夕立、食べる、机
夕立が降っていた。
何とはなしにそれを眺めながら、サンはほう、と息を吐いた。
静かだ。
暑くとも、穏やかな日だった。
昼を過ぎたころは、まだぽつぽつ、という具合のまばらだった雨も、今は勢いを増して、強い雨となっている。
まさしく、夕立だった。
暑さがあるからか、雨の温度はどこか温くも感じたそれも、夕方にかかるころにはもう冷たい雨となっていた。
だから、外にいれば冷える。
そうと分かってはいても、サンは喫茶店のテラス席にぼんやりと座り、特に何をするでもなく、ほう、とため息を吐いている。
「サン。なんだか珍しいですね。サンが何もせずにぼーっとしている、というのも」
向かいの席に座るはなは、湯気の立つ紅茶に口を付けつつ、サンへと微笑んでいる。
「ぼくも、自分でもそう思うよ」
サンは苦笑した。
「何かしたいって思わない日って、そんなにないんだけど、今日はその日みたい」
講義も終わり、なんとなく二人でお茶をしていたが、その流れでここにいる。
サンは今日は本当に心ここにあらず、という感じだ。
二人で話していても、不意にぼんやりしては、会話と途切れされる。
「何か、あったんですか?」
「ううん? 特に何も」
本当に何もない。
「ただ、なんか、動きたくなくなる日って、ない?」
「まあ、気持ちはわからないでもないですが」
はなは、苦笑している。
「講義は出ないといけないから、何とかなったけど、正直さぼりたくてしょうがなかった」
「ううん。これは何というか重傷ですね」
「昔から、この時期は結構なるからさ。家族には、『遅めの五月病』って言われてた」
「うまい言い方ですね」
「そうだねえ」
サンは、ぼんやりと雨を見て、
「・・・・・・はなさん。なんか面白い話ない?」
「鬼みたいな振りの極致みたいなのが来ましたね」
はなが苦笑し、顎に手を当てて、んー、と唸る。
「そうですね。こういう雨の日は、本などを読みたくなるんですが」
「帰って読む?」
「いえいえ。それでは、サンを置いて帰ることになってしまうじゃないですか」
「そうだねえ。ぼくもそれは寂しい」
ふふふ、と笑って、はなは続ける。
「なので、今日はそういうのはなしです」
「おお。ありがとう。はなさん」
サンとしては、置いていかれても、まあ、寂しいとは思っても、それでどうこうということはないだろうが、それでもはなが一緒にいてくれるのはうれしいものだ。
「というわけで、ちょっと、毛色の違う話をしましょう」
「?」
「そうですね。・・・・・・サン。夏の食べ物だと何が好きですか?」
「夏だと・・・・・・。ううん・・・・・・。スイカ、かな」
「なるほど。あれは美味しいですね」
「うん。大きく切って、齧り付くのが好き」
「いいですね。想像するだにかわいらしい・・・・・・、いえ、そうではなく」
こほん、とはなは咳払いをして、
「塩をかけて食べますか?」
「うん。そうだね。ぼくの家は代々塩派。砂糖をかけるとかもいるらしいけど、ぼくはそうはしないかなあ」
「塩分と水分の両方を取るためでしょうか。サンの実家は農家らしいですし」
「おお! 肉体労働系だからか。・・・・・・そういう風には考えたことなかったなあ」
うんうん、と頷いて、
「なるほど。そういわれるとなるほど、って思うね」
「ふふ。ちなみに、わたしは何もかけないで食べます」
「そうなの?」
「ええ。最初にまず、何もかけずに食べ、少ししてから塩をかけるのが、好きですね」
「? 最初にかけないんだ?」
「ええ。スイカって、結構甘いでしょう? かといって大きいスイカは食べきるにはちょっと、飽きるので、少し食べてから、味を変えるつもりで、ちょっと、塩を振るわけです」
「へえー。・・・・・・今度やってみよう」
腕を組んで、サンは頷く。
「というわけで、今度、一緒に食べましょう」
「一緒に?」
「ええ。夏になると、お父さんスイカを一玉買ってくるんですが、大きいので食べきるには難儀します。なので、サンも一緒にいかがです?」
「行く」
サンは即答した。
「というか、一玉って、大きい奴だよね」
「ええ。結構大変なんですよね。人からもらうこともありますし」
困った、とはなはため息を吐く。
「くりぬいてシロップ漬けにしたり、凍らせたり、サラダに添えてみたり、といろいろなところでスイカが顔を出すんです」
「もしかして、スイカ嫌い?」
「いいえ。好きですよ。ただ。適度に食べたいですよね。限度っていいますか」
「過ぎたるは、ってやつだね」
サンは笑い、ふと、外を見る。
雨が上がり始めていた。
「むむ・・・・・・」
「サン?」
「はなさん。この後予定ある?」
「? いいえ。もう帰るだけですね」
「じゃあ、もう少し付き合ってもらっていい?」
「ええ。構いませんよ」
サンは、メニュー表を手に取ると、
「ちょっとおなかすいたので、何か食べます」
「ふふ。どうぞ」
+++
家に帰り、サンは冷蔵庫を開ける。
ミネラルウォーターを取り出し、飲む。
「・・・・・・むう。スイカ」
はなとの会話が残っている。
「あ、そういえば・・・・・・」
冷凍庫を開けると、スイカ味のカップアイスがあった。
「・・・・・・食べちゃうか」
取り出して、蓋を開ける。
「うむ?」
一口、口にくわえて、はて、と天井を見上げる。
「このアイスに塩をかけるとおいしいだろうか・・・・・・」
いやいや、まてまて、と首を振る。
「・・・・・・いや、でも。スイカには塩をかけるし・・・・・・」
ちら、と味塩のビンを見て、葛藤し、不意に笑いが込み上げてきた。
「あはは。なんか、バカみたい」
夕立の中で感じていたけだるさは、ふしぎと消えている。
塩のビンを手に取り、
「やっちゃえ」
ぱらっと一振りして、かけたところを掬いとる。
「・・・・・・・・・・・・生のスイカとはやっぱ違うか」
なんとも言えない味に感じたそれを、苦笑して見やる。
やっぱり、少し笑いが込み上げてくる。
食べかけのアイスを机の上に置いて、スマホを手に、はなへと電話をかけた。
昼間の話の続きをしよう。
主に、スイカのおいしい食べ方についてだ。




