・・ぼくのじいちゃんのお野菜を進呈しますよ?」
「素材じゃないですか。まったく。しょうがないですねえ」
はなさんは笑っていた。
+++
家に戻り、野菜を前に考える。
「野菜炒め。・・・・・・いや、カレーか」
ごはんは、炊ける。
一時間位だ。
その間にカレーを煮込めば、ちょうどよい時間になる。
炊飯器をセットし、カレーを煮込みながら、ふと思い出した。
「ここら辺、なんだかんだでばあちゃんの仕込みだよね・・・・・・」
思い出してみると、お母さんから料理を習った経験はほとんどない。
祖父母の家に行ったとき、ばあちゃんの手伝いから料理の仕方は覚えた気がする。
「・・・・・・なんだっけ?」
料理の一つもできないのはだめだ、と言われた気がする。
与太郎だって、そばゆでるくらいはできるもんだ、と。
「与太郎は、のんきな楽天家だが、失敗ばかりする。そんなダメな奴でも、そば打つくらいはするもんだ、だったかなあ?」
なんかの落語の話だった気がするけど、よくは覚えていない。
ただ、
「料理できると、できるやつに思われるよね」
できないより、できたほうがいい。




