流れ星、呪文、押し入れ
押し入れの中は落ち着く、と思う。
「狭いのがいいんだ」
「わたしはよくわかりません」
ぼくが押し入れについて語ると、はなさんは苦笑しながら首を振った。
「埃っぽいですし」
「掃除すればいいのさ」
「暗いですし」
「スタンドを持ち込むんだよ」
「床とか固いですよ?」
「布団とか持ち込んでね?」
「・・・・・・そこまでやって何をやるんです?」
「え? ・・・・・・秘密基地、みたいな?」
なんかわくわくしないだろうか。
「・・・・・・それは、楽しいのですか?」
「なんかね、狭いところは無条件にわくわくする」
「えぇ・・・・・・」
なんかはなさんが信じがたいものを見る目をしている。
「自分の持ち物で全部固めて、狭い中にひきこもると、すごく安心感があるの」
「・・・・・・安心感」
「スタンドの灯りで本を読む。寝る。ごろごろする。・・・・・・一人になりたいとき、他の人が入る余地のない狭さは安心するのさ」
「そういう、ものでしょうか?」
ぼくとしては、案外に理解を示してもらえないことが意外だ。
「はなさんは、そういう一人になりたいときとかないの?」
「そういう時は、普通に一人になりますから。わざわざ狭いところにひきこもろうとは思いません」
「へえ? でも、外に出れば誰かしらいるし、部屋の中だと雑音とか多くない?」
「いえ? 周りに誰がいようと、気にしなければいないのと同じですから」
「・・・・・・つよい」
ぼくはむりだなあ、と思う。
「ぼくは、周りに誰かいたら気になっちゃうな。・・・・・・どうやっても」
「そうですか。それも、サンらしくはありますね。・・・・・・好奇心旺盛、というか」
「そう? でも、外に出て、誰かがいると、知り合いかな、って期待しちゃうんだよね。最近だと、外に出ると無意識にはなさんを探しちゃうし」
「そ、そうなんですか?」
「うん。はなさんがいてくれないかなあ、とか、はなさんがあの角から曲がってこないかなあ、とか、はなさんから電話かかってこないかなあ、とか・・・・・・」
指折り数えて、苦笑する。
「こっちだと、はなさんくらいしか友達いないから。・・・・・・一人は寂しいんだ」
はなさんに笑顔を向ける。はなさんはぼくを見て、微笑み返してくれた。
「・・・・・・一人になりたいときに、押し入れに引きこもるのでは?」
「そうだよ? 結局、広いところに一人でいるのがつらいんだよ。狭いところに一人なら、逆に落ち着く」
「そういうものでしょうか・・・・・・」
「人は、背中を壁に預けるのが安心するって、よく言うよ?」
「それは、よく聞きますね」
「背中だけじゃなくって、周り全部壁だと、安心感は段違いだと思わない?」
「その理論は分かりませんよ?」
「むう・・・・・・」
どうやったら、分かってもらえるんだろうか。
いや、無理に分かってもらう必要はないけれど。
「まあ、はなさんに押し入れに入れ、と言えるわけでもないし、別にいいんだけど」
「ふふ。でも、狭いところが好きとか、ちょっとねこみたいです」
「ねこか。かわいいねえ」
確かにねこは狭いところに入りたがるらしいけれど、ぼくとしては、ちょっと違う気もする。
「はなさんは、一人の時は何してるの?」
「本を読んでます。あとは、何もしない日とか」
「ああ、前に言ってた・・・・・・」
「ええ。何もしない日は、人にも会いませんから。常に一人ぼっちですね」
「ぼくに言わせると立派に奇行な気もするけどね。・・・・・・ぼくは、何かしてないと落ち着かないから」
「ふふ。そういうところは反対ですね? わたしたち」
「ほんとうにねえ・・・・・・」
+++
ふと、思い立って、ぼくは部屋のクローゼットから全部出して、中に入ってみた。
閉じてみれば、狭い。
ぼんやりとする。
「・・・・・・ん~?」
だけれど、なんとなく、違うな、と感じた。
外に出て、スマホを取り、もう一度中へ。
「・・・・・・はなさん。ぼく、クローゼットの中にいるよ、と」
送ってみた。
「・・・・・・ふふ」
返信は、やれやれ、というスタンプ一つ。
それでも、返信があった、という事実に、妙な安心感を覚える。
「・・・・・・ふむ?」
そういえば、家でクローゼットに閉じこもったときも、家には誰かしら家族がいた。
「・・・・・・そか」
一人になりたい、なんて言いつつも、ぼくは結局、一人では安心できないのだ。
「・・・・・・はなさん」
クローゼットの外に出る。
一人暮らしの部屋。
クローゼットの中身を出したせいで、ただでさえ狭い部屋がさらに狭くなっている。
そこに、安心感はない。ただ、生活感と日常があるだけだ。
「・・・・・・」
クローゼットへと出したものをしまいなおし、ベッドに横たわる。
カーテンを開ければ、外は暗い。
「あれ?」
スマホに着信。
はなさんからだ。
「ええと、・・・・・・ぷふっ!」
『寂しいのなら、魔法の呪文。サン。この番号にかけて、ハナサーン、と呼んでみなさい。寂しさなど吹き飛ぶでしょう』
そのあとに、どやあ、というスタンプがついてくる。
「・・・・・・はなさんたら」
いつもの、はなさんらしからぬ言葉にも思えるが、はなさんのやさしさも感じる。
「はなさーん、か」
言われた通りにしてみようか。
でも、もう寂しさなんてないのだけれど。
「ああ、ほんと。魔法の呪文だ」
はなさん、と口の中でつぶやいた。
「・・・・・・寂しくない」
なんとなく感じていたものが消えて、なんだか体が温かい。
笑顔になっている自覚と、はなさんの顔を思い出す。
「はなさん」
登録していた連絡先を呼び出す。
通話ボタンを押す。
コール音が数回。
『はい? もしもし』
「ハナサーン」
『何ですか? サン。 寂しいんですか?』
「ううん。呪文のおかげで、寂しくないよ」
『そうですか。それはよかった』
他愛もない話をしながら、ふと、窓の外を見る。
流れ星で降ってくれたら、ちょっと感動的なのに。




