花の咲く木、手、アルバム
桜がある。
満開だ。
サンは桜を見上げて、大きく息を吐いた。
「きれいだねー」
周囲を見れば、同じように咲いた桜の木々。
そして、ブルーシートや敷物を敷いて、花見に興じる人々。
「・・・・・・やっぱり、この公園は騒がしいですね」
はなは、すこし、顔をしかめている。
酒を飲んで大騒ぎする人々の声が、はなにとっては耳障りだからだろう。
「ぼくら、お酒は飲まないもんねえ」
「というか、別にお花見に来たわけでもないですからね」
実際、その通りではある。
単純に、通りがかっただけだ。
今日は休日ではない、平日である。
大学の講義に出て、次の講義までは一コマ分開いているし、昼食は大学の外の食堂にでも向かおうか、と考えた。
二人としては、そこまではよかったのだろう。
連れだって、他愛もない世間話に花を咲かせ、肩を並べて二人は歩く。
そして、公園にたどり着き、
「・・・・・・平日の昼間。明らかにサラリーマンらしき人間。はなさん、問題です」
「はい」
「なぜ、いい大人で社会人なはずの彼らが、こんな真昼間からしかも平日なのに、お酒を飲んでいるのでしょう?」
「・・・・・・桜が、咲いたからじゃないですかね・・・・・・」
はなさんの目が冷たい。
「・・・・・・はなさん、酔っ払い嫌い?」
「酔っている人は別に。酔っ払いは最悪の人たちだと思います」
「・・・・・・なんか、嫌な思い出でもあるの?」
「サン? 酔っ払いにいい思い出がある人間なんかいるわけありません。前後不覚になるまで酔うほどにお酒を飲むのは、自己管理ができていない人間のくずだけです」
はなのいつになく辛辣な口調に、サンはわずかに引き気味だ。
「そんなもの?」
「テンション高くなって絡んでくるのは許しましょう。ええ、気が大きくなって、周りの迷惑を省みれなくなる。これもまあ、お酒を飲めば仕方ありません」
「意外と理解のある・・・・・・」
「最悪なのは、自分が酒を飲めば迷惑をかけるとわかっていて、酒量をセーブできないアル中です」
にこりと笑い、何とも言い難い毒を吐き捨てるはな。
「・・・・・・はなさん。いつになく口調が荒いよ?」
「仕方ありません。いいですか? お酒は楽しく飲むものです。お酒を飲んで楽しくなってはいけません」
「ごめん。はなさん。ぼくはお酒が飲めないのでよくわかりません」
「ええ。大丈夫ですよ。いずれわかります」
ええ、と頷き、
「要は、自分が酔うのに、どのくらい飲むとダメなのか、きちんと把握して、自制することが大事ですよ、という話です」
「・・・・・・ほんと、なんか嫌な思い出でもあるの?」
改めてサンが聞くと、はなは遠いところを見る目をした。
「お父さんが」
「お父さんが?」
「昔、お酒を飲んだ車にはねられまして」
「え・・・・・・」
「ええ。とても心配しました。半年ほど入院しましたから」
「めっちゃ大事故じゃん」
「そうですよ。しかも、はねた人。捕まったのはいいんですけど、車を運転していた記憶がないとか抜かして」
「・・・・・・やばいね」
「やばいですよ。実際、どのくらいの刑罰が下ったのかは知りませんが、お酒はだめだと思います」
「そうだね」
「そのお父さんが」
「お父さんが」
「お酒を飲んで家の門をぶっ壊しまして」
「・・・・・・・・・・・・」
「酒を飲んで酔っ払った相手に大けがさせられたくせに、自分も同じように暴れるとか。しかも、わたしの部屋のドアに穴を開けてくれやがりまして」
「・・・・・・ええ・・・・・・」
「ええ。それ以来、我が家では酒量に厳しい制限がかかるようになりました。一時期は完全禁酒でしたが」
「まあ、当然だろうねえ」
「・・・・・・高校生でバイトすれば、昼間から飲んだおっさんが絡んでくるし」
「・・・・・・いやな思い出しかないね」
「せっかく、この近辺には桜をはじめとして、きれいな花の咲く木が結構植えられているというのに、花が咲けば酒盛りを始める人が多く」
なんというか、はなは相当にため込んでいるらしい。
サンは、そっとはなの手を引いて、公園を後にする。
「見ないようにしよう」
「・・・・・・そうですね」
サンとはなは、手をつないだまま、街を歩く。
桜の咲く季節、となると、街全体がほんのりと桜色に見える。
桜をモチーフにした商品が棚に並び、桜をあしらった登りが翻る。
「・・・・・・お花見なら、実物見なくても、これでも結構、楽しいよね」
「そうですね。公園でお花見するより、こういう春の雰囲気を味わう方が、楽しく感じますね」
二人で微笑み合いながら、軽い足取りで歩いていく。
「こうなってくると、昼食も桜系かなあ」
「なんでしょう? パンとか?」
「和食、そば?」
「あんぱん。桜餅」
「はなさん。それはおかし。昼食にはちょっと」
「でも、桜で食べ物っていうと、どうしても甘いものが多くなりますよ?」
「・・・・・・じゃあ、そっちはデザートで」
「そうですね。昼食はちょっと軽めにして・・・・・・」
あーだこーだと言い合いながら、店をのぞき、二人で歩く。
「・・・・・・そういえば、公園近くのアイス屋さんで、桜のアイスって売ってなかった?」
「ああ。毎年やってますね。あれ」
「ぼくまだ食べたことないし、おやつはあれにしよう」
「なるほど。でも、その隣で桜あんぱん、というものも売っていますよ?」
「両方食べよう」
「食いしん坊ですねえ」
くすくすと、はなは笑う。
ふいに、サンが足を止めた。
「サン?」
「ん~」
サンの目線の先、店の軒先に桜の咲いた枝が生けられている。
「・・・・・・なんだかねえ。あの桜を見て、不意にね」
「?」
「桜の木を、生けてあるでしょ? おばあちゃんが、昔ああいうのやっててさ」
「へえ?」
サンは、懐かしそうに眼を眇める。
「春先に、たまたま行く用事があって、それを見つけてね。ほしいってぼくが言ったんだけど、帰るころには散っちゃって」
「あー。桜は散るの早いですから」
「・・・・・・三歳くらいの頃だったかな? 散った桜を見てぼく泣いちゃって」
「あらまあ」
「で、おばあちゃんが見かねて、桜の花びらで押し花作ってくれてねえ」
「へえ?」
あれ、どこにやったっけ、とサンは首を傾げる。
「栞の形にしてくれたと思うんだけど」
「・・・・・・ちょっと、見てみたいですね」
「ずいぶん昔に失くしちゃったからなあ・・・・・・」
今思うと、惜しいことをしたものだ。
「・・・・・・また、ばあちゃんに作ってもらおうかな」
「今度は、自分で作ってみてもいいのでは?」
「・・・・・・なるほど」
サンは、はなを見て、
「一緒にやってくれる?」
「いいですよ。わたしも欲しいですから」
「やった」
ふふ、とサンは笑い、また二人は歩きだす。
その途中で、サンは足元に落ちた桜の花を拾い上げ、
「キレイにできるといいなあ・・・・・・」
そんな風に、つぶやいた。
そのあと作られた押し花は少し形が崩れてしまったが、二人で並んで撮った写真とともに、アルバムへと仕舞われた。




