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第4話:失われた威厳と、池の底からの拍手

佐藤主任:「……彼らの、結婚式だと?」


佐藤主任の声はあまりにも冷徹で、池の魚たちが思わず三センチほど後退した。


ジェニファー:「ええ」


ジェニファーは恐ろしいほどの自然さでスマホを取り出した。


ジェニファー:「というか、ちょっとそこをどいてくださらない? 私の写真の背景に入り込んでるわ。私が求めているエステティック(美学)と、ちょっと違うのよね。ありがと、おじ様」


主任は動かなかった。彼はこの四十年間、何があっても道を譲ったことなどなかった。

だがジェニファーはお構いなしに、彼を背景に入れたままシャッターを切り、すぐさまインスタグラムに投稿した。キャプションはこうだ。

『私だけの、いにしえの守護者を見つけた。 #京都 #アニエシ #新しい始まり #彼はまだ何も知らない』


ステイシーが画面を覗き込む。


ステイシー:「あーあ、ジェン……ハッシュタグの寺の名前、間違えてるよ。ここは清龍寺せいりゅうじで、金閣寺きんかくじじゃない。フォロワーに、お寺の区別もつかないバカだと思われちゃうよ」


ジェニファー:「私のフォロワーは日本と中国の区別すらつかないから、お互い様よ」


二人の会話を、もっと重要な仕事がある人間の集中力で無視していたティファニーが、橋の欄干から身を乗り出して池を指差した。


ティファニー:「ちょっと。あのデブな魚、さっきから私のこと変な目で見てるんだけど」


ステイシー:「樹齢、じゃなくて樹年百年の錦鯉だよ、ティファニー」


ティファニー:「百年も生きててその無礼な態度はどうなのよ」


佐藤主任が拓真へと一歩、足を進めた。たった一歩。

だがそれは、封建社会であれば公開処刑の直前に踏み出される種類の一歩だった。


佐藤主任:「苔。私の言うことを、よーく聞きなさい」


主任は深く息を吸い込んだ。


佐藤主任:「私は、貴様がこの世に遺伝子のバグとして生を受ける前から、この寺にいる。台風も、ドイツ人観光客も、本堂の横に自動販売機を設置しようとした狂った市議会の改革案も生き延びてきた」


短い沈黙。


佐藤主任:「だが、これだ」

主任は、目の前の大惨事の全体を巻き込むように、静かに、しかし限界を孕んだ手つきで指し示した。

「こればかりは、仏の無限の慈悲をもってしても、私に耐えろと言える限界を超えている」


拓真が口を開こうとした。


佐藤主任:「喋るな」


拓真は口を閉じた。

その時だった。何が起きるかなど一度も考えたことのないような平穏さをまとったジェニファーが、佐藤主任に近づいた。彼女は臨床的な繊細さで主任の腕にそっと手を置き、言った。


ジェニファー:「主任さん……正直にお話ししてもいいですか?」


主任は彼女を見た。四十年のキャリアの中で、この先に何が起きるか全く予想がつかないという経験は、これが初めてだった。


ジェニファー:「拓真が私たちをここに連れてきたのはね……あなたのことが愛おしくてたまらないからなの」


宇宙全体が沈黙した。


ジェニファー:「今朝の朝食のときに、彼が言っていたわ。あなたこそが、彼がずっと持てなかった『父親の面影』だって。時々、あなたが彼を怒鳴りつけると、言葉にできないくらい胸が締め付けられるって……」

ジェニファーは自分の胸に手を当てた。

「私たち、そういうの尊重したいの。本当に。とても美しいことだわ」


ステイシーは口元を押さえ、ティファニーは自分が爆笑しているのを隠すために池の方を向いた。


拓真という一人の人間としての精神的枠組みは、ここで完全に崩壊した。

佐藤主任はジェニファーを見た。それから拓真を見た。そして再び、ジェニファーを見た。


池の水面には、ロード・ケザールが杖に寄りかかりながら、何世紀もの間その技術を磨き上げてきた者だけが持つ静かな満足感を浮かべ、音を立てずにゆっくりと拍手を送っていた。


佐藤主任:その声は、怒りという感情を遥かに超越した、生きた言語には存在しない名前の領域から響いていた。――「……苔」


拓真:もはや消え入りそうな、かすかな声で。――「俺は……俺はそんな……彼女が勝手に――」


佐藤主任:「苔」


拓真:「はい」


佐藤主任:「熊手を持て」


拓真:「はい」


佐藤主任:「すべてを、掃き清めろ。北庭、南庭、中庭、それから……不吉だから誰も近づかない、東堂のあの石畳の回廊まで、すべてだ」


拓真:「はい」


佐藤主任:「そして、それが終わったら……」


主任は一度、言葉を切った。


佐藤主任:「池を、掃け」


彼はくるりと背を向け、今起きたことを一人で静かに処理できるプライベートな場所にたどり着くまで、その威厳を保ったまま、石畳の道を去っていった。


拓真は一人、取り残された。いや、一人ではなかった。三人の視線が彼に突き刺さっていた。


ジェニファー:「あなたの為を思って言ったのよ、タク。誰かがあなたの代わりに声を上げてあげる必要があったの」


ステイシー:「私たちはチームでしょ、モスキート(苔くん)」


ティファニー:笑いの気配を完全に消し去り、箸の代わりに自分のネイルで庭を指差す。――「ほら、さっさと掃きなさいよ。突っ立ってられるとイライラするの」


樹齢、いや樹年百年の錦鯉が、池の水面へとゆっくりと浮上してきた。

それは、古いメダルのような瞳で拓真を見つめていた。

この八十七年間の生涯の中で、その魚が「同情」に似た感情を抱いたのは、これが初めてのことだった。

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