生徒、頭、十年後
「お、湯原さん」
「あら、湯原さん」
「おー。湯原のおっさん」
「・・・・・・・・・・・・こんにちは、御三方」
湯原さんは、ぼく達三人を見て、ゆっくりと頷いた。
「? なんかゆったりだね。どうしたの?」
その動作のゆっくりさに、ぼくが聞くと、
「いやあ。なんか寝違えちまったみたいでねえ」
首が痛いのなんの、と湯原さんは自分の首をさする。
「年かねえ」
「まだ三十前半で何言ってんだー。おっさん」
けらけらとナオさんが笑っている。
「マッサージとか、行ってみたらどうです?」
はなさんは心配そう。
「寝違いなんて、寝直した治るんじゃないの?」
ぼくはそう聞く。
「いやはは・・・・・・」
三方から声を掛けられ、湯原さんもどの方向を向くにも、ゆっくりと首をかばって動いている。
「・・・・・・・・・・・・参ったねえ」
湯原さんが一歩を下がると、ぼく達は湯原さんの前に立つ形になる。
「いやあ。参ったものだよ。本当に」
ははは、と湯原さんは力なく笑っている。
「寝違うって、そんな痛いか?」
ナオさんは首を傾げている。
「ぼくもなったことない。・・・・・・金縛りとは違うよね?」
「まったく違います。・・・・・・なんです? サンは金縛りの経験あるんですか?」
「あー」
話がそれているかも、とは思いつつ、
「いやあ。昔ね。家族旅行行ったときに、行った先の旅館でさあ」
「ほうほう」
「ふむふむ」
「布団に寝っ転がって、夜、ふ、と目が覚めてね」
ぼんやりとした頭で、なんとなく前を見ていた。
窓ガラスがあり、暗闇が外に広がっていて、
「なんか、後ろ辺りが、ぼんやりと、光っているようにも見えて。それでね。なんだか、後ろの方から、ぼそぼそって、声が聞こえるの」
「わあ・・・・・・。どんなだったか、覚えてます?」
「分かんない。なんか、ぼそぼそって感じ。大人の声じゃなくて、子供っぽい高さだった気がする」
「おおう。なんかそれっぽいなー」
「後ろにね。なんかいる気がするの。気配がするんだよ。声もするし、窓ガラスにもぼんやり映ってるし。これ、マジでなんかいるんじゃね、と思って」
「振り返ったんですか?」
「ううん? 金縛りだって。全然体動かないんだって」
まじでぴくりともしないのだ。
「体のね。感覚自体薄いんだよ。もう。ふわふわ。いっそ夢なんじゃないかとも思うんだけど、でも目は覚めてるはずでさあ」
だんだん怖くなってきて、
「そうしたら、お母さんが寝言でね? こらー、って」
「こらー?」
「何したんだ? サン」
「いや、お母さんの夢の話だから、実際なんだったのかは知らないって。ただ、ぼくそれでびっくりしちゃって。そしたら、窓のぼんやりした光は消えるし、声も消えるし、気配も消えるし」
ぶるっと震える。
「体の感覚も戻って、寝返りをうって振り返ったけど、何もいなくて」
「おお。・・・・・・実体験か」
「実体験だよ。ちょっと怖かったけど、朝になって明るくなってから、見たんだけど、特に何もなかったけど」
「ほうほう。・・・・・・やはりあれですか。押し入れの中とかにお札貼ってあったりしましたか?」
なんかはなさんがわくわくしてる。
「いやあ。そういうのはなかったよ? ぼくが夜の話したら、父さんが興味持って旅館の人に話聞いたりしてたけど、収穫はなかったみたい」
「まあ、そうなんですか・・・・・・」
はなさんが露骨にがっかりしてる。
「なんだー。オチはないのかー」
ナオさんも不服そうだ。
「そうだねえ。もう少し、盛った方がいいねえ」
湯原さんにまでダメだしされてる。
「・・・・・・・・・・・・一応、こじつけみたいな話はある」
「ほう」
「聞かせてみ?」
「興味あるねえ」
「・・・・・・一応聞くけど、なんでそんな興味深々なの?」
「サンの話ですから」
「夏だから」
「おじさんだから」
三者三葉の答えに、一瞬ためらいつつも、口を開く。
「・・・・・・・・・・・・ええっと、旅行って言ったじゃない?」
「家族旅行、でしたね」
「父さんが、お土産を買ってて」
「それが呪われてたか!」
「はやいはやい」
ナオさんが叫ぶが、否定する。
「買ったお土産は、ペナントとかそういうのだから。呪いが付くようなものじゃないから」
「なんだ・・・・・・」
ナオさんががっかりした顔をしているけれど、お土産自体は大事だ。
話を続ける。
「ただ、買ったお土産の袋に、追加で袋が入っててね?」
「追加の袋?」
「聞いたら、父さんが、なんか綺麗だったから、って、花を摘んでたらしくて」
「・・・・・・ほう?」
「見に行ってみたら、その花が咲いてる付近は、昔ため池があったらしく」
「ため池」
「近くの小学校の生徒が落ちておぼれて死んだから、埋め立てられた、とかで」
「・・・・・・・・・・・・」
「父さんが摘んだ花っていうのは、その埋め立てられた跡地に咲いていたものらしくて」
「わあ。なんだか曰くありげな」
「父さんが聞き込みしたところによれば、今までにそういう心霊現象じみたものは起こってないよって話だったんだけどね」
きちんと供養もされているし、今までそういうことが起こったことはないらしい。
だから、関係ないじゃないか、と思ったんだけど、
「父さんが『これはもう、呪いだなあ』とか笑って言うもんだからさ」
「こじつけに過ぎる」
「ニ十点、だなー」
「もう少し、ネタを盛り上げたいねえ」
「みんな厳しすぎ。リアルにそんな面白怪談ネタがあるわけないじゃないか」
ぶー、と唇を尖らせるぼくに、はなさんは苦笑している。
「いえ。まあ、そうなんですけどね。でも、やっぱり怪談話は、笑い話以上にオチが大事と思うんです」
「まあ、こじつけでも、なんか怖いと思わせる要因はいるよねえ。私なんかは、そういうの、あったことないからねえ」
湯原さんも腕を組んでいる。
「ただ、その夜同じ旅館に泊まった時に、面白がって、父さんがその摘んできた花を花瓶に生けて枕元に置くからさあ」
「あはは。茶目っ気のあるお父さんですね」
「寝相悪くて、花瓶をひっくり返して、頭から水被って、『溺れるー』とか叫んでた」
「怪談じゃなくて、笑い話のオチをつけに来ましたよ」
「まだ、そっちの方が笑える」
「お母さんは呆れてばかね、って言ってた」
「ううん。私にはない茶目っ気だねえ」
うんうん、と唸っている。
「おかげで夜に大騒ぎで叩き起こされてさあ。父さん枕元めちゃくちゃな割に、呪いだなんだと嬉しそうにしてるからさ」
「あ、なんかイラっとしたんですね?」
「そう。そんなに呪いが好きならかけてやるって」
「おう。どんな?」
ナオさんが興味深げに聞いてきたので、頷いて告げる。
「十年後にハゲろ」
「なんて恐ろしい呪いなんだ」
湯原さんは、反射的に頭に手をやって隠していた。
「それ以降は静かに眠れたけどね」
「・・・・・・やっぱり、微妙にオチが足りないですね」
「実体験に、オチを求めないで」
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