芋、息子、肖像
『息子の肖像』と書かれた絵がある。
ぼくは、それをぼんやりと見上げた。
描かれているものが、どう見ても人間に見えない。
「・・・・・・はなさん。この画家さんには、息子さんがこれに見えたのだろうか・・・・・・」
「芸術家なんて、みんな頭がおかしいんですよ」
「いやいや、それは言い過ぎでは・・・・・・?」
多分苦笑が浮かんでる。
はなさんは、にこりと笑う。
「芸術家を名乗っている時点で、基本的に人とは違うと思います」
「いやいや。それで頭がおかしいとか言っちゃだめだって」
はなさんが辛辣だ。
今日は、はなさんと美術館に来ている。
なんでかと言えば、商店街のくじ引きで美術館のイベントの無料チケットをもらったからだ。
あまりこういうところは来たことがないのだが、
「たまにはいいですね。こういうの」
「・・・・・・はなさん、楽しめてる?」
なんか、さっきからはなさんが飾られている作品に対して、結構辛辣な言葉を吐いている。
「楽しいですよ。こういう美術作品って、どんな感想吐いても許されますよね」
いや、それはどうだろう。
はなさん的には、芸術はけなすものなのだろうか。
「・・・・・・わたしの中学時代の友人に、芸術家を目指した子がいました」
「うん」
「その理由が、県の展覧会で最優秀賞を取ったから、という理由でした」
「うん?」
「わたしは言いました。身の程を知れ、的なことを」
「まあ、ぼくでも言うね」
「そしてその子は家出をしました」
「うわ」
「自分探しの旅に出ると書置きがあったそうで」
「・・・・・・・・・・・・それで?」
なんか聞くのが怖くなってきた。
「なんか、家出する前にわたしが身の程知らず的なことを言ったことをご両親に言っていたそうで」
「?」
「そのご両親から、うちの子に何かあったらどうしてくれる、と責められました」
「ええ? どう考えてもそっちの子がおかしいじゃん」
「そのご両親曰く、『うちの子は天才だ』と」
「親ばかなんだね」
「ええ。親もばかでした」
なんかにっこりしてるのが怖い。
「なんか、いろんなところに怒鳴り込んだのか、わたしが身の程知らずと言ったが尾ひれがついて、わたしの言葉に傷ついて、傷心をいやす旅に出たから、すでに自殺している、まで、まあ、無責任な噂が独り歩きしまして、わたしも結構遠巻きにひそひそされたものです」
「はなさん・・・・・・」
顔をしかめて話すはなさんに、ぼくは何と言っていいのかわからない。
ふう、と一息吐いて、はなさんは話をつづけた。
「・・・・・・一月ほどして、その子は戻ってきました」
「うん」
「わたしに対して、特にアクションはありませんでしたが、わたしも関わりたくなかったので、無視しました」
「なるほど」
「・・・・・・そして、やつは事件を起こします」
「おう?」
「なんか、また三日ほど学校を休んだと思ったら、なんか大きなキャンバスを持ってきまして」
「・・・・・・絵?」
「絵、ですね」
「どんな絵だった?」
「さあ? 正直何が書いてあるのかさっぱりわからない絵でした」
肩をすくめやれやれと息を吐くはなさんに、ぼくは何と言っていいかわからない。
「わたしは正直に、へたくそですね、と言いました」
なんか自慢げだ。
「何せ、家出して、親に怒鳴り込まれるとか、迷惑しかかかってませんし」
「まあねえ」
「あと、三日休んだことで、やっぱりひそひそされて、ストレス溜まってましたし」
「なるほど」
わかります、と頷いておく。
「そして、やつは言いました」
「やつ」
「わたしには、審美眼がない、と」
「・・・・・・むしろ、なくてよかったのでは?」
「わたしもそう思います。あんな絵が芸術だと思うようになったら、きっと人生は破滅する、と」
