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海藻、法律、ハンガー

 ハンガーにつるした靴下が窓の下から見える。

「・・・・・・・・・・・・海藻を干してるみたい」

 そんなことを呟き、くす、と一つ笑って、サンは大学へと歩き出した。

 朝起きて、まだ講義までは余裕があったから、洗濯物を洗い、干して、家を出たところだ。

 大学までそれほど距離があるわけではないが、大学に着くのはおそらく講義の三十分以上も前になるだろう。

 朝早くでなくても、余裕を持って家を出るのは、サンの癖のようなものだ。

 時間には余裕があった方がいい。

 その方が、道草を食っても困らないから。

 サンの考え方は、おおむねこのようなものだった。


+++


 目を覚まし、体を起こし、身だしなみを整え、朝食を摂って、家を出る。

 はなは、いつも通りに動いていた。

 はなの起きる時間は決まっている。

 朝の七時だ。

 平日も、休日も、変わることなくこの時間に起きる。

 例外は、三時以降まで夜更かししている時くらいである。

 そういうときは、いっそのこと徹夜してしまうことも多い。

 夜寝るのも、何もなければ十時には寝てしまう。

 健康なのだ。

 もっとも、最近は、サンと夜話すことも多いため、十時以降に眠ることも少なくない。

 それでも、眠そうな姿を見せないのは、基本的には規則正しい生活を送っているからだろう。

「・・・・・・さて・・・・・・」

 講義の始まる時間までは、まだ余裕はある。

 はなは、時間は効率よく使いたいタイプだ。

 大学の講義室まで、家を出て三十分見ておけば、余裕だろう。

 ならば、と、タイマーで時間をセットすると、はなは部屋の掃除を始める。

 サンはなんだかんだと講義開始の五分前ぐらいにしか現れない。

 その前に席を取るには、十分、余裕を見ても、十五分も前に講義室に入っていれば、大丈夫。

「~~♪」

 鼻歌交じりに掃除機をかけ、部屋を整える。

 タイマーが鳴ったところで、鞄を持って、家を出る。

「・・・・・・さて」

 はなは、大学へと向かうのだった。


+++


「あ、はなさん」

「おはよう。サン」

 はなが隣の席に置いていた荷物をどけると、サンはありがとう、と言って、そこに座る。

「・・・・・・ありがとね。いつも席取ってくれて」

「いいんですよ」

 はなはにこりと笑って、サンも笑い返す。

 サンが到着した時点で、五分前。

 講義はすぐに始まるのだった。


+++


 講義の終わり、二人は連れ立って講義室を出る。

 いつも通り、並んで歩く。

 サンは話題を挙げ、はなが応える。

 いつもの流れだ。

「・・・・・・なんていうか」

「はい?」

「見間違いって、ない?」

「何がでしょう・・・・・・?」

「たとえば・・・・・・」

 んー、とサンはうなり、

「ビニール袋が、猫に見える、とか」

「ええ・・・・・・?」

 はなは、サンがおかしなことを言い出した、と思った。

「昔ね。びっくりしたことがある」

「何があったんですか?」

「道を歩いていたら、すー、と低い軌道で猫が、こう・・・・・・」

 両手を突き出したポーズをとるサン。

「スーパーマンみたいな恰好で滑空してて・・・・・・」

「・・・・・・続きをどうぞ?」

「いやね? それが、地面に着地するぞ、ってところでちょっと軌道が変わって、ああ、なんだ鳥か、と」

「ああ。遠目だったから見間違えた、と」

「うん。でも、実は鳥でもなくて、実はビニール袋が風に飛ばされてきてただけだった・・・・・・」

 サンは、あれには驚いた、と頷いて、

「気づいてみると何てことないんだけど、遠目だと意外と見間違える。・・・・・・あとで気づくとちょっと面白いんだよね」

「ははあ。なるほど」

 サンの言いたいことが伝わったか、はなはうんうん、と頷いた。

「あれですね? コート掛けにコートと帽子をかけておいたら、暗闇で見たときに人が立っているように見えた、とか」

「あー、そういうのそういうの!」

 わかるわかる、とサンは頷く。

「実家の部屋の扉にすりガラスの戸があったんだけど。夜に部屋の中から廊下に出ようとするじゃない?」

「ええ」

「蛍光灯は白いから、ガラスは白い光を反射してる。でも、ぼくが近づくと、その部分が影になるから、黒くなる」

「ふんふん」

「でも、別のところから反射してきた光が入って、その黒いところに白い影がさらにできるとね? まるで暗い廊下に誰か立ってるみたいに見えて、ちょっと怖かった」

「あはは」

 サンが肩を落としてやれやれと首を振る。

「なんていうか」

 サンは続きを話し出した。

「そういう見間違いって、結構あってさ。で、結構驚くよね」

 ふむ、とはなは頷く。

「見間違う先って、案外身近にないもののことが多いですから」

「そうそう。・・・・・・なんでここにあれがあるの? みたいな」

「わかります」

 くすくすとはなは笑い、

「時々ありますよ? ほら、この間、わたしの家に、サンが上着を忘れていったことがあるでしょう?」

「あったね。その節はご迷惑をおかけしました」

 いえいえ、とはなは笑い、

「ハンガーにかけて吊るしておいたんですけど、お風呂上りに部屋に戻って電気を付けたときに、サンの服がちょうどいい具合になってて、思わず、知らない間にサンが部屋に来てたのかと思ったことがあります」

「あはは・・・・・・」

 はなの苦笑交じりの言葉に、サンは笑う。

「まあ、後ろ姿とかで似てるなって、人違いのことはあるけど」

「ねえ?」

「でも、ぼくは似てるなって思っても、はなさんを見間違えたことはないよ?」

「そうですか? ・・・・・・そうですか」

 ふふ、とはなは笑った。

「はなさんは、はなさんって、分かる」

「不思議な感覚ですね」

「まあ、ねえ」

 ぽりぽりとサンは頬をかいた。

「ぼくも、なんで分かるのか、分からないんだけどねえ」

 やれやれ、とサンは笑う。

「ぼくから見たら、はなさんだけ、違って見えるんだよねえ」

「・・・・・・もう」

 はなは、サンの頭を小突いた。

「? どうしたの?」

「恥ずかしいセリフです。・・・・・・だめですよ?」

「そう? どこか恥ずかしかったかな・・・・・・?」

 首を傾げるサンに、はなは笑いかける。

「わたしは、サンに見えてしまうものばかりですよ」

「ええ? それ、どんな状態なの・・・・・・?」

「だって、出会ってからこちら、わたしとサンはいつも一緒じゃないですか」

「そうだね?」

「そのせいか、行く先行く先、サンがいるんですよねえ?」

「?? ごめん。よくわかんない」

「気にしないでください。大したことではないので」

 はなは笑ってごまかし、歩き出す。

「それより、お昼にしましょう。今日は、午後からも講義です」

「そうだね」

 ん、とサンは首を傾げる。

「午後からは、何だっけ?」

「法律ですよ。法律で罰することのできない正義。トロッコ問題を法律で裁くとどうなるか、みたいな」

「・・・・・・めっちゃ難しそう」

サンもはなも、時間に遅れることはめったにないです。

ただ、サンは余裕を持って家を出たのに、なぜかぎりぎりに着くタイプ


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