伝書鳩、同義語、新体操
ほ、と息を吐いて、ぐぐぐ、と体を曲げていく。
「・・・・・・普通に痛い」
「柔らかいともかたいともいえない微妙なラインですね」
「なまった」
ふへえ、と息を吐いて、姿勢を戻す。
床に敷いたマットの上、ぐぐぐ、と体を前に倒したり、足を開いて足先へと体を曲げてみたり、と柔軟運動をしてみた。
つま先をつかむくらいまでは行けるけれど、それ以上はちょっと無理だ。
「あれー? 高校の時はスネに顔当てるくらいまでいけたんだけどね」
「少しかたくなりましたか」
はなさんを見れば、ぺたー、という音が見えそうな勢いで床に伏せている。
開いた足の間に上半身が綺麗に伏せて、床に上半身がついている状態だ。
「・・・・・・はなさんはやわかいねー」
「やわかい。・・・・・・まあ、毎日の柔軟は日課にしてますから」
「・・・・・・はなさんはまめだなー」
「んー。簡単にできて、健康によくて、場所も取らない。実に楽な運動ですよ?」
ぺたん、となっているはなさんからの言葉に、ぼくとしては頷くしかない。
「・・・・・・なんだろうね? 力が強いとか、足が速いとかよりさ、地味だけど体柔らかい方がすごい気がする」
「ふふふ、そうですか?」
今日は何をしているのか、といえば、ちょっとした運動体験に来ている。
別に新体操を始めようとかいうわけではない。
ただ単純に、最近体をまともに動かしてないなー、と思ったので、ジムが無料体験できるにやってきたのだ。
はなさんを誘って。
「今思うと、高校生って結構運動してるんだね」
「授業もありますからね」
はなさんはほかにもいろいろと柔軟を試しているが、どれもしっかりと体が曲がっていて柔らかい。
「・・・・・・ぼくも、今はともかく、このままだともっと体固くなるかなあ」
「でしょうね」
はなさんにあっさりと頷かれて、ちょっと焦燥感を得た。
「・・・・・・小学校の時にさ」
「はい?
「小学生の時に新任の先生が副担任になったんだけどね」
ちょっと思い出す。
「小学校の時は、体育の授業に担任の先生も出てたんだけど、その副担任の先生も準備運動で参加してたのね」
「ああ。そういう」
「それで、柔軟運動するんだけどね。最初のころは直角だった先生が、一年終わるころにはしっかりと曲がるようになっててねえ」
「へえ」
はなさんも感心した声をあげている。
「あんまり気づいてる人いなかったけど、本人に聞いたところによると、毎日欠かさずに柔軟運動やってたんだって」
「それはすごいですね」
「そう。普通に感心した」
すげー、という感じ。
「真似はしなかったけど」
「しましょうよ」
「ねー」
苦笑する。
「すごいなあ、と思う人を素直に真似できると、人生うまくいくと思うけどねえ」
「確かに、そうできるといいんですけどね」
「実際、うまくやってる人の真似をするのが、一番うまく仕事するコツって、マスター言ってた」
「喫茶店のマスターさんですか。・・・・・・あの方、普段無口なのに、たまに話すと含蓄ありますよね」
「普段無口だから、その分言葉に重みが増すんだよ」
「説得力のある言葉ですね」
はなさんは笑いながら、姿勢を戻す。
「さて、準備運動はこのくらいで」
「はーい」
はなさんが立ちあがるのに合わせて、ぼくも立ち上がる。
「さて、今日の無料体験でいろいろ試してみないと」
「・・・・・・体験したところで、毎日通うとかは絶対無理だけどね」
「わたし達向けだと、回数券を買った方がよさそうですね」
「・・・・・・もう、入会前提にしてる?」
+++
いろいろ試しました。
「・・・・・・やっぱ、ちょっとなまってる」
「確かに、大学入ってから運動らしい運動なんて、そうそうする機会なかったですからね」
「こうやって体力落ちたなー、と思うと、いい機会だから入会した方がいいかな、という気になるのは、ここの商売戦略が上手なんだろうか・・・・・・」
「ふふふ。そうかもしれませんね」
はなさんは、しっかりとパンフレットをもらっている。
入会の申込書付きのやつだ。
ぼくも持っている。
「・・・・・・運動不足は健康に悪いっていうのは分かるけどねえ」
「だったら、わたしと一緒に柔軟やりますか?」
「・・・・・・毎日夜寝る前にはなさんの家に行くの?」
「別に家に来なくても、テレビ電話でもすればよいのでは」
「・・・・・・おお。なるほど」
たしかに、と思う。
「テレビ電話か。柔軟しながら、おしゃべりして雑談して話をするわけだね」
「同義語を三つ並べる意味は一体なんです?」
はなさんが首を傾げている。
「気分。はなさんの顔見てたら、普通の雑談に興じてしまいそう」
「ふふふ。柔軟しながらでもお話はできますけどね」
想像してみると、普通に雑談するだろう自分が想像できる。
「まあ、夜にはなさんとお話というのは楽しみではあるけどねえ」
「わたしとしては、毎日の柔軟の時間にサンとお話できるなら、楽しみが増えて喜ばしいですけどね」
「うれしいこと言ってくれるなあ」
ふふふ、と笑う。
申込書を見て、
「・・・・・・んー。そういうことするなら、こういうのはいらないかなー」
「あらあら」
くすくすと笑っている。
「まあ、取っておいていいのでは、提出に期限はないみたいですし」
「・・・・・・そうだね」
いつの間にかゴミに出している未来が見える。
「運動できる場所があるのはいいけどねー」
「大学にも何かそういう施設ありそうですけどね」
「体育会系のサークルでも入らないと使えないんじゃないかなー」
思い出せる限り、そういう施設はなかったと思うし、
「もしかしたら、ああいうジムと契約結んで使えるようにしてるとか」
「なるほど、そういう線もありですか」
二人でどうでもいいことを考えて歩いている。
「なんかどうでもいいこと話してる気もする」
「いつものことですけど?」
「そうだけど」
いつも思うことだけど、不思議とはなさんとはいくらでも話していられる。
「・・・・・・スマホがない時代にはなさんと会ってたら、互いに毎日伝書鳩でも飛ばしてたのかな?」
「さすがにそれは手間過ぎですよ。普通に毎日会いに行きます」
「なるほど」
それもそうだと納得した。
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