第46話:診療所の再会、黒いサテンの宿命
4番系統のバスの車内の空気は、焦げたゴムの臭い、緑色のベロアの座席シートに溜まった湿気、そして手すりを消毒する甘ったるい消毒液の匂いが混ざり合っていた。午前7時20分。外では京都の細い雨が、窓ガラスを黄色のヘッドライトと半分の光量で点灯する商業ネオンのぼやけた塊へと変えていた。
拓真とエイミーは後部の二人掛けの座席に座っていた。どちらも口を開かなかった。少年は灰色のスウェットのポケットに手を突っ込み、親指の腹で400円の硬貨を何度もしつこく数え直し、エイミーは擦り切れたコートの上にそっと手のひらを置いたまま、中央の通路をじっと見つめていた。
クリニックは大通りには面していなかった。商業地区とミナミの貨物倉庫のちょうど境界線、1970年代の雑居ビル裏の路地に挟まるように佇んでいた。文字が半分消えかかった、古びたアクリル製の看板がその場所を示していた。「ミナミ婦人科・不妊クリニック」。
回転ドアをくぐる瞬間は、タイルの冷凍庫の中に落ちていくようだった。
待合室は狭い部屋で、ローズマリーのアルコール、超音波印刷機の焼けた感熱紙、そして酸っぱくなった麦茶の匂いが充満していた。BGMは流れていない。何千人もの足音で擦り減ったクリーム色のリノリウムの床が白のメラミン製受付カウンターへと続いており、そこでは蛍光灯がH&Mと同じ瀕死のタイミングで明滅していた。
そしてその時、待合室の空気が一変した。
ケザールのような気圧の低下でもなく、ステイシーのイチゴのフレーバーでもなかった。それは濃縮された香水の突風だった。人工のガーデニア(クチナシ)、高価な絹、そして1万ドルの美容医療処置特有のあの完璧な香り。
重圧で今にも壊れそうな硬質プラスチックの椅子の上の、待合室の最も深い隅にティファニーが座っていた。
ヒョウ柄のドレスも、8K配信の完璧な髪形もなかった。彼女はオーバーサイズの黒いサテンのトレンチコートを羽織っていたが、その生地は彼女の身体の明らかな膨らみを隠しきれずにいた。執拗なまでの正確さで描かれた彼女の眉は、凍りついた怒りの歪みでひくついていた。新しく研磨されたアクリルネイルの右手には、高級民間保険のロゴが箔押しされたハードカバーのノートが握りしめられていた。
彼女の隣、散らかったゴシップ誌が置かれたローテーブルの上には、鮮やかな赤いラベルの貼られたカルテが置かれていた。「GUEST_RECORD_ID: TAKUMA_IDE」。
入口のドア枠が立てた音を聞きつけ、ティファニーはノートから目を上げた。コンシーラーの完全カバーでも隠しきれない目の下の黒いクマに縁取られた彼女の瞳が、前屈みになった「モスキート( Musgo )」の姿と交差した。
彼女の喉から漏れた笑い声は、「エンプレス・マインドセット」のあのメロディアスなトーンではなかった。それは乾いた一撃、お皿を削るナイフのような苦い振動となって、受付の看護師に画面から顔を上げさせるほどだった。
ティファニー:――音声モジュレーターを失ったかすれ声で、タイルの壁にナイフを滑らせるように反響させながら――「見なさいよ……看板編集者様のお出ましじゃない。ドブ底の小さな青虫ちゃん」
拓真は待合室の3段目の階段で凍りついた。ティファニーのトーンの衝撃が、鞭のような強さで彼の首筋を打ち抜いた。彼の指先はポケットの中の硬貨を強く握りしめたが、今回の彼は一歩も後ろへ引かなかった。エイミーの存在を石の壁のように隣に感じながら、彼はリノリウムの上に足を踏み降ろしたまま動かなかった。
エイミーは一歩前に出ると、サテンのトレンチコートと少年の間に割り込むように立ちふさがった。緑色の打撲痕のある彼女の目は、瞬きひとつしなかった。
エイミー:「階層を間違えてるわよ、お嬢様。ブランドショップのある高級モールは、地下鉄で3駅先よ」
ティファニー:――椅子のかすかな軋みとともにゆっくりと立ち上がり、手に力を込めて背もたれを支えながら。サテンの生地は4ヶ月目の妊娠の紛れもない曲線を描いていた――「私が好きでここにいるとでも思ってるの、店員さん? たった数千円で腹を削りに来る雑魚どもと同じ空気を吸いたいとでも?」
彼女は二人に向け、ゆっくりと2歩進み出た。デザインもののハイヒールが冷たい通路に虚ろな響きを立てた。彼女はエイミーの存在を完全に無視し、拓真の蒼白な顔に瞳を突き刺しながら、少年の1メートル前で立ち止まった。
ティファニー:「メトリクス(数値)は嘘をつかないのよ、タク。あなたはチャンネルを消し、サーバーのクレデンシャルを井戸に投げ捨て、この餓死寸前の女とごっこ遊びを始めに逃げ出した……でも、予備サーバーに未監査の『資産』を残したままだったのよ」
彼女は赤いカルテのフォルダを、乾いた音とともに受付のテーブルの上へ叩きつけた。カルテが開き、3ヶ月前のタイムスタンプが押された白黒の超音波写真が露わになった。
ティファニー:「4ヶ月よ、タク。タワーのペントハウスでの最後の撮影週から14週間。覚えてる? あの『アルファ会員限定スペシャル』の夜のことを。あなたが衣装部屋の床で、伏見のアパートの敷金を取り上げないでくれって私に哀願したあの夜を」
拓真は感熱紙のシートを見つめた。技術用紙の中央にある灰色のシミは、プログラミングのコードでもデシベルのズレでもなかった。それは生物学的な形態であり、子宮の暗がりの中で脈打つ心拍だった。
ティファニー:――彼に向かって身を乗り出し、高級なミントと胃液の混ざった息を彼の頬にかすめさせながら――「あなたの子よ、『モスキート』。あなたの奴隷の遺伝子半分と、私のブランド半分を受け継いだ生物学的な後継者。神戸の弁護士たちがすでに、養育費と単独親権の請求書を作成中よ。あなたは私のために、また編集作業に戻るの。動画チャンネルの中じゃない……この子の支払いのために、あなたの人生の18年分を編集し続けるのよ」
待合室の静寂が、破滅的なものへと変わった。
エイミーは超音波写真を見なかった。彼女は激しい震えを起こし始めた拓真の手を見つめ、それから黒いサテンの下に隠されたティファニーのお腹を見つめた。彼女の拳の中にしまわれている2本の線の検査薬が、突然異なった重みをもって痛み始めた。それはドブ底の悪夢の終わりではなく……郊外のクリニックの真ん中で始まった、階級戦争の最初の砲撃だった。
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