うんうん、とはなさんは頷く。
「ただ、周りの人は刺激したくないと思っていたのか、適当に褒め称えていたらしく・・・・・・」
「うん?」
「そいつは得意満面にわたしをけなすだけけなし・・・・・・」
「・・・・・・腹立つね」
「まったくですよ。周囲がわたしに極めて同情的な視線を送ってきているのを見て、腹立つやらなにやら」
ふん、と鼻息荒くはなさんは腕を振り上げる。
「わたしは、言いました」
「なんて?」
「いえ、テンションのままに放った言葉なので、ちょっと・・・・・・」
なんか口に出せない言葉を言ったんだね、と悟る。
「ただ、やつはそのあと発狂したように叫びを上げ」
「叫びを上げ?」
「わたしに絵をたたきつけて去っていきました」
「・・・・・・うわあ」
「角で殴られて血を流したわたしは救急車が呼ばれ、お父さんとお母さんは怒り狂い、やつの両親と大喧嘩になりました」
「・・・・・・また怒鳴り込んできたんだ、親ばか」
「ええ。馬鹿親が怒鳴り込んできたわけです。自分の子供が怪我をさせた子供の病室に・・・・・・」
「常識なさすぎない?」
「狂人とは常識を理解しない人のことですよ?」
「・・・・・・おおう」
「何はともあれ、わたしはそれ以来、芸術家を名乗るやつは、狂人の一派だと考えています」
ふふふふ、とはなさんの笑いが怖い。
「なんか、はなさんらしからぬエピソードにも感じる」
「そうですか?」
「んー。はなさんは、なんだかんだ、そういう手合いへの対処能力が高いイメージ」
「ふふ。まあ、それからですよ。人間には狂人がいる、と学んだのは」
「ああ。なるほど」
そこからかあ、と頷く。
「・・・・・・わたしは、見てはっきりと分かる絵が好きです。・・・・・・見てもわからないものに芸術は感じません」
「まあ、分からなくはないけど」
「サンは、違うんですか?」
「ううん? 見てもわからないものは落書きだと思う。ただ、ああいう風に何かを見てるんだなあ、と思うと、興味深くはある」
「ふうん?」
「・・・・・・ていうかさ、さっきの話を聞いて気になったことが一個ある」
「? なんです?」
「結局、その絵は何が描いてあったの?」
「さあ?」
「ふうん?」
「サンは、何が描いてあったと思います?」
「・・・・・・想像でしかないけど」
「はい」
「はなさんを、描いてたんじゃないかなあ」
「わたし、ですか」
「ぼくだったら、そうする」
「それはまた、どうしてです?」
「だって、話を聞く限り、はなさんだけじゃない。その子の絵を否定したの」
「・・・・・・そうですね」
「だからさ、悔しかったんじゃない? もしくはうれしかったか」
「うれしい?」
「・・・・・・だって、はなさんだし。きっと、正直に言ってくれたんだと思うから」
「・・・・・・」
「だから、はなさんに褒めてほしいと思うんだよ。はなさん優しいけど、お世辞でほめたりしないから」
「サン」
「ぼくだったら、そんなはなさんにこそ、自信作を見せるかなあ」
「で、否定されてキレた、と」
「そこからの流れは分かんない。ただ、絵を見せた理由はそこじゃないかなあ、と思うだけ」
「ふうむ・・・・・・?」
はなさんは顎に手を当てて考え込んでしまった。
「まあ、当人じゃない以上、ただの想像。意味ないよ」
「ま、そうですね」
「でも、その子が絡んできた理由は」
「はい」
「絶対、はなさんのことが好きだったからだね」
「・・・・・・そうでしょうか?」
なんとも、困ったような顔ではなさんは笑っていた。
「・・・・・・まあ、やっぱり芸術はわかんないけどね」
「・・・・・・そうですねえ」
『芋焼酎』と書かれた空き瓶が台に乗っている。
芸術じゃなくてごみでしょ、これ。




